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観念の観念

キャラクターは作者の夢を見るか






*************************************************************



人混みの中をためらいなく真っ直ぐ早足で歩く人間がいた。

行き交う人々もその男を避けようともしない。

実際ぶつかって透けている。苛立ちを隠さず黒髪を揺らすハリだった。


「まっっったく捕まらない……!」


あの、顔に間が抜けていますと大書したような人物がこれだけの期間、尻尾の先もださないなどと考えもしなかった。


厄介だったのは自身が食事を必要とする体だったことである。

良心は傷んだものの背に腹はかえられぬとこっそり色々なところから拝借し、腹を満たしているのが現状である。アホ主人が見つかったら払わせようと心に決めた。


実に数日、何の収穫の無いまま時間が過ぎてしまっている。


こうなると目視で確認できない方法で行動をしている可能性を考えなければならないのではないだろうか。


なにせここはファンタジーなので、人間に考えつくことはある程度実現可能の世界なのである。


幸い登場人物はまだ少ない。

当初の予定通りキャラクターたちの周りを張り込み続けるべきか。

窓の中を恨めしそうに見る。


そこにはディトォとマーシャ、その両親、そしてスマイトと三つ子鎧がいた。


あとはあの中に主人が紛れ込みでもしない限りは。


「…………まさかなぁ。」


壁をすり抜け、ふらりと三つ子鎧の前に出た。


「!」


その中で一人だけ不自然に顔の方向を逸らした鎧がいる。


「……………………」


「………………………………マスター?」


そんなはずはと思いつつ問いかけてみる。

ぴくりと動きを止める鎧。


「…………表出ましょうか。」


震えだす鎧。バイザーは降ろされたままだったがなんとなく顔色は青いだろうなと思う。


「今そのキャラいなくても進行に支障ないでしょう。早くしてくれます?」


この数日を思ってうっかり怒気が漏れてしまう。

形容し難くきゅっと縮こまった鎧。器用である。


しばらく震えていたが、観念したのかそっと外に向かう姿を見送ってから追従する。






「……で?俺を置き去りにした理由はいったいなんなんです?」


人気のない路地に入るなり口を開いた。

対して鎧は兜を脱ぐ。


出てきた顔は紺と似ても似つかぬ少年だったが、ハリは動揺することもなく答えを待った。


「別に一人の方が動きやすいかなって思っただけです。」


「(です?)そいつに成り代わって何がしたかったんです。」


「女神の制約が、どこまで作者の力で破れるか試したかったから。」


女神の制約とは登場人物に作者だとバレたら物語に取り込まれる、の下りだろう。


「試すならそんな綱渡りすることもなかったでしょうに。」


「サブキャラで名前も出ないしあんまり喋んないからいけるかなって……」


「でぇ?どこまで代償を払ったんです。」


ぎくりと身を固くする鎧。

先程からびくびくしすぎて、只でさえ小さい体が縮んでしまうのではないかと思う。

しばらく考えてから、傷でもかばうように腕の鎧を脱いでいった。


「おいマスター……!これは何の冗談だ。」


そこにあるはずの腕が、二の腕のなかばから消え去っている。

初遭遇で消失した時の比ではない。


「へへ……あと両足も消えちゃった。服着てればバレないんだけどね。」


どこか自暴自棄に言葉を放る紺。


「被害を受けることくらい予想できただろう。何でここまでした……!」


「前にさ、帰りたくないのかって聞いたよね。」


いつのまにか目の前に、驚くほど凪いだ目をした主人がいた。


「私の人生の『あらすじ』は知ってるんでしょ?ならわかるよね。家族も友達も現実に帰りを待っていてくれる人いないし、やりたいことも何にもない、し。」


何も言わないでいると、だからさと続ける紺。


「ここなら……ここなら大好きなファンタジーに浸かってられる。」


「なら『こちら』の住人にでもなるつもりですか。」


答えは返ってこない。


「じゃあ何の為に俺がいると思ってんだあんたは。」


「え……」


「俺は確かに現実の人間じゃない。でもあんたの味方なんだ。世界中が敵に回っても、あんた自身が自分を損なおうとしても、俺だけは死ぬまで味方だ。」


力強い瞳で紺と目線を合わせる。

呆然と目を見開いてこちらを見ていた。


「わからないか?あんたが俺を、そういう風に作ったんですマスター。」


たとえ世界が滅びても、死の側にあっても裏切らない。そう祈られて作り出された特別製。


「いいか、現実にどれだけ嫌気がさしてるかは知らないが、俺はあんたに求められて生まれた唯一のキャラクターだ。」


物語ではなく主人の、ただそれだけの。


「そんなやつが、あんたの幸せを想わないはずないだろう。」


「えっ?」


乱暴なことを言えば物語の帰結などどうでもよかった。

俺は主人を『幸せ』に導くべく創られたキャラクター。


「あんたがどんなダメ人間でも、作者あってのキャラクターなんだぞ。それに今のあんたはただ逃げてるだけで、ここにあんたの居場所はない。」


「あ……」


「本当はわかってんでしょう。何をヤケになってるのか知りませんが、マスターはこれからも無責任にキャラクター作ってればいいんですよ。俺が軌道修正します。」


その為だけに生まれた自分だった。この際の傲慢さは許されるべきだと考える。


紺はといえば、叱られた子供のように目を伏せている。


「……わかった。」


「それに未完結の作品、まだまだあるんでしょう?そっちも終わらせないと。」


「うっ……!」


がくりと膝をつく様子を見て、いつもの雰囲気に若干ほっとした。


「……いるんでしょ、イルカ。」


「キュキュキュ。カイルです。どうぞ入力してください。」


シュイーンと効果音をたて、空中に現れたイルカ。


「サブキャラクター、ミハイ・エミネスクの人格を生成して、今までの私の行動を自分のこととして記憶させて。」


「キャラクター属性は?」


「無口・存在感がない・三つ子鎧の一人で唯一の一般人」


「場所はどこに配置しますか?」


「後二人の鎧の側に、初めからいたように。」


あと私の姿も元どおりにしてと言うと、シュウと水蒸気のような音がしたと思えば見慣れた姿をした紺がいた。

真っ先に腕をとると、そこに確かにある肌に安心する。

足はスカートを覗くわけにいかないので本人に確認させた。大丈夫みたい、と返ってくる。


「……ん?唯一ってのは?」


「後の二人はもう一つの役割があるんだ。」


なんとなく聞かれたくないのか、ハリの耳元に顔を寄せ、小声でもしょもしょ喋る紺。


「はーん……どこでバラすんです?」


「どこにしよう」


「はいはい。一緒に考えればいいですよ。」


「やだーなんか今日ハリさんが優しい〜……」


「目の前で自殺未遂されてみなさい。優しくもなるってもんです。」


「じ、自殺って……ご、ごめんね?」


「いいですけど二度とやんないでくださいよ。」


「ハイ。」


お互いの間に流れる雰囲気が、なにかくすぐったいような浮ついたものになっていることをあえて無視する。


「……いやーしかしこんなに熱い感じに設定したっけなー?キャラが一人歩きするってこんな感じなのかなー?……」


ぶつぶつと呟く内容も聞こえないふりをした。

そういえばと目的とともに怒りを思い出す。


「まずやることは無銭飲食しちまった店に支払いに行くんで金くださいよ。」


「えっ?そんなことしてたの?」


「誰のせいでしょうかね?」


「ああ!久々に痛いいいああああ」


リズミカルに石突きで叩けば、悲鳴とともに逃げる頭を追いかける。


ともかく阿呆な主人は戻ったのだ。

語ってしまった恥ずべきことの一切は、気の済むまで石突きに託そうと思った。








やっとハリさんのターン

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