その4 主人公、最前線を突破する
トモヒロ支配地域の接触面にある領地が陥落していく。
それを見て国も推移を見守っているだけではいられなくなった。
「こんな事が続けば国が傾く」
それは国力を低下させ、周辺国がつけいる隙になっていく。
国力の均衡によってもたらされてる平和は、それが崩れれば呆気なく終わる。
良いとは言えなくても悪くもないこの状態を失うわけにはいかなかった。
「早急に対応を始めよう」
国王の決断に国内が動いていく。
本格的な軍隊の動員が始まり、御家人に魔術師が集まってくる。
それらはトモヒロの領地を目指すため、一度首都へと向かっていった。
トモヒロの領地近くの貴族は、とりあえずの前線・阻止線を作っていく。
首都に終結する軍勢が到着するまでの時間稼ぎだ。
それがどれだけ役に立つか、誰も分かってはいなかったが。
そんなこんなで、トモヒロが行動を開始してから一年。
未だ知識や技術は完全に伝えられてないものの、ある程度は教えた事でトモヒロの負担も少し減っていた。
活動しても問題がないくらいの状態になりつつある。
おあつらえ向きに軍勢が終結してるというので、さっそく行動に入っていく。
「一気に首都までいくぞ!」
たまに周辺地域に出向いて領地を奪っていたが、今度はそれとは違う。
集まってる軍勢相手に、持てる力を存分にふるおうとしていた。
その接近を最初に感知したのは、周囲に魔術の警戒網をしいていた魔術師だった。
「何かが接近してます。
馬……?
数は一つ」
それを聞いて即座に該当する方面にいる部隊に通達がなされていく。
最前線に陣取っていた指揮官は、配下の兵士に陣形を構えるよう命令を出した。
何が来るのかは分からないが、対応はしていないといけない。
周囲の部隊も同様に兵士が陣形をととのえていく。
迫り来る何かに対抗するために。
目の前に展開してる部隊を見て、トモヒロは魔術を使った。
台風のような突風を瞬間的に発生させる。
それを正面から食らった部隊は、踏ん張る事も出来ずに吹き飛ばされていった。
風速100メートルを越えるような空気の流れに対抗する術はない。
そのまま後方に陣取っていた者達にまで飛ばされた兵士は、投げ出された弾のようになっていく。
たたきつけられた方はたまらない。
いずれも成人男性なので体重60キロはある。
加えて鎧を着込んでいたので重さが更に加わり頑丈さもある。
そんなものが突風で吹き飛ばされ、勢いを付けて落ちてくるのだ。
投石器で投げ出された岩石にも等しい。
「うわああああああああ!」
そこかしこで悲鳴があがり、負傷者と死者を出していく。
「何だ、この魔力は?!」
魔術が使われた事をいち早く察知したのは魔術師だった。
桁違いの大きなそれに驚き恐れていく。
何せ彼らが束になっても作り出せないような魔力量なのだ。
「こんなの、どうしろと……」
一流ではないにしてもそこそこの実力はあると自負していた彼らも、比較にならない魔力に震えていく。
だが、恐れてばかりもいられなかった。
少しでもその魔力に対抗するために魔力を用いていく。
「とにかく、少しでもあの魔力を封じ込めろ」
指示に従い魔術師が魔力を高めていく。
お互いに魔力を出し合い、それを練り合わせて一つにしていく。
それでも迫る何者かの魔力には全く届かない。
「どうなる……」
思わず誰かが呟く。
どうなるもこうなるもない。
このままでは確実に死ぬだろう。
それでも彼らはその場に踏みとどまり対抗しようとする。
ここを突破させるわけにはいかないのだから。
逃げればこんな力を持つ者が更に後方にまで向かっていくだろう。
そうなれば、そこに住む者達に被害が及ぶ。
それだけは何としても避けねばならなかった。
「むう……」
最前線で防衛戦をしいていた指揮官は、事態が想定以上に危険である事を実感していた。
都道府県一つ分の地域が国の統治を離れたのだから、簡単に解決するような事態ではないとは思ってはいた。
しかし、一瞬にして前方に展開してた部隊が吹き飛ばされたと聞いて、自分の認識がまだ甘かったのを知る。
「急ぎ伝令を!
ここで起こった事をありのまま伝えるのだ。
最悪、我らは壊滅するやもしれぬと」
それを聞いて、本陣に控えていた伝令の騎馬隊の一騎が駆けだしていく。
魔術による通話という手段もあるが、その効果範囲はさほど広くはない。
一人の魔術師が言葉を伝える事が出来るのはおおよそ100メートル。
この範囲では広域通信には使いづらい。
100メートルごとに魔術師を配置すればどうにかなるだろうが、それだけの数の魔術師を揃えるのは難しい。
なので、伝令には未だに騎馬などが用いられていた。
その騎馬は、指揮官の言葉をしっかりと記憶して駆けだしていく。
起こってる事をありのまま伝えるために。
少しでも正確な情報を一秒でも早く伝えるために。
通信は速度と正確さが常に求められる。
これを担った伝令兵は、役目をしっかりと果たそうとしていた。
必要な情報が伝わらなければ効果的な対策はとれない。
ここで起こってる事を伝えるのは、今後の作戦の正否にも繋がっていく。
駆ける馬の背中で、伝令兵はひたすら戦場から遠ざかっていった。
そして前線。
やってきたトモヒロは、容赦なく兵士を吹き飛ばしていった。
文字通りに。
魔術による風が兵士を巻き上げていく。
魔術師による必死の抵抗もほとんど意味をなさない。
風速は幾らか和らいだが、100メートルが99メートルになってもさほどの差はない。
魔術師達がどれほど努力してもこれ以上はどうにもならなかった。
辺りを包み込む風の奔流は集った兵士を吹き飛ばしていく。
展開していた兵力はそれほど多くはないのだが、それでも300人ほどはいた。
それらがほとんど何も出来ないうちに潰えていく。
トモノリの到着後数分で前方展開部隊は崩壊した。
「それじゃ、次に行くか!」
周囲に散らばる兵士や魔術師の死体を一瞥すらせずに走り出す。
今回のトモノリの目標は首都。
そこまで止まるつもりはなかった。
「伝令、伝令!」
休まず馬を走らせてきた伝令兵は、宿場で馬をかえて走り続ける。
馬もいつまでも走り続けられるわけではないので、途中で別の馬に乗り換えていく。
その為に宿場となってる町や村、街道沿いの駅では何頭かの馬が確保されている。
こういった準備は戦争などが始まると常に行われる。
今回も例外ではなく、途中いくつかの場所で馬を変えながら首都を目指す。
途中、前線への増援に向かう軍勢とも接触し、そこで前線での事を伝えていく。
「最前線で敵と接触。
数は一人。
我が方劣勢」
たったこれだけの内容だが、それを聞いた指揮官達は驚愕していく。
「ばかな!」
あり得ない話なので無理もないだろう。
だが、伝令が嘘を伝達する事は無い。
そんな事をしたら状況把握に支障が出るからだ。
なので伝令から情報を得た指揮官達はあまりの事に混乱していく。
「そんな、たった一人で……」
あまりの事に頭を抱えてしまう。
それでも対応を考えて行動していくあたり、指揮官として頑張ってはいる。
それがどれだけ効果が出るのかは別として。
走る伝令兵は、とにかく情報を持ち帰るべく懸命に走っていく。
そんな伝令兵の横を、風のように何かが走り抜いていく。
「なんだ?」
あまりにも早く、目で追ってる間に姿が見えなくなっていく。
馬よりも早く疾走していく存在がいた事に驚く。
「いったい何だ?」
正体が分からない事に不安を抱く。
だが、それよりも任務が優先だと思い直し、手綱を握りしめる。
少しでも早く後方の部隊に情報を伝えるために。
そんな伝令兵の横を通り過ぎていったトモヒロは、早速次の部隊に遭遇していく。
魔術で強化した身体能力により、時速100キロを越える速度で移動するので、移動時間はとても短い。
「来た来たー!」
目の前に見えてきた敵部隊に向けて更に加速していく。
「くらえ!」
そう言って今回は地面を揺るがしていった。
足下が揺れて立っていられなくなり、なおかつ土が凝縮されて固まった塊が直下から飛び上がっていく。
無数と言って良いほどの土弾が弾け上がり、数百人の軍勢は壊滅する。
そんな兵士達の間を、何事も無かったかのように通過するトモヒロは確実に首都に近づいていった。