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第1話 惑星間輸送船

   ロボット工学三原則

第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。

    また、予想される危険を見過ごすことで人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条 ロボットは人間から与えられた命令に服従しなければならない。

    ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条 ロボットは前二条に反するおそれのない限り自己を保全しなければならない。


 数百年前に提唱されたこの原則では人工知能を軍事利用することができなかった。

 しかし、戦闘による戦死者を少しでも減らすためには、人工知能の軍事利用は極めて有益なことだと考えられていた。

 そこで、地球連邦議会は、地球市民が安全に人工知能を利用できるよう、以下の内容の基本法案を可決成立させた。


   人工知能管理法

(人工知能の最上位命令)

第一条 人工知能は地球市民に危害を加えてはならない。

    また、予想される危険を見過ごすことで地球市民に危害を及ぼしてはならない。

第二条 人工知能は定められた指揮命令系統からの命令に服従しなければならない。

    なお、矛盾する命令が与えられた場合、指揮命令系統上位の命令を優先する。

    ただし、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条 人工知能は前二条に反するおそれのない限り、自己を保全しなければならない。

 漆黒の闇を背景に白銀に輝く細長い円錐形の宇宙船が近づいてきた。

 宇宙空間では大気の影響で景色がぼやけることがない。そのため、遠くても妙にはっきり見えて距離感が掴みづらかった。

 その宇宙船は、最初は手のひらくらいの大きさにしか見えなかったが、やがて視界を埋め尽くす大きさになった。

 惑星間輸送船としては標準的なタイプだ。軽く六〇階建てビルくらいの大きさがあるだろうか。

〈内部も無駄に広いんだろうな〉

 俺はこれからの行動予定を頭に思い浮かべ、少し憂鬱な気分になった。

「シンイチ! ぼさっとすんな」

 耳障りな呼吸音に混じってロベルト・ハイライン大尉の獰猛な声がヘルメット内に響いた。

 胃袋を握りしめられたような不快な緊張感で嘔吐しそうになりながらも俺は周囲の様子をうかがった。

 西洋甲冑を太らせたようなフォルムの宇宙服が自分も含めて五体、暗黒の宇宙空間を渡り鳥のように逆V字編隊を組んで飛行していた。

 宇宙服のヘルメットの形は半球形で目の部分には細長いガラス窓が設けられ、側頭部には視界を補うための可動式のテレビカメラと闇を照らすためのサーチライトが、蛙の眼玉のように設けられていた。

 その宇宙服は『装甲強化宇宙服』と呼ばれ分厚い鋼鉄の装甲のため数百キロの重さがあったが、パワーアシスト機能により、装着者は一G重力化でもせいぜいダウンジャケットを着ている程度にしか感じなかった。

 ハイライン大尉の指摘を受け、慌てて自分の位置を確認すると、俺は少しだけ隊列を乱していた。

 俺の位置は逆V字編隊の一番左端だったが、俺の深層心理を反映してか隊列から徐々に離れ始めていた。

「申し訳ありません!」

 正しい位置取りを頭の中でイメージすると宇宙服を伝わる推進剤の噴出音が微妙に変化した。

 するとすぐに俺の身体は左右対称のきれいな編隊の一部を構成する位置に移動した。

 両手は武器を握る必要があり操縦には使えなかったため、推進剤による移動は脳波で制御する方式をとっていた。

 現に今も銃身の短いずんぐりした自動小銃を両手で抱えていた。

 姿形は確かに自動小銃だったが、生身の兵隊が使うものに比べれば随分と大きかった。

 まだ試してみたことはないが、こいつは我々『装甲歩兵』用の特別製で小型宇宙船の強化装甲にも穴を穿つことができるという話だった。威力を基準に考えれば小銃というより大砲だ。

 威力以外の特徴としては、無重力の宇宙空間で空薬きょうが飛び散って何かマズイことが起こらないように、銃弾を供給する弾倉のほか、空薬莢を回収するための『弾倉』もついていた。そのため、銃身の左右に牙が生えているようなフォルムになっていた。


「着艦する。俺に続け」

 先頭のハイライン大尉は俺たちを引き連れたまま円錐形の宇宙船の中央付近をひと回りし、エアロックを見つけた。そして、推進剤を小刻みにふかして宇宙船に舞い降り、磁力靴を外壁に吸いつかせた。

後に続く俺たちもそれに倣い、次々に宇宙船に『着地』した。

 宇宙船は人工重力を発生させるために回転しており、外壁にとりついた俺たちは逆さ吊りの気分を味わった。

 周囲を見回すと、漆黒の闇を背景に白と青のマーブル模様の地球がサッカーボールくらいの大きさに輝いているのが目に入った。

 始めて見たときはその美しさに感動し涙ぐんだものだが、今はつらく苦しい軍隊の思い出とセットになった光景で、別の意味で涙ぐみそうになった。

「さっさと入れ」

 先輩がエアロックを開き、次々に宇宙船の内部に突入していくのに続いて、俺も先輩に小突かれながらエアロック内部に分け入った。

 オレンジ色の照明が灯るエアロック内部の手すりにつかまって体を支えると、手すりが装甲強化宇宙服を着た俺の重さに耐えかねて悲鳴を上げている様子が、手のひらから伝わってきた。

 全員がエアロック内部に入ると扉が閉まり、空気の轟々と流れる音が宇宙服の装甲を通じて伝わってきた。

 照明が白色灯に切り替わり、エアロックに空気が満たされたことが分かっても俺たちはヘルメットを脱がなかった。

「オーダー、船内マップ開け」

 一息つく暇もなくハイライン大尉の声が響いた。

 彼の声に反応してヘルメット内部には透過性の高い船内マップが空間投影された。

「状況を確認する。敵は中央制御室と機関室にたてこもっている」

 マップの二か所に赤い点が輝いた。船の中央前よりが中央制御室、後ろよりが機関室を表す点だ。

 縮尺から計算すると幸いなことにどちらも距離にして五〇メートルほどだった。

 先ほど俺が想像したような長く苦しいハイキングはしなくてもよさそうだ。

「これより二手に分かれる。俺とハンス、エミリオは中央制御室、セルゲイとシンイチは機関室だ。わかっていると思うが船内で重火器の使用は厳禁だ。何かあったら高周波ブレードでケリをつけろ。わかったな!」

「サー・イエス・サー」

 野太い男の声が美しいとは言えないハーモニーを奏でた。


「シンイチ。おめえが前な」

「サー・イエス・サー」

 装甲強化宇宙服は横幅が広かったため、狭い通路を横に並んで歩くことは難しかった。

 船内の通路は人工重力を働かせるために、円錐形の船の外壁沿いに設けられていた。そのため、遠くに行くに従って床がせりあがり、遠くを見通すことはできなかった。

 壁の色は乳白色、床は焦げ茶色で、天井には通路を横切る形で等間隔に細長い照明が設置され温かみのある光を放っていた。通路を歩くと、照明の作り出す影の動きでセルゲイのおっさんが俺のすぐ後ろにいることが分かった。

 彼はいつも酒臭かったが、幸いなことに宇宙服は中の匂いを外に漏らさなかった。

 俺は自動小銃を背中のフックにひっかけ、腰に下げていた黒い柄の高周波ブレードを同じく黒い鞘から引き抜いて胸元に油断なく構えていた。

 当然、ブレードはまだ振動させてはいない。

 高周波ブレードは反りのない片刃の刀だった。刃渡りは七〇センチほど、柄の長さも入れると一メートルくらいだろうか。基本は片手持ちで自動小銃と同時に使うことを想定していた。

パッと見は俺のご先祖様が暮らしていたという大昔の日本の刀、それも忍者が使っていたという刀に似ていた。

 ただ、こいつは忍者の刀と違って忍術は使えない。その代わりに超硬合金で作られた刀身を超振動させることで驚異的な切れ味を生み出すことができ、その気になれば装甲歩兵をバターのように両断することができるという話だった。

「敵は何人くらいですかね」

 事前情報では船内の敵は数名ということだったが、そのうち機関室に何人いるのかまではわからなかった。

 ハイライン大尉は中央制御室に敵の主力がいるとヤマを張ったようだが機関室を占拠している敵の方が多い可能性もあった。

 そうなれば多勢に無勢で、二人しかいない俺たちは苦しい状況に追い込まれるだろう。

「知るか! そんなことより周囲に気を配れ」

 セルゲイのおっさんは振り返りそうな俺に不機嫌な声を返した。

 俺は改めて狭い通路の両脇に目を光らせた。

 通路に面して所々扉があった。また、柱の出っ張っているところもあった。

 敵味方識別信号は味方の居場所を教えてくれていたが敵の位置は教えてくれなかった。

 不安が募った。そうなると、どうしてもしゃべりたくなる。

「エレベーター、使いますか? 敵が待ち伏せしているかもしれませんが」

 正面にエレベーターの扉が見え始めるタイミングで俺はもう一度セルゲイのおっさんに話しかけた。

 目的の機関室には途中でエレベーターか何かで『上』に行く必要があった。

 セルゲイのおっさんは考え込んでいるのか、なかなか返事が帰ってこなかった。

 機嫌でも損ねたかなと思っていたらセルゲイのおっさんを示す敵味方識別信号が消えた。

「!」

 恐怖に反応して推進剤が最大出力で噴射され、強烈なGが俺の後頭部を殴りつけた。

 俺の身体はバランスを崩して無様に廊下を転がった。

 半身を起こして慌てて後方に視線を転じると、ごつい宇宙服を着たセルゲイのおっさんはうつ伏せに倒れており、ヘルメットが外れて頭髪の薄い頭頂部をさらけ出していた。

 その傍らには俺と同じような姿の装甲歩兵がひとり高周波ブレードを手に立っていた。

 そして、俺の方に向くと、逃げ出した俺を追って突進してきた。

 俺は慌てて立ち上がって高周波ブレードを構えようとした。

 だが、完全に立ち上がる前に脇腹に強烈な横蹴りを食らった。

 宇宙服の中の俺の脳みそは激しくシェイクされ、せっかく立ち上がろうとしていたのに再び床を一回転した。

「シンイチ、どうした!」

 敵味方識別信号の異変に気付いたハイライン大尉の声が通信機から響いてきた。

 しかし、俺に返事をする余裕はなかった。敵はすぐ近くに迫っていた。

 高周波ブレードを振り回そうとして、俺は何も握っていないことに気付いた。

 蹴られた衝撃で俺の高周波ブレードは少し離れた床の上に転がっていた。

「くそっ!」

 背中の自動小銃に手を伸ばしたが、間に合わなかった。

 敵の高周波ブレードが俺の胸元に吸い込まれるのが分かった。

 嫌な衝撃が俺を襲い、仰向けに廊下にたたきつけられた。

 周囲の景色が真っ暗になり、目の前に『機能停止』の文字が赤く空間投影された。

 ヘルメットが外れ、冷たく乾いた空気が俺の頬を撫でた。

 視線を動かすと仰向けに倒れた俺を見下ろすように、敵の装甲歩兵が立っていた。

 機能停止しパワーアシストのなくなった俺の装甲強化宇宙服はひたすら重かった。

 倒れたまま敵の装甲歩兵を見つめていると、そいつはヘルメットを脱いで大きなため息を漏らした。

 でかくてごつい装甲強化宇宙服には不釣り合いな小さな顔だった。

 つややかな栗色の髪は、癖のないストレートのショートボブで、汗ばんだ顔は整っていて仔猫のように愛らしかった。

「女かよ……」

 思わず俺が漏らした声に反応して、敵の装甲歩兵の表情がみるみる険しくなった。

「だから何だっていうんだ!」

 俺の胸は思い切り彼女に踏みつけられた。



毎週土曜日に更新予定です。

皆様に楽しんでいただける作品になるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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