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第15話 最終目的地

 あれから一〇日間、俺たちは火星の駆逐艦に追跡されているという適度な緊張の中で日常を過ごしていた。

 そんな状況でもアリスは睡眠がとれるようになったらしく、体調を回復させていた。少なくとも引継ぎで見る限り顔色はよかった。

 俺は内心ほっとした。

 あれからずっと気になっていたが、寝言の話題に触れることはできなかった。

「目標としている艦隊の最終目的地がわかりました」

 俺の当直勤務が終わろうという時間帯、アイザックが中央制御室に現れたタイミングで、レイチェルが重要な情報を報告した。

 目標の艦隊がメインベルトと呼ばれる火星と木星の間の小惑星帯方面に向かっているのは既知の事実だったが、最終目的地が小惑星帯のさらに外側なのか、それともいずれかの小惑星なのかまではわかっていなかった。

「どこ?」

 さっそく、アイザックが会話に参加してきた。いつも通り、黒と灰色の軍服はしわだらけのよれよれで、髪の毛は寝癖がひどかった。

「アモール群の小惑星アルベルトと思われます。目標の艦隊は減速を開始、アルベルトとのランデブー軌道に乗りました」

 星図に予想進路が表示された。

 小惑星帯といっても他の空間に比べて星間物質の密度が高いだけで、大きな岩石が狭い空間に密集しているというわけではなかった。

 また、小惑星は細長い楕円軌道を描いているものも多く、同じ場所に固まっているわけでもなかった。

「今は、比較的火星に近い場所にいるんだね」

「はい。二.〇四天文単位。地球と太陽との距離の約二倍、火星軌道の少し外側に位置しています」

「アルベルトの詳しいデータを教えてくれる?」

 アイザックは、だらしない風体に似合わない真剣な表情を浮かべていた。

「直径二.四キロ、推定質量一四〇億トン、スペクトル分類S型、主成分はケイ酸鉄及びケイ酸マグネシウム」

 アイザックの表情に嫌な影が差した。

「目的地が小惑星だという時点で、新型艦が小惑星を動かすために作られたという線で決まりだね。ところで、その目的は何だと思う?」

「三つの可能性が考えられます。一番目は鉱物資源を豊富に含む小惑星を自分の惑星の衛星軌道上に移動し、採掘後の資源活用を有利に進めることが目的」

「残念ながら小惑星アルベルトは鉱物資源が豊富なM型小惑星じゃない。金属資源の乏しい岩石の塊さ」

 アイザックはレイチェルが提示した一番目の可能性を即座に否定した。

「二番目は自分たちの惑星に衝突する可能性のある小惑星の軌道を変更することが目的」

「その場合、ちょっと押してみて軌道を変えることができれば実験は終了だね。おまけに我々に知られて困ることは何もない」

 アイザックは二番目の可能性も、ほぼ否定した。

 人工知能とこんな議論を交わせるなんて一体どんな頭の構造をしているのだろう。

「三番目は小惑星の軌道を変更して、敵対している惑星にぶつけることが目的」

「それって……」

 俺は青ざめた。 

「いわゆる質量兵器というやつだ。落下地点にもよるけど、大都市が文字通り消滅する破壊力さ。都市に落ちなくても、超巨大地震や馬鹿げた高さの津波、成層圏に舞い上がった土砂などが引き起こす気候変動で文明を壊滅させることができる。それも一発でね。恐竜を滅ぼしたのも直径一〇キロくらいの隕石らしいし」

「そんな、いくらなんでも」

 そんな兵器を開発することが許されていいのかと思った。俺の声は震えていた。

「そんな兵器を開発しないと言えるかい? 火星の奴らが。人間は核兵器も作ったよね。そもそも、その気が全くないなら、あんな新型艦、作る必要がない」

「しかし、地球連邦艦隊で迎撃すれば、小惑星の一つや二つ……」

 俺は不安を振り払うようにアイザックに反論した。

「直径三〇〇メートルの小惑星アポフィスの迎撃でさえ、あの騒ぎだったんだよ。直径二四〇〇メートルの小惑星を簡単に迎撃できるとは思えないね」

 俺は、この航海を始める前に経験した小惑星の迎撃作戦を思い出した。

「おまけに、一つや二つではなく、連続して何個でも小惑星を動かせるんだ。何せ無重力の宇宙空間ではいったん動かせば止まることなく動き続けるんだから」

 確かに今のやり方では全てを迎撃するのは難しいだろう。

 そして、もし、全てを迎撃できたとしても大きな破片をすべてを排除するのは不可能に違いない。

 地球連邦艦隊が火星の新型艦と同じような性能の艦艇を何隻も配備しない限りは。

「目標艦隊との予想接触時期は?」

「目標艦隊の減速及び軌道変更に合わせて、こちらも軌道変更を行います。予想接触時期は四日後になります」

「予定よりも早まったね。軌道変更をお願い。ところで、ゴブリンはどうしてる?」

 艦内がぐらりと揺れて斜めに傾いた。コーボルトが姿勢制御ノズルから推進剤を噴射し、人工重力の方向が微妙に変わったのだ。

「地球連邦政府からの猛抗議で火星艦隊による進路妨害は一段落したようです。進路を変え、こちらに向かっています」

 レイチェルは複雑な計算を要する艦の軌道変更とアイザックとの会話を同時に成立させていた。さすがは我が軍が誇る高性能の人工知能だ。

「彼らと我々の合流予想時期は?」

「七日後です」

「ずいぶんと遠くに追い立てられたもんだね。火星艦隊も一緒なんだろ」

「そのとおりです」

「彼らの戦力は我々の二倍以上なんだよね」

「はい」

 目標の艦隊には巡航艦が護衛につき、俺たちの後方を駆逐艦が追尾していた。

 そして、ゴブリンとピクシーには敵の四隻の駆逐艦が張り付いていた。

「火星の巡航艦は鏡面装甲だったよね。こっちの高出力レーザー砲は通用すると思う?」

「レーザー光を乱反射する仕様です。あまり効果は期待できません」

 アイザックが穏やかな表情のまま途方もなく不穏な質問を口にしていた。

「こっちが超電磁砲やミサイルを装備していないことは相手も知ってるよね」

「当然知っているはずです。最も標準的なパトロール艦ですから」

 アイザックは寝癖のついた砂色の髪をかき上げ、何事か考え込んでいた。

「レイチェルは、高出力レーザー砲で精密砲撃できる?」

「どの程度の精度を期待されているのでしょうか?」

 アイザックは具体的に危険な話をはじめ、俺の心の中では不安が膨れ上がっていった。

「そうだなぁ、直径三〇センチの的に命中させるためにはどれくらい接近すればいい?」

「動かない的であれば五〇〇キロくらいでしょうか」

「それはなかなかな至近距離だね」

「一体、何を考えてるんですか!」

 俺の質問は叫び声に近かった。

「いや、いろいろとね。普通にやってたら、まず勝てないからギリギリを狙わないとね」

 ギリギリってなんなんだ!

「今の話は僕の方からアリスに伝えておくよ。君はもう休んでくれ」

 こうして俺は中央制御室を追い立てられた。

 休めと言われてもとても心は休まらなかった。



毎週土曜日に更新予定です。

皆様に楽しんでいただける作品になるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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