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「さーあどんっどん食べてね!」


「これ、ぜんぶ?」


「男の子だし大丈夫!お礼だから、遠慮せずに全部食べていいのよー!」


ディトォの前には、バラエティ豊かな料理の数々が並んでいる。

今もまた、どどん!と皿をテーブルに置かれた。


笑顔で両手を腰に当てているのは宿の女将メディアだ。

平均的な体格であるが、人柄のせいか大きく見える人物である。

蜜柑色の髪をポニーテールにして、向日葵が咲くようによく笑った。


世の奥さま所属する大派閥、『男の子はどんどん食べて成長するべき』派閥所属で、食卓に所狭しと置かれた料理たちがそれを物語っている。


「あら、まだ足らない?」


「わからない」


「まあー頼もしい!うちは主人しか女の子がいないから作りがいがあるわ!」


適量なのかわからなかっただけである。


あの、シドンの足を『戻した』後。

なぜこうなったか、ディトォは思い出していた。






「こんなこと、お手伝いなんかじゃないわ」


「……」


余計なことだっただろうか。

少なくともシドンには確認を取るべきだったかもしれない。

赤く重い粉末は、こちらが問いかけたことにしか答えない。友人のように忠告はしてくれないのだ。


ばっと両腕を広げるマーシャ。




「これは人助けよ!」




次の瞬間抱きすくめられていた。

肺にあった空気がキュウと追い出される。


「うっ!!ひ、人助け?」


「そうよ!こんな……奇跡みたいな事できるなんてすごいわ!一体どうやって……!」


ぎりぎりと細くなってゆく息をしながら、赤く重い粉末に一応たずねてみる。

人助けとは。困っている人間を助ける事、または善行、と返ってきた。


「善行……良い行い?」


「当たり前じゃない!」


良い行いをすると喜ばれるという知識は間違っていたかもしれない。

善行を行なったものが腕で締められるのは常識なのだろうか。

視界が赤くなってから白く霞んでいく。


すごいわすごいわ、とはしゃぐマーシャに正気を取り戻したシドンが気づいた。


「マーシャ!手を離しなさい!」


「えっ」


気付けば腕の中でぐったりしたディトォがいた。


「やだ……またやっちゃったわ!ごめんなさいディトォ!」





次に覚醒したときには目の前にメディアがいて、はじめましてと自己紹介を受けた。

ソファーに寝かされていたようで、そこまで体にダメージが無いことを確認する。


ディトォも起き上がって自己紹介をした。

マーシャから事情は聞いているようで、うちを手伝ってくれるんですって?と、やはりすんなり受け入れられてしまう。


「ごめんなさいね、あの子見かけによらず怪力だから。喜びすぎて力が入っちゃったみたい。許してあげてちょうだい。夕飯までそこで休んでていいから」


「怪力……」


マーシャは喜ぶと人を締めるらしい。

そして女性が、一般的に男性に力が劣るものという認識も訂正しなければ。


事前に与えられた知識は経験と違うところが多いようだ。

赤く重い粉末に教わらなければならないことが、思ったよりたくさんある。



そして食卓。

勧められるがままに食べた。

串焼きを食べた後の、体温が上がり眠くなるような感覚を思い出す。


しかし『男の子はどんどん食べてね』派閥のメディアは手加減をしなかった。


加えて食べすぎという状態は知っていても、経験がなかったディトォ。

最終的に『勧められただけ食べてはいけない』ということを学習した。


「大丈夫?吐くまで食べなくても良かったのに……」


「マーシャ……うぷ」


「ごめんなさいね。助けてくれたのに。」


「労働は対価だから。人助けは労働?」


「対価って。あの、もし着替えや宿のことを言ってるんだとしたら、そんなこと、お釣りがくるくらいのことをしてくれたのよ?」


「労働にお釣りが?」


「そうじゃなくて……うふふっ、もう。いやだわ、からかわないで?私、お礼を言いにきたのに。」


くすくすと笑う。

なぜかマーシャの笑顔を見て、食事をする前のように腹が鳴る気がした。


なぜだろうか。共通していることは、なんだろう。


「香り、かもしれない。」


「?なんの話?」


「マーシャから、香りがする気がした。」


「ええっ?」


料理の匂いを嗅ぐと腹が鳴る。

恐らく、あれは香りに体が反応しているのだ。

自分の考えを確かめるべく、マーシャに近づいた。


「え、ちょっと、待って……」


戸惑っているうちに首元まで鼻を寄せる。

すんすんと無遠慮に嗅いだ。


「や、やだ……」


かあっと顔に血がのぼるが、あまりのことに硬直してしまう。

ひとしきり嗅ぎおわると顔を離した。


「うん、やっぱり。」


「な、なにが?」


「『好み』の香りがする。」


「な……」


聞かれたとき、『好み』がわからなかった。

好みとは、好ましいこと、いいと思うこと。


料理の香りとマーシャの香り。

種類は違えど、ともに惹きつけられる感覚があった。


恐らく、これが『好み』ということだろう。


榛色の目で見つめながら言われ、赤くなって震えるマーシャ。

ただ納得して、満足げなディトォ。

思わず見つめあってしまう。

その時だった。



「……なああああああにをやっとるかーーっっ!!」



響き渡る大音量の咆哮。

実は柱の影から伺っていた両親とともに、飛び上がるほどびっくりするマーシャ。

ディトォも驚くが、どちらかというとうるさそうにするだけである。


戸口からスマイトがつかつか歩いてきた。


「ご主人、お邪魔いたす!貴様ぁ!なにを不埒なことをしている!牢屋に入りたいのか!!」


「スマイト殿、なぜここへ?」


「いや何、この怪しいやつがご主人がたの良心につけ込み、何かあってはと思いまして。様子を伺いにくればこの有様であります!」


「す、スマイト様。私は何もされていませんわ。ただ……」


発言しようとして、思い出したのか赤面して詰まってしまう。


「その、何もされては……」


「……貴ぃ様〜あろうことかマーシャ殿の芳しい香りを楽しんでいたろう!」


「言い方が変態くさいです〜」


「なんだとアァハロォオン!!」


「今の僕じゃないですー!!」


兜を掴まれてガシャンガシャンと揺すられる鎧。

傍目から見ればどれが誰だか見分けがつかないが、スマイトにはわかるようで的確に捉えている。誤解らしいが。

言われて自覚したのか、少し耳が赤い。


「うぉほん!とにかくお前の身柄は私が預かろう。来い!」


「お待ちください。ご心配をおかけしたようですが、娘も何もされていないと申しておりますし、お手を煩わせることもないかと。」


「ご主人。私はですな」


「大丈夫です。この子は素直ないい子のようですよ。勧められた料理を一切断らずに限界まで食べるくらいには。」


「な、そんなことなら私だとて負けませんぞ!」


「張り合ってどうするんですかー」


無言で背中をどつかれる鎧。ジャーンと鳴る。

今度は合ってます!と言いながら倒れた。


「スマイト様。ご厚意うれしく思いますわ。夜間の見回りは大変でしょうけれど、がんばってくださいませ。」


「ぬ、応援かたじけない。マーシャ殿の守護は是非、このスマイトにお任せあれ。」


キリッとして見せるスマイトの背中を、さりげなく押して出口に導くマーシャ。

三つ子鎧も後から続く。


「暖かいお茶などご用意いたしましょうか。」


「いや!お気持ちだけ。警邏に戻りますゆえ、また何かされる前にどうぞお頼りください。すぐに駆けつけます……!」


キリッとしたまま、暑苦しい敬礼をする。

マーシャの手でも握りそうな勢いであったが、何もせず宿屋を後にするようだ。流されたともいう。

追ってぱらぱらと三つ子鎧も敬礼ののち、追従した。

静かになる室内。


「いい方なんだけど、熱心すぎるわ〜」


「そうね……」


「いいとこだったのに!」


「っお母さん?」


「今時ってあれが流行りなの?よくわからないけど良い雰囲気だったよねえ?」


なにいってるのと口を塞ぎにかかるマーシャをひょいひょいと避けてからかうメディア。


「シドン、僕は何かいけないことをした?」


「積極的なのは悪く無いが、自分の娘だからなあ〜」


「?シドンの娘じゃなければいいの?」


「なっ!他の娘にやっちゃだめよあんなこと!」


「ほー、他の娘に。マーシャにならやっていいんだ?」


「〜〜お母さん!!」


「お父さんは複雑だ……」


「お父さんまで!」


置いてきぼりにされて盛り上がってしまったので、ディトォは窓から外を眺めてみる。

日も暮れた薄闇の中から、『今どんな顔してこれ書いてんですかね』と声がした気がした。








次回、事件です、姉さん(ジェネレーションギャップテスト


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