第17話 精密砲撃
俺たちが調査目標にしていた火星の艦隊は小惑星アルベルトの周回軌道に乗った。
サメのようなフォルムで宇宙の闇を鏡のような外部装甲板に映し出した宇宙巡航艦は、そのまま小惑星の周りを回り続けた。
一方、円錐形で巨大な推進装置を有する三隻の新型艦は次々に小惑星に着陸した。
いや、正確には艦首に取り付けられた掘削用の装置を使って艦体を小惑星に突き刺し始めた。
まもなく、エンジンが三つ生えた小惑星が出来上がるだろう。
光学カメラで観察する限り、新型艦には旋回砲塔などの武装は見受けられなかった。
恐らく戦闘を目的とした艦ではなく小惑星を動かすことに特化しているのだろう。
「さて、我々の任務を確認しようか」
俺たちは三人とも中央制御室に揃っていた。
ヘルメットは外していたが装甲強化宇宙服に身を包み、臨戦態勢だった。
アイザックを中心に座席に座り、正面に空間投影されたスクリーンに目を向けていた。
「我々の任務は、敵の新型艦を調査することです」
決して火星の奴らにケンカを売って戦争を始めることが目的ではない。
俺の返事に満足げにアイザックがうなづいているとレイチェルが優しげな声を響かせた。
「敵巡航艦から音声メールです」
「添付ファイルを再生して」
外部との通信はセキュリティ対策のため、人工知能のネットワークとは物理的に切り離されていた。
レイチェルはスタンドアロンの再生機に添付ファイルを投入した。
『地球の小型パトロール艦に告げる。薄汚いスパイ活動はやめて直ちに軌道を変更せよ』
「だとさ。馬鹿にしてるよね」
火星の軍人の恫喝にアイザックは薄ら笑いを浮かべて首をすくめた。
俺は火星の軍人よりも、アイザックに恐ろしさを感じた。
アイザックは火星の奴らを挑発し、先に手を出させるつもりだ。
コーボルトは、火星の奴らの警告を無視して小惑星アルベルトへの接近を続けていた。
「敵さんは、どう出るかな」
アイザックは楽しそうだった。
アイザックの向こう側でアリスが冷たい視線をアイザックに送っていた。
「警告射撃、進路妨害、体当たりくらいはすると思います」
レイチェルがアイザックの座る椅子の背もたれに手を置き、穏やかな表情のまま答えた。
「いいねぇ警告射撃。できたら超電磁砲をこっちに向けてくれないかな」
「その場合、高出力レーザー砲で狙撃するんですね」
レイチェルは春の日差しのような穏やかな笑みを浮かべていた。
「レイチェルは賢いなぁ」
状況にそぐわない二人の様子に俺の背に悪寒が走った。
だいたい敵の巡航艦は、レーザー砲のダメージを減らすために鏡面装甲を施している。
高出力レーザー砲から発射された光は敵艦の表面で乱反射してほとんどダメージは与えられないと先日言っていたではないか。
「意見具申! 現在の状況を艦隊司令部に伝えるべきと思料いたします!」
俺は座席に座ったまま背筋を伸ばし、アイザックの横顔に軍人調の言葉をたたきつけた。
「言い方が固いね。レイチェル、シンイチの言うとおりにしてあげて」
「わかりました。アイザック」
静かな微笑みを浮かべるアイザックは俺には悪魔のように感じられた。
「大変です。通信状況不良。艦隊司令部との通信が確立しません」
レイチェルの声は急に緊迫感に彩られた。
人工知能が学習したTPOで、ここは笑顔で言うべきではないと判断したのだろう。
「敵艦による通信妨害か!」
アリスが目に鋭い光を浮かべ座席から身を乗り出した。
「不明です」
「仕方ないよね。僕たちの判断で行動するしかない」
アイザックはまるで想定していたとでも言いたげな雰囲気だった。
俺はアイザックが通信装置に何か細工したに違いないと確信した。
「総員、ヘルメット着用。レイチェル、後方の駆逐艦はどんな様子?」
「減速を開始しています。射程に入るまで三時間以上を要するものと試算します」
俺とアリスは慌ただしく装甲強化宇宙服のヘルメットを着用した。
外部カメラやサーチライトのついた蛙の頭のような形のヘルメットだ。
鉛入りの強化ガラス越しの景色は少し暗くなり、周囲の状況はヘルメット内部に空間投影の形で補われていた。
「じゃあ、当面の相手は正面の巡航艦だけだね。進路そのまま、もっと近づこうか」
アイザックは微笑むとヘルメットを被った。
俺の悪い予感は当たった。やはりアイザックは敵を挑発して先に撃たせる気だ。
「敵巡航艦から再度音声メールが届きました」
『我々はすでに警告した。重大な結果を招くのは自らの責任であることを自覚しろ』
火星の奴らの苛立ちが感じとれた。
駆逐艦よりも戦闘能力の劣るパトロール艦のくせに、戦艦に次ぐ戦闘力を誇る巡航艦を挑発するなど、舐めすぎるにもほどがある。
「敵の超電磁砲が旋回してこちらを向きました」
「敵艦までの距離は?」
「一二〇〇キロ」
「まだまだだね」
正面に空間投影されたスクリーンに敵艦までの距離が白くデジタル表示された。
数字はみるみる小さくなっていく。
相対接近速度は秒速一〇キロを超えていた。
「すでに敵超電磁砲の有効射程です」
俺は緊張で乾いた口の中から、かすれた声を絞り出した。
「さすがにすぐには踏ん切りがつかないだろ、高出力レーザー砲を敵の超電磁砲に向けて」
「何をする気だ!」
アリスが叫んだ。
俺はアイザックがレイチェルに精密砲撃はできるかと聞いていた件を思い出した。
「説明は後だよ……敵は砲弾を装填してるかな?」
「装填済みです」
敵艦との距離が六〇〇キロを切った。
以前の話では、高出力レーザー砲で三〇センチの的を狙える距離は確か五〇〇キロ。
しかし、いったいどこを狙うつもりだ?
「精密砲撃準備、レーザー照準器作動、敵艦をロックオン」
俺はアイザックの意図が分かった。
「やめろ、アイザック!」
俺は叫んだ。アリスが思わず座席から立ち上がった。
「我、砲撃準備完了……敵、超電磁砲に通電」
「撃て!」
アイザックに詰め寄ろうとしていたアリスはそのまま凍り付いた。
俺はこの時ようやく人工知能による自動運行から手動に切り換えるという解決策を思いついたが手遅れだった。
敵巡航艦で激しい爆発が発生し、超電磁砲の旋回砲塔の一つが吹き飛んだ。
続いて誘爆が発生し、金属や樹脂の破片をまき散らしながら、敵巡航艦はゆっくりと回転を開始した。
「どうして……」
「レイチェル、コーボルトを敵巡航艦に接舷、急いで!」
アイザックは呆然としながら発したアリスの問いかけを無視した。
強烈なGが俺たちに襲い掛かり、脳みそが激しくシェイクされた。舌を噛みそうだ。
歯を食いしばって正面スクリーンを睨みつけると、はらわたを食い破られたサメのような敵巡航艦がスクリーンいっぱいに広がっていた。
長さだけでもコーボルトの三倍はありそうだった。
敵巡航艦からの反撃はなかった。
超電磁砲の破壊と、それに続く誘爆が内部に深刻なダメージをもたらしていると推測できた。
コーボルトは巡航艦の砲塔の死角になる部分へ慌ただしく接舷した。金属同士がぶつかる衝撃音が艦内に鳴り響き、俺たちを翻弄していたGはようやく収まった。
巨大な推進装置を有する新型艦からは、幸いなことに攻撃の気配はなかった。
やはり小惑星を動かすことだけに特化しているらしい。
「砲身の中の砲弾を狙ったのか……」
アリスはアイザックの狙いにようやく気付いた。
そう、艦の内部で爆発が起これば鏡面装甲での防御など関係ない。精密射撃で狙ったのは超電磁砲の砲口だった。
「しかし、精密砲撃に失敗したら、我々は今頃……」
「条件さえ整えてあげれば、レイチェルは失敗なんかしないさ。それより君たちの出番だよ。これから三人で敵巡航艦に突入する。火星が危険な火遊びをしようとしていたという証拠を押さえなくちゃだからね」
確かに装甲歩兵としての訓練を俺は受けてきた。しかし、実戦といえるものはこれが初めてだった。
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