再臨
1話分が短くなる病。長くするべきでしょうか。
都会の喧騒というよりは、程よく賑わいのある落ち着いた観光地の佇まい。
行き交う人々も広く取られた街道をにこやかに通行してゆく。
「ここの名物って何があるんですか?」
「名物。」
「旨いもの、なんかあるでしょう。」
言外に、ないなら作れといわれている気がしないでもない。
名物、名物。
「串焼き食べたい……トマト挟まってるやつ……。」
「俺は煮込み料理が好きですねぇ。」
「それもいいね。とってもいい……。」
考えただけで唾液が溢れてくる。
ではこうだ。郊外に畑を作ってトマト等野菜を栽培している。肉はどうしようか。同じく郊外に牧畜業を営んでいる区画があって……
「『串焼きと煮込み料理がここの名物で、其処此処に屋台がある。』」
「はーいいらっしゃい!シニヨン名物串焼きはいかが?」
「皆さん一度はご賞味あれ〜こちらが有名な牛の煮込みだよ〜」
街道の幅はおよそ10メートル位か。その中程に一定間隔で屋台が並びだした。突如現れた光景にもかかわらず、以前から存在したかのように周囲に溶け込んでいる。
香り出した香ばしい匂いに足を止める人が増え始めた。
「あ、しまった早く買お?」
「通貨はどうなってます。」
「通貨……ええと『単位はクベイラ、金貨、銀貨、青銅貨、鉄貨がある。それぞれ一万、千、百、一クベイラである。』」
「串焼き一本300クベイラだよー!」
インドの財宝を守る神さまから名前をいただき、これを貨幣名にする。
日本円と違うのは五千円、五百円、五十円がないくらいだろうか。まだ紙幣は開発されていないことにする。
貨幣価値からすると若干高めな気がするが、現代日本と差がないようにしておかないと計算が面倒だという理由から設定してしまった。
「旅人が持っていたとしても、不思議じゃない額ってどのくらいだろう……」
「小銭のほうがいいですよ。時代的に両替はしにくい気がしますし、持ちすぎていらん問題が起こってもなんですし。」
「じゃあ5000円くらいで。あ、『銀貨二枚、青銅貨30枚所持している』……うっ!」
腰に、幅広のベルトに大きめのポーチが現れる。
わりと重い。
筋力が貧弱なのもあるが、貨幣というのはそこそこ重量がある事を思い出した。慌てて注釈を入れる。
「かっ、『貨幣技術は発達しておらず、一枚あたりが薄い!』」
重さが半分ほどになる。
はー良かったとほっと息を吐けば、隣でハリがちょっと笑っている。
「串焼きは買えそうですか?」
「大丈夫でしょう……!」
さらに笑っている。
恥ずかしくなって足早に街道にでていこうとすると、おっと、と、首元を引っ掛けられた。
「ぐえ!」
「忘れてるかもしれませんが、俺は他人には見えていないようです。変人に思われたくなかったら、またこの路地に戻ってから俺に話しかけて下さい。あと俺は煮込みを宜しくお願いします。」
「わかった……」
ほら、と街道にでて他人の肩に腕を透けさせるハリ。
ちゃっかり自分の分の依頼を忘れない。
ロールプレイングゲームのお使いイベントだろうか。
どこそこで何がしかを手に入れて届けて欲しい、報酬を出すから、と言うやつだ。
この場合報酬は腹を満たす食料である。
襟元を直してから屋台に近寄った。
「串焼き一つ……あ、二つください。」
「ありがとうございます!600クベイラです。」
「青銅貨、が、6枚かな。はい。」
「はいどうもね!お嬢ちゃんお使い?がんばってね!」
「おじょ……」
誤解を解こうと口を開いたら、はいどうぞーと大きな葉に包んだ串焼きを渡されたので諦めて受け取る。
ちんちくりんなせいで年齢より若く見られることはよくあったが、お嬢ちゃんと言われたことは久しくなかった。
多分硬貨の扱いが不慣れなことも相乗したのだとは思うが、もやもやしながら煮込み料理の屋台に向かった。
「お疲れ様でした。」
「笑わないでよ……」
「笑ってませんよ。微笑ましく見守ってただけで。」
「すごい顔笑ってるんだけど。」
「旨そうな飯には笑顔になるってもんでしょう。」
むむむと唸りながらハリの分の煮込みを渡す。
串焼きの包みからも一本渡そうとする。
「あれ。串焼きも頂けるんで。」
「うん。味みたいかなって思って。足りる?」
にやりと笑って差し出したままの串焼きに齧り付くハリ。軽く瞠目する紺。
「お、旨い。ご馳走様です。」
「え、全部食べないの。」
「十分ですよ。それよりマスターちっこいんだから、もっと食ってください。」
「もう成長しな……むぐ」
ハリに渡した煮込み料理を口に放り込まれ、思わず咀嚼した。
牛の肉が柔らかく野菜と煮込んであってコクがある。
「美味しい!」
「良かったですね。」
やはり人は腹が減っては戦はできぬ。
本日始まって以来の和やかな雰囲気に口の端が緩む。
空腹も相まって滴る肉汁に舌鼓を打った。
「何が良いものですか。」
「ん?」
自分達以外の声がした。
口の中のものを嚥下して、声のしたほうを振り向く。
「なかなか続きをかかないと思ったらこんなところでイチャイチャと。色々忘れていませんか?自分の現状を。」
「え、め、女神?」
自分の容姿と凡そは同じであるのに、振る舞いの差か気品があるように見える自分だった。
髪に艶が出ているような。あと睫毛そんな長かったっけ私。
眉間のシワを深めて腕を組む女神。
「あなたはここで、自分が放り出した作品を完結させないと『存在的に死を迎える』。そう言いましたね?」
「アッハイ!」
「理解をしていますか?夢だと思っていませんか?」
ここに突き落とした時と同じ、冷ややかな表情で睥睨する。温度のない瞳で見られると、足元がおぼつかないような感覚に陥る。
「まー年季の入ったお局女神は短気でいけないですねまったく。」
ハリが紺を庇うように前に出た。
「……存在としては果てしなく薄いあなたは作者がどうなろうとどうでもいいとでも?」
「なにもかもすっ飛ばしてこんなことする『ナナシ』よか上等な存在だと思いますがね。」
「!」
突如勃発した舌戦についていけず、忙しく目玉を動かすしかない紺を挟み火花を散らす両者。
ナナシとは何だろう。
そう呼ばれた瞬間、確かに女神から殺気を感じたが、ただちに鎮火させたように見えた。
「今の私ならこの『お話』を強制的に終わらせることも出来るんですよ。」
「ははっ。『ぶっ殺すぞ』ってか?女神様ともあろうものが穏やかじゃないね。そしたらアンタ、『ナナシ』のままだな。」
「もちろんそんなことはしません。今回は警告にきただけですから。」
「警告。」
「〆切は私が飽きるまでと申し上げたはず。進行がお粗末すぎます。そこのなんとかさんに能を与えるなりしてこの物語の進展を図って下さい。食べ物を与え合うなど蛇足も蛇足です。」
「なんとかさんときたか。嫉妬にかられて出てきたようにしか見えないがね……俺はこのままでもできることは沢山ありますよ?」
「言うだけならどんな木偶の坊でもできます。」
「いった……!」
目に見える火花が散り始め、ばちりと紺の肩口に当たった。物理的な痛みがとばっちり的に紺を襲った。
静電気の五倍くらい痛い。
はっと顔を上げる女神。
「兎も角。次の警告にはペナルティを課します。拒否権はありません。では。」
来た時と同じ唐突さで女神が掻き消えた。
唖然としてハリをみると、半眼になってフンと鼻で笑う。
「ふー。ちょっと煽りすぎちまいました。言うこと聞くのはシャクですが、さっさと食って終わらせましょ。」
何もなかったかのごとく煮込みを味わう作業に戻る。
そういえばさっき庇ってくれたときも、煮込みを手に持ったままだったような。
行動に伴わず、絵面は滑稽だったと気づく。
「えっ?うん」
「なんて顔してるんですか。」
「うん。いや。あのー。嫌いなの?女神のこと。」
「嫌いっつーかアン……マスターをここに叩き込んだのあいつでしょうが。」
「??」
「まあ敵、それもボスですよね。ラスボスってやつ?」
「敵……」
「まさかあの態度見て敵対してないとか思ってたんじゃないでしょうね。」
「いやうん……嫌われてるのはわかってたけどあえて突きつけられるとね?」
ダメ人間とて嫌われれば悲しくなったりはするのだ。
それに義理の子供同士が憎しみ合っているようでなんとも胃が痛かった。
ハリが舌打ちしそうな顔をしている。
「嫌われるとなんかまずいんですか。」
「え……傷つく……?」
思い切り鼻に皺を寄せたかと思うと、またしても煮込みを口に放り込まれた。
「さっさとたくさん食べて下さい。」
「た、たくさん」
「そ。脳みそも早いとこ成長させといてください。」
「脳みそも成長しないよ……」
冷めてしまった串焼きが哀しく、しかし美味しかった。