さん もふっ
ポチリと拍手等、ありがとうございます。
あたし、疲れてるのかなぁ……。
目に映る光景にそう考えるけど、あたしの隣に居る風柚まで同じ方向を見て固まっているから疲れている訳じゃないのは否応なしに理解した。
理解はしたんだけど……。
羽琉と那斗を見る。
うん、間違いなく可愛らしい狐耳。ピコピコと動いてますよ。
で、尻尾……本来ならフリフリ自己主張するふわもこが――。
な い !!
何でよ! それがないとか普通の狐じゃないでしょ!!!
って、現実逃避していても仕方ない。覚悟を決めよう。
「ねえ、羽琉……」
「何だ?」
だるそうに振り返る羽琉。まあ、あれだけ調伏した後に封じだもん疲れるよね。
切れ長の黒い目をあたしを見、薄茶色が風に揺れる。
「……それ」
あたしは人差し指を頭の上に向ける。そう――羽琉の頭上に。
「それ?」
不思議そうに羽琉は首を傾げ、手を頭の上に持っていって。
「!!?」
しまった。
そんな顔をした羽琉が思わずといった感じで一歩下がり、でも疲れから足元が覚束なかったのかコケちゃって。
その瞬間、それまで普通に人間だった羽琉が……薄茶色の毛皮を持つ狐に変じた。
……やっぱり、尻尾、ない……。
『空狐っ!?』
『空狐じゃとっ!?』
那斗と風柚が驚きで叫びを上げるけど、あたしはそれどころじゃない。
羽琉をまじまじと見詰めた後、思わず、拳で地面を殴り付けた。
「なっんっでっ! 尻尾がないのよっ!! もふもふがないなんて邪道だぁーーーー!!!」
「そこかっ!? ツッコミを入れるべき所はそこなのかっ!?」
『あき……』
『主……』
心の叫びに羽琉が「おいっ!」と返し、那斗と風柚が呆れているけど、あたしにとってそれは大事。
「尻尾がないなんて、もふもふ狐の魅力半減――ううん。台無しでしょっ!」
「『『…………』』」
悔し涙が浮かぶあたしに全員が唖然としている。
でもでもでも! もふもふスキーならあたしの気持ちが分かる筈。同好の士求む!
じゃなくて。また現実逃避しちゃったよ。ダメじゃん!
あたしは羽琉をマジマジと見る。
全身が薄茶色で、瞳が黒。完全に羽琉の色彩そのもの。そう。羽琉ってば薄茶の髪に黒い瞳という、他のお貴族様とは少々違う色合いだったんだよね。
羽琉の実家である安倍家は、どうも人外に惚れられやすい人が多いようで、ご先祖様方の中には人外と夫婦になって子を成した~という話はかなりあるらしい。みんな、人に好意的な種族(?)ばかりだったらしく問題はないとの事。
いやいや。仮にも主上の覚えもめでたく、陰陽家として最も権威を持つ安倍家に対して文句言える様な剛毅な家はないと思うよ。
まあ、そんな訳で。
羽琉が妖狐系の血を引いていても、何か安倍家である以上「それがどうした?」とか思えて、驚くという事はないんだけど……。
以前、羽琉に連れられて行った安倍本家で会った羽琉の母君を思い出す。
射干玉色の髪に切れ長の黒い瞳を持つかなりの美人。ただ、安倍家の方にしては力が弱いらしく、家を守る事しか出来ないのとか笑ってた。
……それでも、その他大勢な陰陽師達より力が上だと感じたのは気の所為デスカ??
まあ、その美人な母君なのですが、実は、羽琉とまったく! 似ていない。共通点は黒い瞳のみ。
父君似なのかな~と思っていたけど、羽琉が(多分)空狐なら、ゆうに三千歳は超えているという訳で。
「……羽琉ってば三千歳超え? 年齢詐称?」
「もふもふから離れたと思ったらそれか……」
尻尾のない狐ががっくり項垂れる。
哀愁漂うその格好のまま羽琉は口を開いた。
「私は間違いなく十八だ。空狐である父の影響で、変化するとこの姿になる」
「へー……人化出来る空狐なんだ」
感心して頷くと、何故か那斗と風柚がキョトンとしてあたしを見てきた。
『何言ってるんだ、あき』
『妾も那斗様も人化出来るぞよ』
「は?」
え? 那斗や風柚も人化出来るの?
『ある程度、神通力を使える様になれば人化は容易い』
『主。見るが良い』
風柚があたしに呼び掛け、ちょこんと座り直す。
見ていると、白い光が風柚の体を包み込み、そのシルエットが少しずつ大きくなり――。
『これが妾の人化した姿じゃ』
……、……、……、……、……え?
思わず目をゴシゴシと擦る。
でも、あたしの目の前に居る姿は変わらず……。
あー……。
……ああいう話し方してるから、風柚の毛並みや目の色と同じ、白か白銀あたりの髪に青い目の妖艶な美女が出てくる……と思うよね? うん。あたしもそう思ってたんだ。
でも……。
あたしの目の前には、白銀の髪に青い目……うん、風柚の特徴そのままな、清楚、可愛い系の少女――と言ってもあたしと同じくらい? ――が居た。
ふわふわな白銀の髪はくるっとカールし、ぱっちりした青い目に、白い上品な感じではあるけど裾の短い単をきっちり着込んでいる。頭の上には白いケモ耳。着物の裾からは白い尻尾がフリフリふわふわ。
うん。間違いなく可愛い。可愛いんだけど……。
チラッと那斗を見ると、それが当然的な態度で羽琉の隣に居て。
羽琉も特に驚いていない事から、風柚のこの姿は狐的には普通? ……普通なんだろうね。
何だろう。このギャップと、置いて行かれた感は……。
『あき。我も人化出来る』
そう言うと、今度は那斗の周りを白い光が包み込み、シルエットが大きくなり……。
『ほら、な?』
「…………」
天狐姿の那斗は、真っ黒な毛に金色の瞳。話し方も風柚ほどの特徴はない。
だからイメージとしては、黒髪に金の瞳な、まあイケメン、といったところかなぁ。
で、あたしの目の前で笑っている那斗は……うん、ふつー。
いや、風柚のギャップ凄かったから、那斗はどうなるんだろうと内心ドキドキものだったんだけど。
何と言うか……普通にイメージ通りでした。ギャップも何もなし。普通のイケメンが単に身を包み立っている。
まあ、頭に黒い狐のケモ耳と袴から覗く尻尾はグッジョブと思わずにはいられない。
……あれ? 男――と言うかオス? ――に意外性がないってダメじゃん! キャラ弱っ!!
って、このツッコミを入れると確実に那斗が凹むから。うん。沈黙は金也。
何も言わず那斗と風柚を見ていたあたしが不自然だったのか、空狐姿の羽琉がトコトコとあたしに近付き顔を覗き込んでくる。
その黒い瞳と視線がぶつかった途端。
羽琉が深々と溜め息を落とした。
「あき。お前、分かりやすいぞ」
呆れた様に見られる。
む……これはかなり正確にあたしの気持ちが読み取られたっぽい。
なんか悔しかったので、羽琉の毛皮に手を伸ばし、もふっとしたんだけど……。
……あ、れ~?
何かこれ……今までに触った事ない感じなんだけど?
何て言えば良いのか……風柚のふわふわもこもことは全く違う。かといって、那斗のツヤサラ系かといえばこれも違う。
ふんわりしているのにサラサラ? いや、スベスベ?
とにかく、すっごく気持ちいい。これに埋もれて眠れたら良い夢見そうなくらい手に馴染む。
ふわっとしてるのにツルスベ。ナニコレ卑怯だ。
一心不乱になでなでしていたら、両肩にポンと手が置かれた。
視線を上げると、なんとも言えない微妙な顔をした那斗と風柚があたしを見ていた。
『あき。そのくらいにしておけ』
『うむ。慣れておらぬ羽琉が凍っておる』
言われて手元の羽琉を見る。
うん。風柚の表現が正しいと思えるくらい、ピキンという擬音が似合う格好で固まっていた。
お座りしているのに前脚を突っ張る感じで伸ばし、耳はピンと立っている。疲れないの?
「羽琉?」
暫く待ってみても氷解しないから、待たせ賃代わりにモフる。
うん。癖になる。
「おーい、羽~琉~」
モフりながら呼び掛けるけど微動だにしない。息してる?
「羽琉~?」
体は温かい。うん、生きてる。
「羽琉ってば!」
なでなでもふもふもみもみ。反応なし。
「羽琉っ!」
とうとう、那斗や風柚にやるみたいに抱き付いてみた。
「うっ、うわっ!!?」
あ、漸く反応あった。
抱き付いた途端、叫び声を上げながら暴れ、あたしから距離を取る。何気に失礼じゃない?
「なっなっなっ」
何事かを言おうとしているけど要領を得ない。
あたしは那斗と風柚を見る。
二人――二匹? ――は苦笑すると羽琉に近付き……。
ぐぁしっと遠慮も何もなく鷲掴みにすると、あたしの前に羽琉を連れてきた。
うん。流石はあたしの那斗と風柚。分かってらっしゃる。
「何をするっ!」
わめいている羽琉をまるっと無視し、あたしはその体を逃がさんとばかりにしっかりと抱き締める。
やはし気持ちいい。
「あ、亜葵っ!」
すりすりもふもふしていると羽琉が絶叫?
気にしちゃいけない。
「亜葵っ!」
再び呼ばれた。
あれ? でも何か、違う?
不思議に思って羽琉の毛皮から顔を上げると、どこかホッとしたような残念な様な複雑怪奇な顔をした狐があたしを真っ直ぐに見て。
「今回の調伏でお前の力は十分に示された。お前を一人前の陰陽師と認め、『亜葵』という字を授ける。今後は私のパートナーとして、共に行動する事になる」
「……は?」
ポカンとするしかないあたしに羽琉はごちゃごちゃと何か言ってくる。
要するに?
一人前の陰陽師と認められると、暫定的とはいえ貴族の仲間入り――準貴族とかいうらしい――になる為、平民とは少しばかり区別する必要がある事から名前に漢字が充てられ。
で、陰陽師修行の師弟関係は、実はパートナー候補で。実力の近い者と組ませて相性を見、問題ない場合は修行終了と同時にパートナーとして調伏等に赴く事になる……らしい。
空狐を父に持つ羽琉は普通の陰陽師より力が強すぎ、これまではパートナーとなれるような者は居なかったのだか、二匹同時召喚なんて言う前代未聞な事をやらかしたあたしは『普通じゃない』為、自動的に羽琉のパートナーに決められた、と。
あれ? 候補じゃなかったの?
え? 離れ業やらかした時点で諦めろ?
という事は、うん?
「……結局、これからも羽琉と一緒に行動って事?」
「まあ、そうなるな」
羽琉狐が気まずそうに重々しく頷く。
どうも、あたしの知らぬ間に決定事項とされていたのが羽琉としては申し訳ない気分になるらしい。
あたしとしては、確かにあたしの意志を無視するんじゃないとは思うけど、まあ、羽琉なら良いかな? とも思う。
だって今更、全く知らない人を付けられてもアレだしねぇ?
し・か・も!
「ねえ、羽琉」
「……何だ」
恐る恐るといった感じであたしを見る羽琉。
ここで拒絶されたらどうしよう――みたいに瞳が揺れてる。なにこれ。ちょっと可愛いし、心がこう擽られるんだけど。
い、いかんいかん。
あたしはコホンと咳払いし、にっこりと羽琉に笑い掛けた。
「もふもふで手を打とう!」
「は?」
『あき?』
『主?』
羽琉、那斗、風柚が揃って首を傾げる。
「だ・か・らっ! 羽琉をもふもふする権利をあたしに頂戴! そうしたら、黙って決めちゃった事も許すよ!」
「……は?」
ポカンとする羽琉に構わず、あたしはその毛皮に顔を埋め。
「うふふふふふ。タイプの違う三つのもふもふを堪能できるなんて最高っ!」
羽琉を撫でまわすうちに、漸く、思考が追い付いてきたのか。
「亜葵!? お前、それ、決めつけっ!?」
「言ったもん勝ち~!」
もふもふすりすりしていると、強張っていた羽琉の体から力が抜け。
「……勝手にしろ」
「ありがとー!!」
ふっふっふ。新たなもふもふゲット!
一人喜ぶあたしの後ろ。
いつの間にか狐姿に戻った那斗と風柚が、あたしと羽琉の遣り取りを眺めながら。
『ライバルが増えた……』
『頑張って下され。妾としては面白くて良いが』
『風柚……』
『ほほほ』
項垂れる那斗と諦めた目をしてあたしに抱き付かれていた羽琉を、風柚が楽しそうに、どこか意地悪そうに見ていた事に、あたしが気付く事はなかった。
あき(以下、あ):はい、これにて終了~! これで漸く、タイトルの『もふ契約』の意味が解る……と思う。
羽琉(以下、羽):だが、随分と中途半端な気がするが……。
あ:え? そう?
那斗(以下、那):オチとかいうものがない気がする。
風柚(以下、風):そうかえ? 十分な気がするがの~。
あ:だよね~?
風:ほほほ。主は全く気付いておらぬから、これが最良の終わりじゃ。
あ:は?
風:ほらの?
羽&那:は~……。
あ:???
あ:それよりも、どうせだから狐講座いこう!
羽:狐講座?
あ:そう! 別名『もふ狐講座』! この話に出てきた狐とか、それに関係しそうな狐の説明! ほらほら。みんな宜しく!
那:仕方ない……簡単に説明するか。
風:そうさな……では、基本からいくとするかの。
まずは善狐。読んで字の如く、善良とされる狐の総称じゃの。
那:野狐というのもあり、これも読んで字の如く、野良の狐だ。ただし、こちらには悪狐、悪さをする狐が含まれる。
羽:では次は、白狐にいくか。読み方は『びゃっこ』や『はくこ』など。白い毛色を持ち、人々に幸福をもたらすとされる善狐だな。有名なのは葛の葉や白蔵主、稲荷神。一応、風柚はこれに該当する。
風:そうじゃ。妾のモデルは『ピンクシャンパン・フォックス』じゃ。かわゆいぞ。
那:自分で言うな、自分で。
あー黒狐にいくか。読み方は『くろこ』や『こくこ』など。黒い毛皮を持ち、北斗七星の化身と呼ばれる。古代日本においては『平和の象徴』として扱われていた。我はこれに該当している。
風:ふむ……金狐・銀狐はどうじゃ? こちらも善狐の一種で、陰陽もしくは日月を象徴すると言われておる。
羽:九尾の狐。9本の尻尾を持つ。これには善狐も悪狐も存在する。有名なのは悪狐ばかりなせいか、悪役にされる事が多いな。
那:仙狐。善狐の中で千年以上生きた狐の事だ。九尾の上、天狐の下の位置だな。尻尾の数は何故か分かっていない。……何故だ?
風:天狐。千歳を超え、強力な神通力を持ち神格化した善狐よ。尻尾が4つあり、御先稲荷のトップと言われておる。また、これに憑かれた者は神通力が備わるとも言われておるな。
天狐は千里眼を持ち、さまざまな出来事を見通す力がある筈、じゃがのぉ……。
那:何だ。
風:何でもないのじゃ。
羽:……一応、狐がのぼりつめられる最上位が空狐だ。
三千歳を超え、神通力を自在に操れるようになった大神狐。あきがこだわった通り、尻尾はない。
天狐からさらに二千年を生き、御先稲荷を引退した善狐が成るとされている。まあ、御先稲荷じゃなくても、善狐としての徳を積むと成れる可能性があるとか。
那:徳がどうのというのは不確定要素が多すぎて一般的ではないな。
風:ほほほ。その辺は曖昧じゃからの~。主、こんなもので良いかえ?
あ:うん、ありがとー。
風:それにしても……。
あ:どうしたの?
風:いや、の。この展開を予想していた者はどのくらいいるのじゃろうな。
あ:え? たくさん居るんじゃない? 『いち』で空狐の話し出してるから、最後は空狐が絡むと予想出来るし。
風:妾達が、何故、羽琉が狐だと気付かぬとか言われぬか?
羽:何言っている。最上位である私が下位のものに気付かれるようなヘマをする訳ないだろう。
那:人間とのハーフとかまではいちいち調べないからな……。気付かなくても仕方ない。
風:すまぬが、それで納得しておくれ。
あ:うーん……後書きこそ、オチがないけど……まあ、良いや。ここまでお付き合い、ありがとうございました!