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前編

 あなたは神様を信じますか?


 僕は宗教とか神様とかよくわからないけれど、彼は僕にとって、神様のような人だった。それまで暗く狭い部屋の中しか知らなかった僕に、広い世界を見せてくれた。だけど。


 初めて会った日のことはよく覚えている。それはとても暑い夏の日だった。

働きづめだった母さんが亡くなり、家賃を払えない僕は、それまで住んでいた部屋を追い出された。行くあてもなく街をさまよっていたけれど、とうとう力が出なくなって、道の端、民家の壁際にへたり込む。肩につくくらいの髪が顔に張り付いて鬱陶しい。湿った息を吐く。大粒の汗が頬を流れ落ちた。

荒れた道で傷ついた足の先をぼんやりと見つめていると、僕の前で誰かが立ち止まった。「ねえ、君」と声をかけられて、僕はゆっくりと顔を上げる。

彼を一言で表すならば、白、だった。後ろでまとめた長い髪の毛も、透き通るような肌も、風を受けてはためくゆったりとした服も真っ白で、唯一黒い瞳が、静かに僕を見ていた。

 儚げな空気をまとった彼はどこか人間離れしていて、僕は最初、自分はもう死んでしまって、天使が迎えに来たのだろうか、なんておかしなことを考えた。

「ねえ、」と、もう一度彼は言った。

「こんなところで座り込んでいるなんて、君、帰る場所がないのだろう?良かったら私のうちにおいで。」

「あなたは誰?」僕は言った。渇きのせいで、ひどくかすれた声だった。

 彼はカバネと名乗った。もっとも、それはあだ名のようなもので、親からもらった名前ではないという。幽霊みたい、ってことさ、と真っ白な彼は笑った。

 名乗られて気付いたのだが、僕には名乗る名前がなかった。母さんは僕の名前を一度も呼んだことがない。それを伝えると、彼は少し驚き、考えるそぶりを見せた後、

「それじゃあ私が名前をあげよう。君の髪は夕焼けのような色だから、これからアカネと名乗りなさい。」


そうして僕は、彼――カバネさんから、名前と新しい住処をもらった。


 死んだ母さんはきっと過保護な人だったのだろう。外は危ないから、決して部屋から出てはいけないと何度も言われた。僕はそれを、大家さんに部屋から追い出されるまでずっと守っていた。

 そういうわけで、僕はあまりにも物事を知らなかった。カバネさんは嫌な顔一つせず、むしろ楽しそうに、いろいろなことを教えてくれた。そしてそのたびに、アカネは物覚えがいい、と何度もほめてくれた。

 この町は治安があまり良くないらしい。護身用にとナイフを渡されたし、食料や日用品の買い出しのために出かけるときは一人きりでは出かけず、必ずカバネさんと二人だった。また、狭い路地にはなるべく入らないように、ときつく言われた。

町には、カバネさんと出会った時の僕のように、家を持たないものも少なからずいるようだった。時折、ぼろをまとった人が道の端に座り込んだり、横になったりしているのを見かけたからだ。町の中心には大きな広場があって、そこでは貧しい人たちが各々芸を披露して、通りがかった観客たちからお金を集めていた。そのため、広場はいつ通ってもにぎやかだった。

僕たちが暮らしている、民家の立ち並ぶエリアから、広場を挟んだ反対側に、町の外観に対して異様に豪華な劇場があった。カバネさんは、そこで歌を披露する仕事をしているそうだ。聞きに行ってみたいと言ったことがあるけれど、カバネさんは来ないでほしいと答えた。その代わりに、劇場で歌っているという歌をいくつも口ずさんでくれた。もう一つ仕事があると言っていたけれど、それについては教えてもらえなかった。


比較対象がなくとも異様だとわかるくらい、この町には猫が多かった。町に出ると、猫が視界に入らないことはほとんどないぐらいだった。たいていの猫は民家の屋根で日向ぼっこをしたり、道端でごみをあさったり、ネズミや小鳥を追いかけたりしていた。時々、こちらをじっと見つめる猫がいて、それに気が付いたときはなんだか居心地が悪かった。

新しい暮らしにも慣れてきたある日、街を歩いていた僕たちの前で一匹の黒猫が立ち止まった。尻尾をゆらゆらと揺らした後、路地へ走り去る猫を一瞥したカバネさんは、会わせたい人がいると言った。

「この町で暮らすなら、知っておくべき人だ。それから、あいつにはなるべく逆らわないほうがいい。」

「怖い人なんですか?」

「怖いというか、嫌味な奴だ。この町のことなら何でも知っている、情報屋だよ。そしてある意味、この町のルールだ。」

 話しながら、僕たちは普段通らない道を右へ左へと進んでいく。足が疲れてきた頃、ようやく立ち止まる。そこは町全体を見下ろせる高台で、開けた場所だった。あちこちで猫たちがくつろいでいる。中央には、ガラクタを積み上げたような不思議な家があった。

 ガラクタの家の端の方に、ちょこんと腰掛ける少女の姿がある。紺色のワンピースに同じ色のマントを羽織っていて、なんだか魔女のような格好だ。長い金髪をサイドテールにしている。僕と同じくらいの年齢のような彼女は、面白いものでも見るようにこちらを眺めていた。僕たちは彼女に近づいた。

「ナハト」

 カバネさんが口にしたのは、彼女の名前だろう。挨拶もなしで本題に入る。

「紹介する。彼は最近私と暮らすようになったアカネだ。アカネ、こいつはナハト。さっき話した、この町の情報屋だ。この町には猫が多いだろう?あれはすべて、こいつが従えている、情報収集のための目であり耳なんだ。」

「従えているとは失礼ねえ。」

 ナハトさんが口を開いた。口調とは裏腹に、彼女の表情や声は楽しそうだ。

「この町の猫はみんな私の家族。あたしにいろんな情報を伝えてくれるから、目や耳の件は否定しないけどねえ。」

 そう言って、ナハトさんは僕の方を向く。

「初めまして坊や。アカネ君といったわね、欲しい情報があれば、あたしが売ってあげるわ。仕事が欲しければ紹介もしてあげる。」

「アカネに仕事はいらない、私の稼ぎで十分だ。」

さえぎるようにカバネさんが言った。ナハトさんはくすくす笑っていた。

「なあに、そんなにあたしと関わらせるのが嫌なの?なかなかその子の顔を見せに来てくれないから、あたしから呼ぶ羽目になっちゃったじゃない。」

「あんたの紹介する仕事が嫌なんだ。」

 カバネさんが睨むと、ナハトさんはまた笑う。

「とにかくアカネ君、あたしに用があったらいつでもおいで、たいていはここにいる。道が分からなければ猫に聞けばいいわ。私から用があるときは猫が呼びに行く。尻尾を三回揺らすのが合図よ。」

 カバネさんに手を引かれて、僕も彼女に背を向ける。背後から「またねえ」と間延びした声がかかった。カバネさんが僕の耳に口を寄せる。

「アカネ、ナハトは見た目こそアカネと同じくらいの子供だが、中身は百年以上生きた婆さんだぞ。」

「えっ」

「魔法使いの類なんだ、見掛け倒しでなく、な。」


 カバネさんが夜中に出かけていることに気が付いたのは、数日後のことだった。

 家にベッドが一つしかないため、眠るときは、少し狭いけれど二人でベッドを使っている。その夜は眠りが浅かったらしく、隣で動く気配で目が覚めた。またすぐ眠れるだろうと思って目を閉じたままでいると、気配はベッドを抜け出し、部屋を横切る。それから、ゆっくりと扉を開く音がして、今度はゆっくりと閉まった。

 僕は飛び起きた。部屋の中を見回したけれど、当然、そこには僕しかいなかった。カバネさんは歌の仕事の日はいつも午前中に出かけて、遅くても夕方には帰ってくる。こんな時間にどこへ?

 そういえば、昼間に猫が訪ねてきた。カリカリと扉をひっかく音がして、扉を開くと首の後ろに小さな筒を固定した猫がいたのだ。カバネさんはその筒から小さな紙を引っ張り出し、何か書いてあるのを確認すると、猫に向かってうなずいた。猫は走り去った。

 他に思い当たることはない。猫が来たのだから、ナハトさんからの用事だろうか。ナハトさんに会った時、少しだけれど仕事の話をしていた。カバネさんのもう一つの仕事は、ナハトさんが紹介しているのだろうか。そういえば、今までにも何度か猫が訪ねてきたことがあった。もしかすると、そのたびにカバネさんは出かけていたのかもしれない。

 でも、直接聞いてみても以前のようにかわされるかもしれない。カバネさんの行き先もわからないし、どうするかはまた後日考えよう。睡魔にぼんやりとしてきた頭で、僕はそう思った。


 あれから何度か寝たふりをして、カバネさんの様子をうかがってみた。予想通り、カバネさんは猫が訪ねてきた日に、僕が眠るのを待ってから出かけていた。ある夜、僕はカバネさんが家を出てから数分待って、ベッドから飛び起きた。上着を羽織り外に出ると、壁の割れ目に隠してある鍵で扉を施錠する。

 小さな声で「おーい」と呼ぶと、近くの路地から音もなく三毛猫が現れた。

「こんばんは猫さん、カバネさんの居場所へ案内してください。」

 声を潜めながら、カバネさんからお小遣いにともらったコインを猫に差し出す。情報料だ。猫はコインをくわえると、ついて来いと言うようにこちらを一瞥し、早歩きで歩き出した。僕もそれについていく。

 いくつかの細い路地を抜け、少し広い道に出る手前で猫は立ち止まり、こちらを振り返った。僕も立ち止まり、路地からそっと顔を出す。

 思わず息をのんだ。

 月明かりに照らされて、カバネさんは立っていた。周りには数人の人影が倒れている。カバネさんの両手に握られた二本のナイフが、黒い液体をまとっててらてらと光っていた。目を伏せて人影を見つめる横顔が、やけに神々しかった。

 視線に気づいたのか、カバネさんは突然顔を上げてこちらを見た。顔に浮かぶのは、驚きと、恐れ?「どうして……」と、薄い色の唇からこぼれる。僕は何も言わなかった。

 カバネさんは、ナイフについた液体を倒れている人の服で拭うと、僕の手を取った。

「ここから離れるよ。」

 ひどく焦ったような声だった。

「誰かに見られるとまずい。帰ったらちゃんと話すから、早く!」

 猫はいつの間にかいなくなっていた。


 家に帰ると、カバネさんはまっすぐベッドに向かい、腰かけた。膝の上で手を組んで、そこに視線を落とす。僕も隣に腰かけた。横からのぞき込むと、カバネさんはひどく疲れたような、それでいて真剣な顔をしていた。

「どこから見ていたの」

「僕があそこへ着いた時には、何人かの人が倒れていて、あなたがその真ん中に立っていました。ナイフに付いていたのは、血ですね?あの人たちはあなたがやったんですか」

「……」

「カバネさん、あなたは僕に、ちゃんと話すと言いました。」

 詰め寄ると、カバネさんは渋々といった風に口を開く。

「……ああ、私がやった。」

「ナハトさんに頼まれたんですか。」

「そう、前に言った、もう一つの仕事。」

「彼女に会いに行ったとき、あなたは、彼女の紹介する仕事は嫌だと言った。それなのにどうして?」

「呪いみたいなものなんだ。」

「呪い?」

「ナハトの魔法だ。あいつには、他の猫とは違う、姉、兄と慕っている猫が二匹いる。一匹は君をあいつに紹介した日に合った黒猫、もう一匹は、さっき私のところに君を案内した三毛猫。その二匹とナハトは、見た目よりずっと長く生きている。……他の命を取り込むことによって。」

 そこで、カバネさんは一度言葉を切る。

「命は神聖で、殺人は汚れた行為だ。殺めた本人には、命を取り込むことができない。代わりに手を下す存在が必要なんだ。そしてこの魔法は、手を下した人間に、報酬として才能を与える。正確には、一流に満たなかった才能を後押しするんだ。私が劇場で歌えるのは、真の実力じゃない。魔法のおかげだ。」

 カバネさんは少し黙って考えるそぶりを見せ、また口を開いた。

「しかし、取り込んだ命も、後押しした才能も、ずっとは続かない。繰り返さないといけない。魔法の効果が切れて、今までのように歌えなくなったら、生きていけない。……だから、私はこの仕事をやめられない。」

 そこまで言い終わると、カバネさんは悲しそうな笑みを浮かべてこちらを見た。

「アカネ、私のこと嫌いになった?」

 嫌いに?どうして?

「カバネさん、僕、さっきあなたの姿を見た時、とても……とてもきれいだと思ったんです。あなたには月明かりの白と、影の黒がよく似合う。」

 僕は自分より背の高いカバネさんを抱きしめた。相手が戸惑うのが気配で分かる。

「アカネ。君はおかしいよ。私のことをきれいだなんて、歌の仕事の方じゃなく、あれを見てそう言えるなんて。」

「カバネさんもおかしいですよ。嫌だと思いながら続けているなんて。少しくらい仕事がなくなったって、十分すぎるたくわえはあるくせに。」

 顔は見えなくても、カバネさんがうろたえるのが分かった。まだ何か僕に隠していることがある、そう直感が告げたけれど、僕は何も言わずにいた。ちいさく「ありがとう。」というのが聞こえた。

 それからしばらくは、何事もなく、今までと変わらないように見える時間が流れた。


 僕たちの家には、地下室があった。そこにはたくさんの本棚が並んでいて、本棚にはたくさんの本が詰まっている。以前この家にいた人が集めたものだと聞いた。カバネさんが歌の仕事に出かけた日や、することがなくて退屈した時には、僕はその地下室に下り、適当な本を引っ張り出しては、その表紙のデザインや挿絵を眺めていた。僕は文字が読めないから、本にどのようなことが書いてあるのか、挿絵から想像する遊びをよくした。

 字を習おうと思ったのは、ただの思い付きだった。単純に読書がしてみたいということもあったし、文字を読めると色々便利そうだと思ったのだ。教科書代わりに内容の簡単そうな本を何冊か選ぶと、カバネさんの帰りを待った。

 扉の開く音がして、顔を上げる。

「アカネ、ただいま。」

「おかえりなさい、お仕事お疲れ様です。あの……。」

「何?あれ、珍しいね、地下室から本を持って来たんだ。」

「はい、あの、字を教えてほしくて。」

 そう言うと、カバネさんは困ったような顔をした。最近のカバネさんは、最初のころとずいぶん印象が違う。最初はもっと、落ち着いた大人の印象だったけれど、最近は表情が豊かだ。僕が少しわがままを言うようになったせいでもあるけれど。

 わがままといっても、大したものじゃない。あれが食べたいとか、何を見に行きたいとか、また歌を歌ってほしいとか、それくらいだ。話を戻そう。

「カバネさんも読めないんですか?」

「いや、読み書きはできる、けど。」

「けど?教えてくれないんですか。」

 僕は眉尻を下げ、目を伏せて悲しそうな顔をする。最近気が付いたのだけれど、カバネさんは僕のこの顔に弱い。こうすれば、大体のことは聞いてくれる。

「わかった、教える。教えるから、そんな顔しないで。」

 カバネさんの声に焦りの色が浮かぶ。思った通りだ。僕は心の中でこっそり微笑んだ。


 自力で本が読めるくらい字を覚えた僕は、意気揚々と地下室に向かった。片手には辞書を抱えている。カバネさんに新しく買ってもらったもので、これがあれば、わからない言葉や言い回しが出てきたとき、意味を調べることができるらしい。

 階段を降り切ったすぐ横にある木製の椅子に辞書を置くと、僕はできるだけ厚みのない、挿絵の多い本から選んで読み始めた。本に出てくる人たちは、いろんなことができたし、いろんなものになれた。現実では経験できない驚きや興奮がそこにあった。白黒の挿絵も、なんだか色づいて見えた。

ある時、僕は今まで近づかなかった、奥の方の本棚を見てみようと考えた。

 地下室の本は、子供向けの絵本から難しい学問の本まで様々なものがあり、奥に行くほど難しそうなものが多くなっている。内容がよくわからなかったとしても、以前のように挿絵や写真を見て楽しむことはできるだろう。

 照明が遠くなるので、地下室の奥の方は少し薄暗かった。特に何も考えず、とりあえず一番奥まで進んでみると、珍しいものがあった。

 それは箱だった。両手で抱えられるくらいの大きさの箱が数個、本棚に入っている。箱自体は別に珍しくもなんともないものだけれど、この地下室には本ばかり並んでいるものだと思っていた。

 宝箱を見つけた冒険者のような気分で、僕は恐る恐る箱のふたを持ち上げた。

「これは、……台本?」

 箱の中にあったのは、劇に使われたのであろう、何冊もの台本だった。表紙に題名が書かれているが、どれも聞いたことがなかった。ページをめくると、登場人物たちのせりふと、それぞれの動きの指示が書かれている。印象的だったのは、台本はすべて手書きだったことだ。

 この地下室にあるのは、すべて以前この家にいた人のもの。手書きということは、これらはその人が書いたものなのだろうか。その人は作家だったのかもしれない。

 何気なく一番最後のページを開いて、作者の名前を見た僕は、目を見開いた。頭の奥がすうっと冷たくなる感覚がした。急いで他の冊子も確認する。これも、これも、これも、同じ人の名前が書いてある。僕はそのうちの一冊をつかむと、カバネさんのいる一階への階段を駆け上がった。

 台本の作者はすべて「アカネ」だった。


 カバネさんは自分が幼いころの話をあまりしなかったけれど、時々気が向いたように話してくれることがあった。それによると、カバネさんは昔、町の広場で歌を歌ってお金を稼いでいたらしい。そして、何らかの事情でそれまで暮らしていた家に帰れなくなった時、カバネさんの歌のファンだという青年に拾われて、この家に来たそうだ。

 昔の話をするとき、カバネさんはいつも懐かしそうに話した後、思い出したように暗い顔をした。それから、日常生活の中で、僕を見ているはずの目がどこか遠くを見ているようなことが何度もあった。

「カバネさん、これ、どういうことですか。」

 持ってきた台本を机に置くと、カバネさんはあからさまにぎょっとした。あたふたと視線を泳がせた後、あきらめたように息を吐く。

「……見たんだ。」

「これを書いたのは、カバネさんを拾った人ですか。」

「……ああ。それを書いたのは、私の育ての親だ。」

「どんな気持ちで、その人と同じ名前を僕につけたんですか。」

カバネさんは答えない。

「今まで、僕を通してその人を見ていたんですか?僕はその人の代わりだったんですか?」

 疑問符をつけているけれど、それは断定に近かった。

 ああ、僕は悪い子だな。面倒を見てくれている恩人を困らせるなんて。だけど、今、自分の気持ちが分からない。怒っているのだろうか、悲しんでいるのだろうか、それとも、今目の前で必死に紡ぐ言葉を探しているこの人を、蔑んでいるのだろうか?僕は自分がどんな表情をしているのかもわからなかった。

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