第13話 密談
「一歩間違えば死んでいたんだな」
砲弾の破片によって醜くえぐられた第一装甲板を見て俺は深い溜息をついた。
傷は複合装甲の鉛と合成樹脂の層に達しており、すぐその下にある放射線防護のために水を循環させている配管は辛うじて無事という状況だった。配管の下は断熱材と内装の壁になっている。あと二〇センチ傷が深ければ気密が破られていただろう。
「ああ、生きているのは単に運が良かっただけだ」
アリスは妙に絡んだりせず、珍しく素直に言葉を返した。
装甲強化宇宙服姿の俺とアリスは命綱を付けて船外作業を開始していた。
補修用の超硬合金のプレートの形に合わせてプラズマトーチで傷口をきれいに切り取り、応急用の充填剤を流し込んでプレートを接着し固める。
ざっと説明するとそんな作業だった。
とりあえずの危機は去ったとはいえ、敵艦の追撃を受けている状況だ。レイチェルとアイザックは警戒のため艦内に残っていた。
当然のことながら宇宙区間は静かで、通信装置越しのアリスの声と自分の息遣いしか聞こえなかった。
戦闘艦としては小型の部類に入るパトロール艦も外壁にとりついていると巨大に感じられた。周囲の空間は真っ暗なのに作業側は日の光が当たっており、コントラストが妙にはっきりしてすべての景色が鮮明に見えた。
「配管を傷つけるなよ」
「わかってますって」
プラズマトーチを握っていたのは俺だった。
アリスは自信がないとのことだったので俺がやることになった。
俺も溶接工の経験はなかったが、元来工作は得意で軍では補修作業の研修も受けていた。
切断する深さを微妙に調整し、プレートがきれいにはまるようにまっすぐ切断する。
我ながらまずまずの出来栄えだった。
「うまいもんだな」
「ありがとうございます」
はじめてまともなお言葉をいただいたような気がした。
装甲強化宇宙服姿なのでどんな表情なのかわからなかった。それが少し残念だった。
俺は充填剤を流し込み、アリスと協力してプレートをはめ込んだ。ぴったりだ。
応急処置としてはとりあえず及第点だと俺は自分の仕事に満足していた。
「うまくいきましたね」
「少しだけ見直したぞ」
少しだけかよと思いながらも、悪い気はしなかった。
「いやあ、しかし、すごいですよね。アイザックは」
饒舌になった俺は新たな話題を振ってみた。
敵の思惑をひっくり返すアイザックに、俺は凄みを感じていた。
アリスの返事はなかった。
なぜかアリスはゆっくりと近づいてきて、俺の腕をつかみ、ヘルメットとヘルメットをくっつけた。
そういうことは装甲強化宇宙服を着ていないときにやってほしかった。
「聞こえるか」
通信機ではなく直接ヘルメット越しにアリスの声が小さく聞こえた。
俺はアリスの意図に気付いて、通信機のスイッチを切った。
空気のない宇宙空間でも、こうして接触していれば通信機を使わずに会話ができる。
これならレイチェルやアイザックに聞かれる心配はない。
「どういうことです?」
「アイザックは危険だ。クラーク中佐もレイチェルも、そしてオレたちも奴の手のひらの上で踊らされているような気がする」
「それだけ優秀だってことじゃないですか?」
「だからだよ、すでに我々の艦隊は組織として機能していない」
確かに艦隊司令が所属の艦艇に自由行動を許すなんて前代未聞だ。
「でも、それは」
クラーク中佐が大人げないだけじゃないかと思った。
「確かにアイザックの方が正しいのかもしれない」
アリスは俺の言わんとすることを察していた。
「われわれ人間は人工知能の暴走を抑える役目を負っている。だが、人間が暴走したとき、人工知能はそれを抑えることができるのか?」
「そのために人工知能管理法があるんじゃ……」
俺は人工知能管理法を持ち出して、アイザックの命令に抵抗したレイチェルのことを言おうとしたが、その時の続きも思い出した。
「オレは人工知能の最上位命令をあんな風に使う人間を始めてみた」
アリスは、アイザックが人工知能管理法を盾に、結局はレイチェルを従わせたことを指摘した。
「やめましょう。三人しかいない仲間じゃないですか。仲良くしなくちゃ」
アリスの不安は理解できた。
しかし、だからといって、とりあえずどうすることもできない。
「レイチェルみたいだな。言っておくがオレは貴様と慣れあう気はないからな」
表情は見えなかったが、何故か嫌な感じはしなかった。
乾燥した暖かい風のような雰囲気を感じた。
「はいはい、わかりました」
軍隊の上官に「はい」を二度繰り返すと普通怒鳴られるものだが、アリスは見逃してくれた。
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