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町外れの魔法使い  作者: 和ハル
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そのお店に住むのは…?

ファンタジーです。

ゆっくり進みます。

ガートルードは女の子ですが、若いというわけではなさそうです。

使える魔法は多岐にわたりますが、ドラゴンが身近にいたとしても、攻撃魔法は得意ではないかもしれません。

お客は人間だったり、そうじゃなかったりします。


少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。


その日は朝から雨だった。


蝋をひいた雨具を着て、坂下のクレア嬢がよいしょと重たいドアを開ける。

カランと軽やかなベルの音。

つんと鼻につく薬品と、ふんわりとした干した花の香り。

天井まで届く木の棚には、大きな瓶に詰め込まれた干した薬の元。中にはどう見てもお茶っ葉や、コーヒー豆にしか見えないものや、蜂蜜なんかも詰め込まれている。

目の前のショーケースには、朝焼いたのだろう、ナツメグ入りのクッキーと、白い砂糖をかぶったシフォンケーキが並んでいた。

温かい空気にほっと息を吐く。

ぽたぽたと雨水の滴るフードを脱ぎ、肩から落ちる雫を玄関先で払い落す。

「ごめんくださーい」

とんとん、とブーツに付いた泥水も、玄関マットに落とし、雨水の跳んでしまったエプロンの裾をぱんぱんと払った。

ちゃりちゃりとした金属の擦れる音と、跳ねるコマドリみたいな軽快な足音。

やがて両手に大きな籠を持った店の主、どうやってもクレアと二つ、みっつしか違うようにしか見えない、黒いお下げを二本垂らした若い女性が顔を出した。

「いらっしゃいクレア。ちょっと待っててね」

「うん」

軽い足音の主は店主のガートルード。

町の人たちは、何でも屋さんのガートと呼んでいた。

金属の音の正体は、クレアの足元で盛んにしっぽを振っている。

ふわふわとした長い毛並みの、大きな白い犬。

シュっとした顔立ちは、町の外で羊を追い掛けている犬たちと似通っていたが、こいつは主に女性のスカートの裾を追い掛け回すので有名だ。

メスのくせに。

「スノー! カム、ステイ!」

垂れた耳がぴんと立ち上がり、くるりとガートの足元へ寄り添って、座る。

じっとガートを追い掛ける黒い目がかわいい。

スカートを追い掛け回さなければ、クレアだってスノーはいい犬だと思う。

籠をカウンターに置いたガートがくるりと振りかえり、エプロンの大きなポケットからどうやって仕舞っていたのか分からないほどの、長い杖を取り出した。

腰まである、星の飾りがついた白い杖。

にこりと深緑の目が笑う。


「踊って、火の精霊」


とん、とガートが杖で床を叩いた。

金平糖みたいな光が、クレアの足元からまろび出る。

火花が弾けたような、パチパチという音がして、水色の前髪がふわりと舞い上がり、さらりと渇いていく。

驚いて、きゅっと目をつぶれば、耳元を抜ける風の音。

重たかった雨具が一気に軽くなる。

耳元でさざ波のような笑い声がした。

「いいよ、目を開けて」

「…ガートさん…、お願いですから、魔法を使うときは一声かけてください」

情けない声が出た。

泥跳ねのついたエプロンの裾も、ブーツもきれいになっている。

ガートの魔法はきれいだけど、彼女にとっては、それから町に住む住人の大半にとっても当たり前すぎて、つい一年ほど前に引っ越して来たクレアには刺激が強い。


―王都だと、魔法使えるのは上級職だったんだもん…


こんな町中に当たり前のように馴染んでいるのは、何だかそわそわしてしまう。

「それで? 今日はどうしたの?」

「あ、あの、お父さんが腰を痛めてしまって。お薬をいただけないかと…」

「腰? 何か重いものでも持ったの?」

「いえ…。その、朝にくしゃみをした…だけなんですけど…」

「くしゃみ、ね」

「腰が痛くて動けなくなってしまって」

話すうちにクレアの耳が赤くなってくる。

くしゃみをしただけで、腰がぐきっとなって動けなくなってしまっただなんて。

父の職場にも今日は休ませてほしい、と慌てて顔を出して来たクレアだ。

父より年かさの支店長さんは、きょとんとした後、豪快に笑いとばしてくれたが、気恥かしいものは気恥かしい。

何でそんなことで、とクレアはもちろん、父親も朝から頭を抱えているのだ。

いや実際、父は頭を抱えるのも難しいほどに、よろよろとしか動けないでいるのだが。

「ははあ、ぎっくり腰か。前にもやったことがある?」

「はい…。以前は湿布薬をもらって貼ってました」

「うんうん、そうだね。まあ、わたしも同じことをするかな。よし、用意するからそっちのテーブルに座って待っててよ」

「はい、お願いします」


小路側にある、花が活けられた小窓。

窓を叩く雨は静かで、ほんのりと赤くなった耳が落ち着いていくる。

ぽすん、と先ほどまで大人しく座っていたスノーがテーブルに顎を載せて来た。

つやつやとした毛並みは柔らかそうで、クレアはそっと指を伸ばす。

真っ黒な鼻がぴすぴすと音を立てていた。

「あっちで座ってなくていいの? また怒られるよ?」

思ったとおりのするするとした毛並みを撫でてて、クレアは小さく微笑む。

今日は本当に朝からさんざんだった。

クレアの仕事先である居酒屋兼、飯屋には今日はお休みさせてほしいと伝えて来たが、昼までに終わらそうと思っていた掃除も、料理も何も終わっていない。

ぽたぽたと雨どいを伝う音の合間に、ガートルードが薬を調合する、きらきらとした柔らかい光と音が厨房から漏れ聞こえる。


「…きれい」

虹の欠片のようだ。

あんな風に仕事が出来たら楽しいだろうか。

「…いや、ご飯作るのも楽しいけど」

自分の作ったものが、売れたり、喜ばれたりするのは面白い。

先日作った平パンと林檎ジャムのホットサンドは、ぴりりとしたブラックペッパーをきかせて、おじさんたちにも人気だった。

林檎ジャムだけ売ってほしいと言われて、会計台の横に瓶詰めで置いてもらったのはとても嬉しいことだ。

テーブルを拭くかたわら、嬉しくて、じっとその瓶たちを眺めていたのを、食堂のおばさんに笑われたのはつい最近のこと。

きらきらふわふわ店内に散らばる光を眺めるうちに、クレアはくすくすと笑っていた。

来る前までは馴染みのない魔法店に、少し緊張していたというのに。

この町にも医者はいるが、多少の怪我や病気はここに来る人たちもいるし、家畜の方が得意とうたっているそうだ。

それでも往診を頼もうとしたら、医者のおじいさんは隣町に出たところだった。

どきどきしたけど、来てよかったとクレアはもう一度、スノ―の頭を撫でた。

「なに笑ってるの?」

「うひゃっ?」

びくっと肩をいからせて飛び上がると、すぐ横にガートルードが立っていた。

「はい、これ」

テーブルの上に並べられる薬らしきもの。

清潔そうな布に塗布された、鮮やかな緑の薬と、焦げ茶色の包帯のようなもの。

「こっちが湿布薬ね。布に挟んでおくから使う時は広げて、痛いところに貼ってあげて。で、その時にこっちの包帯も貼って」

「巻くんじゃなくて?」

幅広の、ちょっと固めに感じる包帯をクレアは持ち上げる。

「うん。かってに巻きつくから、湿布の上に貼るだけでいいよ」

「かってに…」

「お父さんにはその間、じっとしてるように言い含めてね」

どうして包帯がかってに巻きつくのだろう、胡乱な目をしつつ、魔法だからそういうものなのだろうかと、クレアは頭を振った。


「二日分出しておくね。しばらくは腰を使うとき気をつけて。ベッドから起き上がるときも、こう、一気に起き上がらないで、一度横を向いて手を付いて起きるようにして」

「はい、ありがとうございます」

手なれた様子でガートが湿布薬を布で包んでいく。

「あの、おいくらですか?」

前にもらった湿布薬はけっこう高かった。

クレアたちの晩御飯のスープの具財が、しばらく減ったほどだった。

「ん、そうだな、1,000ルク」

「1,000!?」

びくっと、クレアは深緑の目をぱちくりとさせる魔法使いを振り仰ぐ。


「そんなに安くていいんですか!?」

「湿布と包帯だし」

「で、でも1,000ルクって、ちょっといいお昼代くらいじゃないですか…」

「二日分だしね。明後日になっても、痛みが抜けなかったらまた来てもらわなきゃだし」

「え、ええ…っ」

きゅっとクレアはエプロンを握った。

いくらかかるか分からなかったから、溜めていた給金を目いっぱい持って来たのだ。

これならば持ち帰る分のほうが、断然多い。


「そんなに気にするなら、今度お茶しに来てよ。雨の日は近所のおばあちゃんたちもいなくて静かだからさ」

ちょんと小首をかしげ、楽しげにガートが笑う。

「それで、いいなら…、あの、ありがとうございますっ」

ぺこんと、クレアはお辞儀をする。

それから、あっと気が付いたようにエプロンのポケットを探った。

先日作ったジャムの余り。

大きな瓶には足りなかったが、手の平サイズの小瓶にぴったりの分量。

飾り気もなにもない瓶の中に、蜜色をしたジャムがとろりと詰まっている。


「これ、ピリッとしてて、ご飯にもいいので、よかったら召し上がってください」

「へえ。あ、噂の鹿停のジャムかな」

働いている飯屋の名前を出されて、クレアはきゅっと手を握る。

「ありがとう。おっちゃんたちがうまいって言ってて、気になってたんだ」

細い指が窓からの光に透かすようにして、小瓶をくるりと回す。

ぎゅっとクレアは唇を引き結ぶ。

胸の奥がほろほろと、くすぐったい。

朝からついてないと、焦っていたのが嘘のようだ。

「ほら、早く薬持って帰んな。今なら小ぶりになってるし」

手渡される包みを大事に持って、浮かれた足取りでクレアは店を出た。

フードを深くかぶり、雨の石畳も足取り軽く、小走りに駆ける。

誰かが自分の作ったものを、美味しいと言ってくれるのは本当に嬉しい。

濡れないように雨具の下で包みをもう一度握りしめる。

今度は他のジャムも持って訪ねてみようか、そう思ってクレアはちょっと笑った。






「変わった子だったね」

先ほどまで客が座っていた椅子に腰をかけ、ガートルードはお茶を飲む。

台所から切った堅パンとチーズを持って来て、ブラックペッパーのきいた林檎ジャムをひとすくいのせて、かじりつく。

チーズの塩気とぴりっと辛いジャムが絶妙にあう。

少女が元気に走り去ってから、朝から降り続いていた雨が勢いを治めている。

火の精霊が騒ぐはずだ。

きゃらきゃらとはしゃいで、予想外に星の粉みたいに魔法が弾けてしまった。

「また来るといいね」

ちらりと足元に丸くなったスノーが片目を開けて、それからくわりと大きく欠伸をした。





次のお客は牧羊犬かもしれません。

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