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第三話   『二次元の嫁は現実では女神』


ショッピングモールの中は平日だというのに非常に賑わっていた。最近デビューしたインターネット上で音楽活動を行っていたアーティストがこのショッピングモールでイベントを行っているのが今日らしく、賑わいはそのせいなのだろう。俺はそこかしこに立てられている立て看板を眺めては、目当てであるファンシーグッズのショップを探した。

千沙の要望では、確か、クマだったはずだ。ベビーイエローで毛がふさふさしている、目のくりっとした手乗りのキーホルダー。クラスメイトの女の子が最近そのシリーズのクマをやたらと持ち始めたそうで、千沙はそれが羨ましいのだという。まだ誰も持っていない色がベビーイエローだけで、とある友人に「黄色は千沙ちゃんだね」と言われたんだそうだ。


「なんで、揃いも揃って同じもんを欲しがるんだか」


目当てのショップはすぐに見つかったが、俺はそこへ入ると思わず顔をしかめた。

ショップの中にいるのは、10代の女の子ばかりだった。小学生から高校生くらいまで、ほとんどが学生だったが、中には仕事帰りらしいOLのお姉さんまでざっと2・30人が狭い店内の中にひしめき合っていた。俺の目にはその光景が、化け物の群れに映る。

理解のできないものを、理解のできない表情で、時に奇声をあげて、ぎらぎらした目で物色する姿は、俺の目には到底キャッキャうふふの幸せな光景には見えなかった。

早々に引き返したい衝動を必死に堪えて、とりあえず目当てのものを見つけたので、カートへ手を伸ばし、ベビーイエローのそのモコモコしたものに手を伸ばす。が、手に触れたのはふわふわの毛の感触ではなく、人肌の感触だった。

あ、と声が揃った。顔を上げると、真向かいのすぐ近くに女の子の顔があった。すぐに、すみませんと言って離れようとしたが、俺はその前に女の子の顔を反射的にもう一度見ていた。――あれ、どっかで見たような……と、不意に感じたその感覚を確かめるだけつもりで見たその顔に、俺は硬直した。


「あ、の」女の子は手を引っ込めると、呆けたように自分を見つめている俺を不思議そうな顔で見つめ返した。「すみません、どうぞ?」


記憶がテープのように頭の中で巻き戻る。今日まで何回、何十回と見てきた顔。画面の中で、美しく舞う銀髪の、碧眼の、少女。


「……エヴィ」


彼女は俺の、ゲームのアバターにそっくりだった。


「え?」彼女は首を傾げる。俺は咄嗟に呟いたその名前に、我に返って赤面する。


「いや、あの、」としどろもどろにいい訳を考え、出てきたのは「なんでもないです。」


女の子はよくわからないなりに、気持ちよい愛想笑いで再び「どうぞ」とキーホルダーを勧めてくれた。


俺は「どうも」と返事を返し、そのキーホルダーを持って逃げるようにレジに並んだ。


心臓が、バクバクいっている。喉が熱い。――死ね、俺ッ!!

何が、エヴィ……だ。


ロックオン・トランスフォームにおいて、現在俺が使用しているアバターの名前。

全てのパーツを独自の組み合わせで完成させた、唯一無二の俺のアバター。

バーチャルの世界の、二次元の住人。

この世界に、いるわけがないのだ。


「どんだけ、完成度高いんだよ。」


しかし、彼女はどこからどう見ても、エヴィだった。

違うのは服装がどこかの高校の制服らしいことだ。エヴィのように、奇抜なへそ出しコスチュームを身に付けていたりはしない。素朴なデザインの紺色ブレザーに、薄いブルーのワイシャツ、ネクタイは暗めの赤と薄いグレーのハーリキン・チェック、ダークグレーのスカートは太ももの中腹ほどの長さでかなり短い。そして、――

――……ニーソックスだった。まじやばい、なにアレ、なんであんなに太もも細いの、今どきの女子高生ってあんななのか?いや、俺の周りにあんな女子は……いや待て、樂城は意外と足細い……のか?いやいや、そんなことより、やべえ、絶対領域生で見ちゃった。初、人生初、初絶対領域――ってかあの一瞬でどこに釘付けになってんの俺――ッ?!

正直に弁明すると、実際に釘付けになっていたのは彼女の顔であって、絶対に神に誓って、絶対領域なんかじゃない。


「あのぅ……」


――ッ!


背後から声をかけられ、俺は驚いて飛び上がった。実際に飛び上がったかどうかはともかく、飛び上がるくらい驚いたのは事実だ。恐る恐る振り返ると、そこにいたのはさっきの彼女だった。ニーソックスに、制服を着た、エヴィにそっくりな、エヴィではない誰か。


「そのキーホルダー……」彼女は俺の手に握られて潰れかかっている小さな毛の塊のようなぬいぐるみを指差した。「今店員さんに聞いたら、まだ在庫があるみたいなんだけど。」


俺は手の中のぬいぐるみを見て「え、はぁ」と、間抜けな返事をしながら再び彼女を見た。


「そのキーホルダーって、くまの顔がちょっとずつ違うでしょ。」

「え…?――あ、そうな、んですか?」


「あれ、知らなかった?」彼女がきょとんとした顔になる、がすぐに微笑んで「うん、全部で四種類。」と答えてくれた。


千沙からは、そういう話は聞いていなかった。俺は再び手の中のぬいぐるみを見る。

ベビーイエローのくまが、口だけで笑っている。


「もし、他の種類がいいんだったら、言えば出してくれるみたいだよ。」


彼女はそう言うと、背中に組んでいた手をさっと前に突き出した。両手には二つずつベビーイエローのくまのキーホルダーが握られていた。ウインクしている顔、両目を閉じて笑っている顔、口を開けて驚いている顔、俺が持っているのと同じ口だけで笑っている顔。

そういわれると、なんだか自分の持っているものよりも他のぬいぐるみの顔の方がいいような気がしてくる。


「ちなみに、一番人気はこの眠ってる子だよ。」


彼女はそう言って、目を閉じて笑っているくまのぬいぐるみだけを右手に持ち変えた。


「そ、そうなんだ。」


俺は「じゃあ」と言ってから、「それ出してもらうわ。」彼女の持っていた、眠っているくまのキーホルダーを指差した。「どうも。」と付け加える。


彼女はにっこり笑って頷くと、「待ってて」とだけ言ってレジの方へ走っていってしまった。「え」と、俺は慌てて引きとめようとしたが、彼女はその前にレジにたどり着いていた。


随分、親切な人だな。見ず知らずの俺なんかに、わざわざ取りに行ってまでくれるのか。

別にこの店の店員ってわけでもないだろうに。そういえば、あの容姿ってエヴィの他にもどっかで…………銀髪で、碧眼で美人の――


店員に話を付けてくれているらしい彼女の後姿を見ながら、不意に今日の放課後の芳賀との会話の内容を思い出す。


――芳賀が確か、転校生の容姿についてそんなことを言っていた気がする。職員室中の教員が振り返るほどの美人だと。じゃあ、まさか――


「お待たせ!」


彼女がベビーイエローのくまのキーホルダーでいっぱいにした両手を振りながら、レジから駆け戻ってきた。


俺は、「どうぞ」と満面の笑みで両手いっぱいのキーホルダーを見せる彼女に、かなりの申し訳なさを感じながら「あ、どうも。すいません。」その中の一つを受け取った。


「そんなに急がせて、というかわざわざ取りに行ってもらって、助かったよ。」


「いいの」彼女はにっこり笑う。「男の子が一人でこういうお店来るのって、きっと気まずかったりするんでしょ。」


「まあ、確かに、それはあったんだけど。」

「店員さんに言うのってさらに気まずいだろうし、助け合いの精神ってことで。」

「ああ、すごくありがたいよ。」


清々しい笑顔で気持ちよく引き受けてくれた彼女に、心の中で手を合わせて感謝した。

菩薩みたいな奴がいるもんだな、世の中のどっかには。


「そのキーホルダー、もしかして彼女へプレゼント?」


彼女は、今度は口元を緩めてにやけ顔になる。


「いや……生憎だけど、これは妹に頼まれたんだ。」


ただのパシリだ、パシリ。


「そうなの?あんまり必死に確保しようとしてたから、てっきり好きな女の子へのプレゼントかと思った。」


「ああ……」俺は苦笑する。「忘れると、アイツは根に持つんだ。」


「良いお兄さんなのね。」彼女は優しく微笑んだ。


「じゃあ、俺はこれで。ありがとな……えっと、名前……――」

「海老根しもつけ、です。」


しもつけ……けったいな名前だな。


「そうか、助かったよ海老根さん。俺は、仇虫惨っていうんだ。」


俺はキーホルダーを見せて、「これどうも。それじゃ。」改めて礼を言って別れた。


彼女はニコニコ笑いながら、俺に手を振った。

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