第10話 レイチェルと二人きり
「アリスさんと二人きりでどうでした?」
「どうも何も」
「ほんとですか?」
目を伏せがちな俺に、レイチェルは暖かい笑顔を浮かべ、じっと目の奥を見つめてきた。
アリスとの引継ぎが終わり、俺とレイチェルは中央制御室で二人きりだった。
アリスの奴が余計なことを口走ったので妙に意識してしまう。
そもそもレイチェルはリアルすぎる。
一目でロボットとわかる造りの方がコストも安いのだから、こんなに人間そっくりに作るのには理由があるはずだ。
以前、先輩に聞いた話では軍隊内の美男美女のヒューマノイドは、いざというときに性欲処理に使われるそうだ。
今、俺が置かれているシチュエーションで説明すると、長期航海で我慢できなくなったらアリスを襲うのではなく、レイチェルを襲えということらしい。
アリスを襲ったりしたら問答無用で懲戒免職だ。
ただ、レイチェルを襲った場合、しでかしたことの詳細が人工知能に記憶される。
当然、消去なんてできない。恥ずかしいだけじゃなく、将来の人事にも悪影響があるだろう。
おとなしくしているに越したことはない。
「何考えているんですか?」
「えっ、なんで?」
ヒューマノイドのくせに、レイチェルもテレパシーを使えるのだろうか。
「シンイチは考えていることが顔に出すぎです」
「そうなの?」
「はい。『邪なことを考えている男性の顔』のデータベースとの一致率が九〇パーセントを超えています」
「そうなんだ……」
彼女たちが超能力を使えるわけではなく、単に俺が間抜けなスケベ面を公開していただけだと知って恥ずかしくなった。
「港を出てから一週間が経ちましたが大丈夫ですか? して欲しいことがあったら何でも言ってくださいね」
レイチェルは柔らかい笑みを浮かべて潤んだ瞳を俺に向けた。
俺の脳髄はとろけそうだった。
大丈夫って何がだ?
なんでもって、本当に何でもか?
いいのか、本当にいいのか?
と、頭の中がぐるぐるした。
「あっ、大変。艦隊司令からの緊急連絡です」
俺が狼男に変身する直前、レイチェルは急に真顔になって宇宙空間の画像を投影した。
恐らく小惑星軌道の監視カメラの画像だ。
大型回遊魚のようなフォルムの宇宙船が映っていた。
画像に注釈としてつけられた付随データによれば、火星の宇宙駆逐艦クラスの同型艦五隻が艦隊を組んでいるらしい。
我々が接近しようとしている新型艦の艦隊ではない。
「火星のパトロール艦隊だよな」
「はい、それまでの進路を変更して、我々と交差する軌道に乗りました」
地球と火星は敵対していて、太陽系内の宇宙空間にはおびただしい数の監視カメラや各種センサーが浮かんでいた。
そのため、お互いに奇襲作戦などは、ほぼできない状況だった。
「我々との推定接触時期は?」
「三日後です」
俺はすっかり真面目な仕事モードになっていた。
「俺たちが新型艦に接近するのを邪魔しようってハラか?」
「単なるよくある嫌がらせの可能性もあります」
まったくもって心温まる関係だ。
「新型艦には、よほど知られちゃマズイことがあるらしいな」
「その可能性は否定しません」
地球と火星は、過去、パトロール艦同士の小競り合いで死人を出したこともあった。
しかし、全面戦争には発展しなかった。
全面戦争になれば共倒れの危険があるからだ。
「艦隊司令からの指示は?」
「今のところありません」
接触までまだ余裕があるから、とりあえず事実の連絡に努めただけということか。
「アイザックやアリスを呼び出した方がいいかな」
「御判断はお任せします」
レイチェルの表情から笑みが消えていた。
状況に合わせた表情を作ることができるらしい。
俺は二人を中央制御室に呼び出すことにした。
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