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はじめまして、異変

ハゲ襲来





朝靄を振り切るように早足で進む鎧があった。

ガシャガシャと音を立てながらアーメットヘルムのバイザーをあげ、黒髪をのぞかせながら止まることなく周囲を伺う。



「ハッ……ハ、けほ。」



何かに追われているような様子でしきりに視線を動かしている。

兜の天辺についている房飾りが頭の動きに合わせて振れた。




「……早く行かなきゃ……」




鎧は早足のまま、朝靄に消えていった。





_________________________________





「おはよう、マーシャ。」


「うん。おはよう、ディトォ。よく眠れた?」


使われていない宿屋の一室。ベッドで寝ていると、マーシャの扉をノックする音で目を覚ます。

挨拶を返すとたらいを持って入室してきた。


「壁の穴の修繕待ちだから空いてたんだけど、心地よくすごせたかしら?」


「たぶん、睡眠は充分とれたと思う。」


「そう、よかった。これで顔を洗ってね。手拭いはここに置くわ。」


「穴が開いていると、何か不都合が?」


「まだ春先だから隙間風が入ったり、うちは猫を飼っているからあまりないけど、ネズミがでたりするから。何もないならよかったわ。」


「ネズミ。灰色で、小さな動物?」


「そうよ。やっぱり貴族なのかしら?見たことない?」


「見たことはないけど、知ってる。穀物を荒らしたり病を運んだりする害獣だね。貴族ではないよ。」


「どちらにしろ珍しい生活をしていたのね。用意ができたら下に降りてきて。朝食にしましょう。」


一旦視線を外し、考えてからマーシャを見つめるディトォ。


「ねえマーシャ。どうして僕の面倒を見てくれるの?」


「ん?」


「マーシャに得することが何も無いように思える。」


まるでそれが当たり前のように振る舞うマーシャが不思議に思えた。

何も得にならないどころか衣食住を与えて損をしているはず。善意にせよ、理由が無ければおかしい。


「そうね。うちのお父さんとそっくりだっからかしら。」


「お父さん?僕が?」


「見た目じゃなくて、境遇というのかしら。お父さんもボロボロになって道に落っこちていたの。」


「道に」


「だからかしら。助けないといけない気がしたの。もちろん帰るところがあるなら帰るほうがいいわ。」


「やっぱり何も得をしない気がする。不思議。僕は何をすればいいの?」


「元気ならうちを手伝ってくれればいいし、帰るなら送るわ。」


帰る場所。そもそも家がない。生まれた実験室は家という感じではなかった。

自分が何の為に生まれたか分からず、何を成したいわけでも無い。


赤く重い粉末が、実験の為に生まれたと答えたが、違う気がする。

何もかも忘れてしまった。それだけを覚えている。


「忘れてしまったみたい。」


「なら思い出すまでうちのお手伝いをしてちょうだい?先ずはご飯ね。下で待ってるわ。」


マーシャを視線で見送って、考える。

人は生活をするもの、と赤く重い粉末が言うので、それに必要な対価は、と問いかける。


労働、と答えが返ってきた。


「お手伝いって労働だよね……」


とりあえず、人間の体を動かす食事をするために立ち上がった。






*************************************************************





「あの駄目マスター……!」


昨夜ハリは自身が睡眠を必要としないようなので、一応ディトォたちの様子を見るべく紺から離れた。


登場人物の位置はわかるものの動向は掴めないので、紺が目覚めたら改良してもらおうと偵察から戻ってくると、取った宿のベッドは空だった。


紺の場所が分かるなどという能力は持っておらず、この不確かな世界で視認するほかないのである。


「クソマスターってより駄目マスターだよ本当に……!」


行く先の心当たりも無い。

今確かに存在が認められているものといえば、登場人物まわりしかない。


なにしろ今この世界は作りかけなのだ。

広がり切らないこの狭い世界で、うっかりマスターが登場人物と接触しかねない。


逆に言えば登場人物を見張っていれば、その周辺に変化があるはずである。


変化のあるところに作者あり。

恐らく周囲にふらふら湧いて出たところを捕まえられるのでは、と考えたハリは実行に移すことにした。


「なんでまたこういうことだけは決断が早いかな……」


溜め息をこぼし、捜索に向かうことにする。






********************************************************






「おいしかった?」


「……栄養価が高そうだった。ありがとう。」


美味しいとは。

赤く重い粉末は嗜好にあった味、と答える。

よくわからなかったので、わかることを伝えてみた。


正確に言えば嗜好といえるものが自分の中にまだ形成されておらず、判別できなかったからである。

出されたのは串焼きと呼ばれるらしい料理だった。


「面白いことをいうのね。味は好みじゃなかった?」


「好み……よくわからない。」


「あら……うーん、まぁまずくはなかったみたいだから良しとしましょう。」


ぱち、と手を合わせて微笑み、少し休んだら父さんに紹介するわねと席を立つマーシャ。


「今お茶を……」



「お邪魔いたします!」



入り口のほうから大きな声がかかった。


「あら、お客様みたいね。」


笑顔の中に戸惑いを混ぜるマーシャに、首をかしげた。

目が合うと、たぶん知っている方だわと答えて眉を下げる。入り口に向かった。


「ごきげんようマーシャ殿!お父上の具合が気になったので寄らせていただいた。」


「ごきげんようスマイト様、わざわざありがとうございます。」


輝く頭皮。残された前髪。立派なシェブロン型の髭。筋骨隆々にして長身。

がっちりした、いかにも武道派というような体格をした男が戸口に立っていた。

にこにことごつい顔を緩ませている。全体的に声が大きい。


「ぬ?」


「?」


ふと目が合った。

たちまち険しい表情になり、いかめしい顔面が表れる。


「ここは今営業していないはずだが、どちらさまかな?」


「ああ、この人は私のお手伝いをしてもらう予定の方です。」


「なんと!まさか宿を再開されるおつもりか?!」


「それはまだ……ですがいつでも開けられるように準備はしておこうと思って。」


「ぬうう私どもが不甲斐ないばかりに!さぞや不安でありましょう。ですがこのスマイト、一刻も早く犯人を捕まえてみせます!」


「あ、僕らも尽力いたしますー!」


「ちょっと〜」


「あ……」


いつの間にかスマイトという男の後ろに、3人の鎧がかしゃかしゃ集っていた。

バイザーを下げているので顔がわからない。

背丈も体格も同じくらいなので三つ子のよう。


「アァハロン一等兵!!発言を許した覚えは無いぞ!」


「失礼しましたー!人数は多いほうがご安心できるかと思いまして!」


「罰則は一人で受けてよアハロン~」


「すみません……止められなくて……」


かしゃかしゃとバイザーを揺らしてさっと敬礼。

まるで鎧が生きて喋っているようにみえる。


「では父のところへご案内します。」


「おお、これは失礼を。ではお願いいたします!」


つるりと反射する光。

お辞儀をした拍子に角度が変わり、丁度そちらを見ていたディトォの目に直撃する。

うっと顔をそらしたディトォに気づくスマイト。


「む。言っておくがこれは剃っているのだ。禿げているわけではない。」


「誰も聞いていないかと!」


「アハロン黙ってよ〜」


「すいませんほんと」


ぞろぞろと奥に案内されるのを見て、ディトォも何となくついて行った。




「おお、これはスマイト様、よくお越しくださいました。」


部屋にはベッドに横たわり、上半身を起こしている中年の男性がいた。


「ご主人、具合は如何ですかな。」


「何度もお越しいただき面目もありません。あつつ……」


「お気遣い召されるな。そのままで結構です。」


「今お茶を入れてきますね。」


「いやいやマーシャ殿!自分共は警邏中に立ち寄っただけなので直ぐにお暇いたしますゆえ!お気遣いなく!」


「申し訳ない、妻は今所用を申し付けておりまして。お構いできず……」


「いいのです。ところで容体はあまり良くはないようですな。骨折と侮るととんでもないことになりかねませんぞ。もし腫れてくる様なら我が家の医師に診せましょう。」


「そんな、お気遣いしていただく理由がございません!」


「いやなに、理由など、フフ、いいのですよわっはっは!」


ちらちらとマーシャを見ながら大笑するスマイト。


「うちの隊長はマーシャさんにいい格好したいだけですから気にしなくていいと思いますよ!」


「アァハロン一等兵!!」


兜を掴まれてガクガク揺すられる三つ子。

宿の主人らしき人は笑いながらも怪我に響いたのか、そっと目を逸らした。

その拍子にディトォが視界に入る。


「おや、そちらは?」


「この子に準備のお手伝いしてもらう予定なの。お父さん、ディトォよ。」


初対面の他人にはどういう行動を取るべきか。

赤く重い粉末に質問したところ、『名を名乗り、挨拶する』のが一般的であるという答えが返って来ていた。


「僕はディトォ。こんにちは、マーシャのお父さん。」


「私はシドンと言う。君はどこの子だい?」


「どこ……」


「お父さん。ディトォはお家を忘れてしまったみたいなの。」


「おやそれは……」


「なっ?……そんな出自のはっきりしないものを娘さんのそばに置くのですかご主人!まだ少年だとて侮ってははなりませんぞ!ハイドゥクの件があります!」


一々声がでかいので、皆一様に上体を逸らした。

シドンが呻く。


「隊長〜そろそろ仕事に戻りませんと〜」


「ぬっ?うむぅ……ご主人!何かあればご連絡ください。おい貴様!くれぐれも妙なことはするなよ。自分はこの街の警邏隊長を務めている。事と次第によれば即牢屋ゆきだからな!」


ぎろりとディトォを睨みつけ、では!とシドン達に敬礼をしてから退出していく。

三つ子鎧のうちの一人が引き返してきた。


「あ、それとこれ、お見舞いだそうです〜」


シャラ、と小袋を手渡す鎧。

マーシャは思わずありがとうございます、と言って受け取ってしまう。

退出した鎧を三人で見送ると、シドンがディトォに向き直った。


「さて。ディトォだったかな。君は行くところはないのかい?」


「……行くべきところも、行きたいところも特に思いつかない。」


「そうか……うちは宿屋をやっていたんだが、私が怪我をしてしまってね。今は閉めているんだ。あとで妻にも挨拶してくれ。マーシャ、あとはわかるな。」


多少の躊躇いはあるものの、やはりマーシャと同じくあっさりと受け入れられる。


「ええ。穴が空いてる部屋になっちゃうけど、しばらくあそこを使ってもらうことにする。」


「……ねえマーシャ。シドンは足を怪我しているの?」


かねてから気になっていたことを聞いてみた。

先程、骨折と言われていた気がする。骨折とは骨が折れることで、生活が不便になるらしい。

ベッドに座り、布団を掛けているので見た目ではわからない。


「ああ、これか。そうだな。店にいたずらされていた様で、その時にちょっとな……」


「片足ならまだ良かったかもしれないけれど、両足よ?本当にひどいわ。」


「戻したい?」


「戻す?そりゃ治せるなら治したいさ。しかし骨折ということだし、焦らずゆっくり療養するよ。」



「戻せるよ。」



やり方は知っていた。あとは実行するだけ。

全ては赤く重い粉末が示す。

シドンの足に指先で触れた。


「ちょっと君っ……」


「お父さんっ」


フルフル、と空気が波打つ。

びくりと肩を揺らすシドン。

数瞬ののち、手を離す。


「これも労働、なのかな?」


「何を言って……お父さん?平気?」


「……」


「お父さん?」


しばらく微動だにしなかったシドンは、意を決したかのようにベッドから起き、両足を床につけた。


「ーーー痛くない。」


「え、それは良かったわ……」


突然の行動に動揺するマーシャ。

シドンは構わず両足に巻かれた包帯をほどき出す。


「何してるの!添え木が取れちゃうわ?」


「いや……」


抑えようとする手を制してなおもほどき続け、添え木がからんと床に転がった。

そのままベッドから立ち上がる。


「えっ?お父さん……痛くないの?」


その場でおっかなびっくり足踏みをし、いろんな角度から足をみているシドン。

はらはらと心配そうにマーシャが見守る。


「もう治ったの??」


「骨折が、こんなに早く完治することはあり得ない。」


「うん。治してないよ。戻しただけ。」


「……何を、戻したんだい?」


「あなたの足の時間を、怪我をする前に戻したんだ。」


「まさかそんな……でも立ってるわ……」


「マーシャ、驚くべきことだが、私の足は何の支障もなく動くようだ。時間を戻す、というのはよく分からないが、骨折は治ってしまったように思う……」


「なんてこと……」


「お手伝いになった?」


「こんなこと、お手伝いなんかじゃないわ」




驚愕に染まった表情を、ディトォに向けた。















頭痛が続く今日この頃、みてくれている方も体調にお気をつけてお過ごしください

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