暗中模索
ハリの言葉に何度目かわからない絶望をしてから、やはりどうしよう、と回らない頭に手を添えた。
ざらつく艶のない髪の毛を感じる。
手首から先の、無くなってしまったように見える部分を見つめた。
ハリもつられて苦い顔をしながら見ている。
そのとき。
「「!」」
掲げた手のひらが、二人の目の前で音もなく指先から色を取り戻してゆく。
息を詰めて見守ること数瞬。
元どおりにあらわれた両手に同じく目を瞠っていたハリが呟く。
「……さっきのがマスターから興味を無くしてくれたか……意識を別にもってかれたかしたかな。」
は、ふぅぅと細く息を吐き、指を動かして確かめる。
感触は残っていたものの、見えないということがあんなに恐怖を感じるものだというのは知りたくもなかった。
「認識の問題です。道端の石ころを意識しないでしょう。」
なにか傷つく言い回しであったが恐らく正論なので口を噤んだ。
「第一、さっきのはどうやって喚んだんです。」
「はいっ?私?」
「アンタはそんなデタラメな力もってんですよ。作者なんですからね?」
「えぇ……」
「何しろアンタ……マスターがどうやって力を揮っているのかもわからない。自覚、あります?」
ふるふると左右に頭をふる。
溜息で応じるハリ。
「わかってることだけ整理しましょうや。これは推測なんですが、俺とあの青いのは『登場人物』に入らないんじゃないですかね。これだけ一緒にいたってなにもなかったんだ。」
俺はマスターを助ける為に生まれたようですしと嫌そうな顔のハリ。
「青いのはよくわかりませんが。」
「アレはなんていうか。うっかりだから。うっかり。」
ハリは苦虫顔。あるいは銀歯でうっかりアルミホイルを噛んだような表情である。
経験のある紺は思い出して頰に手を当てる。
渋い顔どうしをつき合わせた為につっこまれた。
「なんでそっちがそんな顔になるんですか。」
「アルミホイル思い出しちゃって……。」
「は?」
「や、気にしないで。」
兎に角ハリとあれは気にしないで良いとしても、先の美少年は自分が呼び寄せたらしい。
「キャラクター作ってないけど、喚んだって?あの人誰だろ?」
「マスター……」
ハリは苦虫を通り越して睨んでいる。
またしても失言沙汰をかましたらしい。怖い。
「何度だっていいますが、ここはアンタが書きかけたアンタが創った世界だ。あいつだって忘れてるだけで、知ってるはずですよ。」
明後日を見つつ、カワイソー生みの親に忘れられてるとか。と恨めしげに嘆く。
前科に覚えがありすぎて、どこの不倫相手の子供だか分からなくなった親の心持ち。
「ほんとすいません」
「謝罪はいいですから。とっとと思い出して下さい。」
そうですね。裏切り者の謝意ほど価値のないものもないですよね。急いで思い出します。
とはいうものの、恐らく忘れるくらいには昔に書いたものであるので難航しそうだ。
「んーなんか、ヒントないかなぁ……。」
榛色の瞳を思い出す。
口調は別段特徴もなし。優美に見えるくせ毛。
「そういやあいつ……」
「え?ヒント?」
「なるかどうかはわかりませんが、あいつマスターと会って喜んでなかったな、と。」
「それ今確認すること……?」
悪口の伝言みたいなことをしなくともいいじゃない……と落ち込む紺をよそにハリが続けた。
「基本的に作者に会えるとキャラクターてのは嬉しいもんなんです。女神も言動はさておいて、笑顔だったんじゃありませんか?」
「そういえば全力で笑顔だったな……。」
「どんな奴だろうと、面会なんか叶わないはずの生みの親と会えるんです。やっぱり嬉しいんじゃないですかね。」
どんな奴というのが良くない意味も含み、かつもしかしたら自分のことかもしれないということに引っかかるものはあったが、もう一つ。
「ハリも嬉しかった?」
「は?」
「その、初対面のとき、笑顔だったから。」
ハリは奇襲でも受けたかのような表情。
「いいい一応生みの親だし?だったらいいなーなんて……」
「……そうですねえ。嬉しかったんじゃないですか。」
「心にくるからスンッて無表情になるのやめて?わかってたから……。」
調子に乗ってごめんなさいと謝る紺に、あーはいはいとおざなりに返事をするハリ。
「まーつまり、やつは普通じゃないってことです。主役級の特徴かなと。」
「たしかに只のモブには付けない属性ぽいね。まるで記憶喪失でもなったような……記憶喪失?」
「どうしました?」
「思い出した……!ストーリーも!あの子の名前も!」
「上出来です。赤っ恥かいただけはある。」
「赤っ恥?」
「いいえ何でも。」
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あるところに一人の貴族がいた。
放蕩息子なれど家は裕福で、金に困ることはなかった。
ある日妻子ある悪友が不倫の自慢をした。
放蕩息子はこれをひどく羨み、翌日とんでもないことを言い出した。
いわく、不倫がしたいと。
したいもなにも放蕩息子には妻がなかった。
なので周囲は真に受けず、止めなかった。
しかし驚いた事に放蕩息子は即日妻を娶ってきた。
なんと不倫がしたいが為に娶った妻なのだという。
さらに放蕩息子は悪友に、子がある方が背徳感が増して不倫が刺激的になると吹き込まれ、翌年子供をもうけてしまった。
まず一つ目の悲劇は、妻がなにも知らされない市井出身の娘であったことだろう。
二つ目の悲劇は、残念なことに放蕩息子には有り余る魅力があった。つまり子供ができたと知ってすぐに計画を実行し、晴れて不倫に走ったのである。
三つ目の悲劇、それは出産の時に起こった。
嵐の夜に生まれたその子は息をしていなかった。
放蕩息子の妻は悲しみに沈んだが葬儀は正しく行われ、嬰児は丁重に埋葬された。放蕩息子はついに帰ってこなかった。
さらに悲劇は四つを数えてしまう。
墓を暴くものがあった。月のない夜のこと。
遺体を持ち去ったのは錬金術師であった。
目的は副葬品の金品、そして嬰児。
かたや研究費に、かたや実験の材料に成り果てた。
それは悲劇か、はたまた喜劇か。
フラスコが爆散し、錬金術師は致命傷を負う。
拡散する煙の中から錬金術師を見るものがあった。
美しい生き物と目があう。
恐らく己の命は幾ばくも持たないことを知っていたが、万感の思いを込めて口を動かした。
「…………でぃ……とぉ…………」
ありがとう、生まれてくれて。人生を賭けた実験の成功に、今際の際に綺麗なものをみせてくれたことに。
怪我のせいでうまく言葉を紡げない。
「それが、僕の名前?」
美しい生き物の体内には赤い粉末があり、知性があった。
しかしそれは誤解だった。
末期の言葉は名付けになった。
誤りを正すことのなくなった亡骸の服を拝借し、自らの存在理由を探しに世に迷い出た。
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「て言う導入です。」
「ふーん。」
「ふーん?!」
「他にどう言えと?」
「ええーっ……た、たしかにコレだけだと面白くも何ともないかもしれないけどさあ……もっとなんか感想みたいなのは……」
「……美少年が趣味なんで?」
「綺麗な子は男女問わず好きだけどぉ……もっと尖ってる魅力のあるほうが……いやいや私の好みはどうでも良いじゃない〜」
「……他にどう言えと?」
「もういいません……。」
なんかたまに冷たくなるんだよな、と脳内でだけ呟く。
「そうなるとあいつはこれからどこに行くかわからないんですね。」
「そうだね……一応大体の流れは思い付いてたんだけど、書く前に飽きちゃったから。」
「じゃあ何とかして追いつきましょう。」
「はい?」
「どこにいるかわからないんじゃ避けようもないでしょ。見つかったら今度こそ認識されちまうかもだ。なら先手打って相手から付かず離れずで場所知っといたほうがよっぽどいい。」
「えっえっえ」
「マスター。次の行動が決まりましたねぇ。早いとこ相手に見つかる前に見つけて下さい。」
「………………」
全能なる神様が、何でもかんでも人間の願いを叶えない理由を、今しみじみと実感しているかも。
そしてやはりこのサポートキャラクターは、味方じゃない気がしてきている。