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颯爽フラグメント回収





「お前はもう一度生まれ直すんだ。私が望んでいる。さあ早くおいで……」




穴の空いた部屋で目が覚めた。

何だったのだろう。どこかから誰かの声がした。


もしかして、今のは夢だろうか。

寝ている時に音や映像を幻視するという夢。

起きてもなお、余韻が頭の中にこだましている。


あれはきっと、自分を生み出した錬金術師ではないだろうか。

生まれた時から備わっている知識は、体内にある赤く重い粉末ではなく、彼が仕込んだもののような気がする。


お陰で知識に偏りがあるものの、聞けば答えてくれる存在があるので困らずに行動ができていた。


「もう一度……?」


思いを巡らせていると、昨日の朝と同じくマーシャがやってきたので支度をした。

食堂にはシドンとメディアがいて、一緒に食べながら談笑をする。

違ったのは食べている途中に、お早うございますと戸口から声が掛かったことだった。


「はぁい!うふ、スマイトさんかと思った!アマナールさんね。」


応対したメディアによると、近所の串焼き屋だと言う。しばらく話し込み、帰っていった。

なんのご用事だったのとマーシャが聞くと、少し眉をしかめる。


「それがね、またイタズラがあったみたいなの。」


「えっ、また?」


「それはまだいい方で……例の誘拐、続いちゃっているみたい。三人目だって。」


「よくはないわ。骨折だって悪くすれば死んでしまっていたかもしれないのよ?」


「はいはい。マーシャがお父さん大好きなのは知ってます。それよりもね?誘拐されたの、また若い子らしいの。わかってると思うけど気をつけてね。ディトォ、あなたも。」


明るく笑っていた顔を翳らせ、心配そうにこちらを見た。


「?」


「ああ、知らないの……最近ね、この街でイタズラと誘拐が続いてしまってるの。シドンもイタズラの被害にあって、両足を折ってしまって……どちらも『ハイドゥク』っていう人達が関わっているらしくてね。」


「……スマイトがいっていたね。」


「そう。普段はこんなことなかったんだけど、領主様が変わってからかしら。なんか物騒なのよね!」


「こら、不確かなことをいうんじゃない。」


メディアは肩をすくめて、早々に食べ終わった自分の皿を片付けにいった。


「母さんもいったが、気をつけるんだよ。」


ため息をつきつつしかしなあ、と髭をさすりながらシドンが呟くようにいう。


「どうもうちのイタズラは、人に怪我をさせる様なものではなかったようなんだ。」


聞くところによると、仕入れに使っている荷車から荷を下ろそうと荷台に乗ったらしい。

すると車輪が片方はずれ、荷台が大きくかしいだ。


最近腰を痛めていたシドンは踏ん張ることができず、背後にあった側溝に足を突っ込んでしまい、倒れて足の骨を折ってしまった。

のちに調べると、車輪の留め釘が全て外されていたと言う。


「おそらく私が荷台にのらなければ、商品がダメになったくらいの被害で済んだんだろう。」


「損害はあるけれど、人に危害を与えない罠、ということ?」


「ああ。うちのがハイドゥクのやったことだとしたら、奴ら何をやりたいんだろうな?かたや誘拐、かたやイタズラだ。」


「本当に同一の人間たちがやった事なのかな?」


犯行に一貫性がない。

噂されているのは関連性だけという。


一般人の常識というものは理解していないディトォだが、違和感を感じた。

一貫性がないのではなく、そもそも別口の犯行だとしたら。


「やめてよ〜怖い人が増えちゃうでしょ!」


戻ってきたメディアがディトォの両頬を手で包んで揉んだ。

特に抵抗をすることも必要を感じないのでしない。


「そういえばね、牛の煮込み屋さんで変なことがあったんですって。」


ふにふにと頬を弄りながら喋る。

されるがままのディトォは無表情。吹き出すマーシャが聞く。


「ふっふ……やめてよお母さん。変なことって?」


「できた煮込みを鍋ごと台の上に置いたらね、『すまん、あとで払うから』って聞こえた気がして、次に見たら中身が減って、器の葉もなくなっていたんですって」


「普通に食い逃げなんじゃ……」


「作ってたのは鍵を掛けた厨房だそうよ?」


「ふうん……幽霊かしら?事件かしら?」


ほんの少し気分を浮かせながらマーシャが答えた。

幽霊とは、死んだ人間のこと。

死んだ人間が現れることの何が面白いか、ディトォにはわからない。小首を傾げる。


「死人が好きなの?」


「ええ?怖い話は好きだけど死人は……」


「ふっふぷぷっ、死人!」


「お母さん!」


マーシャがふくれ、メディアが笑う。和やかな雰囲気が流れる。

シドンも怪我が治ったこともあって柔らかな表情をしていた。


「もういいわ!水を汲んで来ます。」


「攫われないようにね〜あ、ディトォも手伝ってあげて。」


「わかった。」


食事も終わっていたのでマーシャを追った。

持たされた盥をもって、宿の裏手にある井戸まで歩く。

つるべの使い方を教えてもらいながら水を汲んだ。


「そうそう、上手よ。このくらいでいいわ。」


「もう少しやっていたかった。」


「こんなことが楽しいの?……毎朝できるわよ?」


マーシャが飽き飽きといった表情で 不思議がる。

楽しい。意味はわかる。

良い気持ちの分類の感情という認識。なるほどこれがと思って頷いた。


心臓の辺りが浮つくのを覚えていると、ざん、ざざ、と井戸の後ろの植え込みが揺れた。

ディトォの視線を追って、マーシャが首を傾げる。


「どうしたのディト……」


次の瞬間視界が闇に包まれ、マーシャの悲鳴が聞こえた。

腿に何か当たったと思ったらぐわりと足が浮き、全身が持ち上げられる。

何かを被されて担がれたようだ。ガサガサする手触りに皮膚が切れそうだと冷静に思う。


「何ですか?誰ですか?!」


何も見えはしないが、どうやらマーシャも同じ状況にあるらしい。


先程話していた『ハイドゥク』と言う者たちだろうか。

だとしたら今まさに自分達は攫われている最中である。

抱え直されて運ばれていた。対策をしなければ、マーシャ共々連れ去られるだろう。

手を内側から被されたものに当てる。


「……?!な、なんだ?」


袋がほどけて視界が晴れた。男の驚いた声が聞こえる。

被されたのは麻袋だったようだ。するすると原料である青々とした麻に戻って行く。

力を使い、麻袋の時間を巻き戻した。


そのまま担いだ男の背中にも手を当てた。

うろたえた声を置き去りに、男はみるみるうちに縮んで五歳児ほどの見た目になってしまった。

ディトォは潰してしまわないように地面に降り立つ。

でん、と尻餅をつきキョトンとする五歳児。麻だらけ。


マーシャを見ると、担いだままのもう一人の男が目を見開き、ディトォと五歳児を交互に見ていた。


「マーシャを返して?」


「う、わあっ!触るな!」


一歩踏み込むとびくっと後ずさりをした。

肩には麻袋から突き出た白い足がバタバタと暴れているのが見える。


もう一歩踏み込めば、逃げの体勢に入る誘拐犯。


牽制のためか、マーシャ入りの袋をこちらに放ってきたのでとっさに受け止める。

しかし力及ばず、下敷きになっただけだった。悲鳴が重なる。


「待て!」


誰かの声がして、二人はなんとか起き上がった。

潰れている内に誘拐犯は五歳児ごと逃走に成功したようで、跡形もなかった。


声のあるじを探すと、焦った様子で三つ子鎧の一人が走り寄ってきていた。


「大丈夫でしたか?」


「僕は平気。」


「私、も。」


麻袋を脱ぐマーシャ。怪我は一見してなさそうである。

髪が多少乱れる程度か。

ほっと頷く鎧は後方に振り返り、手を振った。


「ご無事なようで〜す」


どどどと地響きのような靴音をあげて迫る人影がある。スマイトと三つ子鎧の二人だった。


「ご無事で何よりです!ですが面目無い!取り逃がしました……!」


「残念ですね隊長!ディトォさんは無事なようです!」


「そこは犯人を取り押さえられなかったことを謝らんか!!そのようなことは思っておらん!!」


真っ赤になって反論するスマイト。

バイザーごとつかんで揺すられ、俺を捕まえちゃうんですかー!と懲りずに叫んでいた。


「駆けつけてくださって感謝しますわ。ディトォが助けてくれたんです。」


「不審者が不審者をですか……よもや貴様、奴らの仲間でははなかろうな?」


「僕も攫われそうになったよ。」


「わざとかもしれぬだろうが!大体どうやって撃退したというのだ!」


マーシャが被されていた麻袋に触れて、力を使って見せる。

しゅるしゅると瞬く間に、緑色をした手のひらのような形の葉が茂った。


「な……き、貴様は錬金術師か何かか?」


「魔法みたいですよね。この力でお父さんの足も治してくれたんですよ?」


「すごいですー!錬金術師なんて詐欺師だと思ってました!あいつらただの石を金に変えるとか言うけど、本当なのかな?」


「魔法使いはいなそうだけど、錬金術師は偽物合わせていそうですよね〜」


錬金術師と言われて今日見た夢を思い出す。

そしてフラスコから出て名付けられた瞬間を。


「僕自身は錬金術師じゃないけど、僕を生んだのは錬金術師だよ。」


「何ぃ?どういうことだそれは。母親が錬金術師だったのか?」


「アタノールを母体に、水晶フラスコから生まれたんだ。」


「???専門用語かしら?」


「貴様適当なことを言って煙にまこうとしとらんか?」


ハゲ頭に青筋が盛り上がる。

どうやら適切な答えではなかったようだ。


「母親がどんな人間だったかなど知らぬわけはないであろうが!」


母親。

実験の産物である自分にそんなものはいなかったように思う。


「僕に母はいないよ。」


途端に、周囲の空気が重くなったような気がした。

マーシャはそうなの……と言って黙ってしまうし、スマイトは青筋を引っ込め、三つ子鎧はそれぞれの反応をした。


「母親がいないだなんてー!悲しすぎますよー!」


「そこはそれとなく流すところでしょ〜」


「……」


「むう……と、とりあえず事情を聴取させていただきたいのだが、よろしいかなマーシャ殿。」


「あら、その前に言うことがあるのではありませんか?スマイト様」


「ぬ……………………………言いにくいことを聞いたな。すまん。」


大分間があって明後日の方向を見ながら言った。


「母親がいないといけないの?」


「いけなくなんかないわ、気にしないでいいのよ。」


空気は重くなったままだが事態の説明が行われ、スマイトも忙しいのか必ずやひっ捕らえて参ります!と残して足早に去っていった。


「ねえマーシャ。人って二回も生まれるもの?」


「そうね……生まれ変わったつもりで第二の人生を歩む人はいるけれど、普通の出産なら一回ね。」


赤く重い粉末からも同じような答えが返ってくる。


「僕は人間ではないのかも。」


「そんな不安そうな顔しないで。私が見ているあなたはすごい力を持った人間に見えるわ。悪魔や悪霊には見えないけれど。」


不安。気がかりで落ち着かないこと。

自分はそんな表情をしていたらしい。

良くない精神状態。


「不安になったら何をすればいい?」


「そうね……私ならいい香りのする花の匂いを嗅いで癒されるかしら。」


「香り。」


「そう香……やだまたっちょっ……ディトォったら!」


首筋に鼻を寄せてマーシャの香りを吸い込む。


「本当だ。少し気にならなくなった。」


「っ……ダメだっていったでしょう?」


「嫌?」


「い、嫌とかじゃなくて」


「嫌じゃないのね!」


「お父さんは複雑だ……」


「恥ずかしいのよ!というかいたの二人とも!」


マーシャが両親に食ってかかっていく。

またしても置いてけぼりにされてしまったので、周りを見渡していると、ここのところいつも感じていた気配がないことに気づいた。



「……あれは、誰?」



赤く重い粉末は答えなかった。







大分あきましたすいません。

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