後編
後編です。これで最後です。
これを読んで興味を持っていただけたなら、「常変」「現世【うつしよ】の鎮魂歌」それぞれの本編の方もぜひよろしくお願いします。
Q.今回のコラボ小説、ズバリ3つのキーワードで説明してください。
→野菜室、ハバネロ、カニクリームコロッケ
なんだこれ。
「くそっ、素人素人うっせえなっ......悪かったな穴掘んの下手くそで‼︎」
「まあいいじゃねえか古居。ちと予想とは違う方向に進んでる気がしねえでもねえが......」
「確かに女は釣れた......まさかこんな簡単に釣れるとも思ってなかったが、どうやらここの生徒でもなさそうだ」
その男、賀集敦が穴の出口の方へ行くと、既に彼の取り巻きによって口をテープでふさがれ、逃げないように縛られた二人の女がいた。二人ともこちらに気づくと、目だけで伝わるほどのすさまじい鬼の形相をこちらに向けてきた。が、その程度のことでためらいはしないのが賀集敦という男だ。どちみち自分はあまり手荒な真似をするつもりはないし、数刻の後にはこの二人を満足させられているはずだ。前回の一件のこともあり、身の回りに起きる不可解な問題を自分の力をもってすれば解決してしまう実力を、見せねばならない。名誉挽回のために、賀集は焦っていた。まずは事情を知っているのだろうこの二人に、自分の言うことを聞かせることが必要だ。
まずはここまで来るのに少し手荒な真似をした非礼を詫び、痛くないように二人の口に貼ったテープをはがす。それでも騒ぐだろうと考えていた賀集は、白髪の女の言葉に思わずひっくり返りそうになった。
「お腹すいた‼︎」
それは人として抗うことのできない欲求だ。たとえ賀集でも腹の減った状態でできることは限られてくる。だから素直に、話を聞いてやる。
「......何がほしい?」
「カニクリームコロッケ‼︎」
「ああ、それね。私もほしい。あんまり聞き慣れない言葉だから、どんな味なのか楽しみ」
何せそんなもの、賀集は食べたことがなく、連れてきていた取り巻きの一人に訊いた。
「あったか?この辺りにそんなの扱ってる店?」
「確か学生食堂にあるんじゃねえかなあ。常設メニューだった覚えはねえけどな。もしなくても案外学校の外でも珍しいもんでもねえし」
「そうか、分かった。こん中で一番目立たねえ奴は誰だ?俺のグルの奴だってバレちまったら後々まずい。一番俺と縁のなさそうな奴に行かせる」
「悪事働いてるような言い方だな」
「まあ俺が尾原とベンソンのクソ野郎の一件でマークされてんのは確かだからな」
実際はそれよりずっと前からマークされてるなんてことは、あえて言わない。
取り巻きがもう一人の、いかにも真面目くさった奴を連れてきた。こいつは普段の成績がよくその意味で先公どもにマークされているが、その分悪事に対する頭の回転も速く、よく知恵を借りたりする。古居に負けず劣らず信頼における奴だ。
「......何個要る」
賀集がそう尋ねた。
「うーん、......二人合わせて、とりあえず15個?もっとかなあ?」
「............は?」
「だから、15個だよ!」
白髪の女がそう言った。予想外の数にぽかんとしていると、大声出して暴れる3秒前みたいな雰囲気を醸し出しはじめたので、賀集が早く行けという目線を送り、彼は慌ててそこを出ていった。
* * *
ところでどうして賀集たちはこんなことができているのか。
答えは簡単、今は放課後なのだ。レイナたちは特別な来客扱いということで大々的に生徒の目に触れさせるわけにもいかず、そのため残っている生徒の数が一番少ないだろう放課後に、落ち合う約束をしたのだ。
だが当然全く生徒がいないなんてことはない。この学園は私立のマンモス校ゆえ、遠方出身の生徒も多い。そのため寮の設備はトップレベルだ。その寮生が散歩がてら広い校内をぶらぶらしていることもあるし、学生食堂も夕飯時は寮生で混雑していたりする。
その夕飯時というのが、彼にとって有利に働いた。もともと成績上位の秀才としてしか認識されていない彼がこの人混みに紛れれば、いくらカニクリームコロッケを山ほど買い込んでいてもそう簡単には目立たないはず。ちょうどよかったと胸をなでおろす。もちろん彼と同じく賀集の取り巻きだと認識されていない仲間を数人引き連れ、離れて並んで分けて買い、後で合流するつもりだった。
......が、それはあまりによりによって、だった。
「おっと、君か」
その並んだ行列で前にいたのは、清木場先生だった。
賀集のそばにいれば嫌というほど分かる。この清木場先生ともう一人、常木先生こそ、賀集を過去これでもかと懲らしめた張本人なのだ。彼にとっては直接二人の授業を受けたこともなく、特に恨みもないのだが、やはり心の中では警戒してしまう。それを表に出さないよう落ち着けと自分に言い聞かせつつ、話しかけた。
「清木場先生、ここは学生食堂なのにどうして?」
「ああ、確かに私はめったにここには来ねえんですけどね、新年度になって生徒のことをより考えたメニューになったと聞いたから、ふと思い出した時に来たりするんですよ」
特にカニクリームコロッケとやらが美味しいと聞いてね、と清木場先生はつぶやいた。
「君こそどうしてここに?君は確か寮生でもないでしょう?」
「晩ごはんのおかずの仕入れですよ。部活が長引いたもので、晩ごはんも食べて帰ってしまおうってことになったんです」
これは限りなく本当に近いウソだ。実際賀集の有力な取り巻きである彼は部活に力を注いでおり、普段は文武両道を体現する奴だというので通っている。こうやって賀集のそばにいるのは、賀集からメールでお呼びがかかった時だけだったりする。だからこそ取り巻きだとバレないのだ。
「ほう、なるほど。それで君の部活仲間たちもあちらこちらに」
これも彼の策の一つ。賀集の取り巻きとともに買い込む一方で、本来の部活仲間も呼んで同じことをやってもらっている。
「そうですね、ちょっとばらけてはいるんですけど」
そうこうするうち二人とも順番が来てカニクリームコロッケを受け取り、会計も済ませていた。
「あれ、持って帰るんですね」
「そうですね、今日はちょっと遅くまでかかりそうな仕事があるもんで、常木先生の分も買っておいたんですよ」
「なるほど、そうだったんですね。失礼しました」
「いやいや、こちらこそ」
彼は近くの空いた席に座り、清木場先生を目で追った。今のやりとりで自分が怪しまれたかどうか自問するが、すぐに否定する。今ので賀集のことまで結びついたなら清木場先生はしがない教師などやっていない。眠っている間にバシバシ難事件や怪事件の数々を解決する名探偵こそふさわしいということになる。
清木場先生が食堂の中が見えないところまで行ったのを確認して、手を振って仲間を呼んだ。部活仲間の方は後で合流すると伝えてある。
「行くぞ」
保険をかけてご飯も買っておいて正解だった。特に白い髪の女が当然のように白米を要求した。拘束されていたことなどみじんも気にしている様子がない。そしてこちらは黙っているものの、青い髪の女も細身な見た目の割にぱくぱくカニクリームコロッケと白米を頬張っている。ふりかけを要求されなかっただけまだマシと考えるべきか、いやいや飯ぐらい来る前に済ませろよとツッコむべきか考えていると、
「これは晩ごはんだよ!」
と白い髪の女が叫んだ。はいはいそうですか。
ところで清木場先生の動向をしっかり把握するのを忘れないくらい用意周到な彼は、あることに気がついていた。
「なあ、賀集」
「なんだ?」
「ここを出てカニクリームコロッケを買いに行く時、自分も含めて何人だった?」
「んなもん数えてるわけあっかよ」
「......だよな」
「......と、言いたいところだが、今回は数えてる。5人だ」
「やっぱりか。......帰ってきた時、パッと目視で確認したんだけど、6人だった」
「なんだ?1人余計な奴が増えてるって言いたいのか?」
「はっきり言えばな。つけられてる可能性もある」
「問いただすぞ、どいつだ」
それは分かっていた。すぐに指をさす。だが、賀集にとってそいつは、普段から取り巻きの中にいる見覚えのある奴だった。
「あいつは知ってる。お前は知らねえかもしれねえが、俺にははっきり見覚えがある」
と、そいつが指をさされたことに気づいたか、あちらの方からやってきた。賀集が尋ねる。
「お前、こいつについていってたか?」
「......ふふふ」
「何がおかしい」
「いいえ?肝心なところはズボラもいいとこなクセして、下らないとこで鋭いな、って思って」
「何だと?......いや、お前、まさか」
「『鈍』」
一瞬だった。
頭脳派の彼は防衛本能が働く前にどっから出してきたか、刀のようなもので頭を叩かれていた。スリッパでやるときのような小気味良い音が鳴り響く。そしてあっけなく気絶。
「はいはいスーパーお仕置きタイムのお時間ですよぉっ‼︎女二人の誘拐と拘束に協力した外道と、聞き見知りしてほったらかした節穴野郎ども、全員バカ面下げて醜態さらせぇっっ‼︎」
と言う間にも取り巻きは何が起きているのか分からないままビンタ鳩尾堕としタコ殴りジャーマンスープレックスと、フルコースで意識を飛ばされてゆく。そしてほどなくして残すは賀集だけになって、
「さてさてトリは一番の大バカ者‼︎その脳みそは何のため⁉︎」
「くっそ......なめやがってっ......‼︎」
渾身の拳を叩き込もうとするが、残念ながらおよそ人間ーーーいや強靭な獣人からもしてはいけない音がする。
ベキベキッッ、ブシュッ。
「ごっはあっ......」
なまくらと化して刺さらない刀で額を押さえられ、動きを止められた状態でどてっ腹に蹴りを入れられ、さらに土壇場で白髪と青髪の女に暴行を加えるのを防ぐために心地よい食感のソーセージのごとく両腕を折られ、完全にバランスを失って倒れるのも構わず横っ面にストレートを入れられ、鼻血を噴き出して賀集は完敗した。
これは報復ではない。もはや蹂躙である。繰り返す、これは報復ではない......
* * *
「大丈夫、二人とも?」
ウラナはノックアウトを見届け、ミュールとエミーのもとへ行った。
「おいしかった!ごちそうさま!」
「うん、このカニクリームコロッケっていうの、なかなかおいしい」
「......心配してわざわざ変装して乗り込んで、フルボッコにしたこのあたしの努力を返せ」
「でも、ちょっと怖かったかも」
「穴に落ちたのが、とか言ったら張り倒すわよ」
「ううん、違うよウラナちゃん。たぶんあの人、私たちに乱暴するつもりだったよ」
「つもりってことは、されてないのね」
「ええ。私もこんなところでなんて、って少し覚悟してたから、ウラナが来てくれて助かったわ」
「そう言えば、何でここが分かったの?」
「並の高校生相手に頭脳戦で負けるもんですか。そもそも頭脳戦でもなかったし。簡単よ、清木場先生に頼んで見繕ってもらって、アジトの特定。あとは適当に変装してついていけばおしまい。死なない程度に反抗心潰してきますって言ったら、常木先生からも許可もらったし」
「こんなことして、コラボ作品なのにやりすぎだ、とか苦情来ない?」
「それはきっと大丈夫よミュール。本編でも賀集がクソ野郎だって書かれてるって話だから」
「......あんたたち、何の話してるの?」
「ごめんごめんウラナちゃん、こっちの話だよー」
「何であたしは今回、こんなに仲間はずれにされてるわけ⁉︎」
* * *
結局その日のうちに常木先生はちゃんと復活し、賀集たちもまとめて病院送りにし、再び4人が揃った。
「すまない、せっかく遠路はるばる来てもらったのに、こんな面倒ごとに巻き込んでしまって」
「おいしかったから大丈夫だよー!」
「あんたそんなことばっかり言ってたら、そういうキャラとして認識されるわよ?」
「ちと本題を忘れちまいそうなくらい色々ありましたが......どうですか、例の問題の方は」
「大丈夫そうです、解決の目処が立ちました。ちょっと面倒な作業になるので、数日はここにいさせていただくことになりそうですけど」
レイナが答えた。つまり魂一つ一つの未練は軽いものだから時間はかからないが、単純に数が多く、手間取るということだ。
「君たちは、どこから来た?」
不意に、常木先生が尋ねた。4人は思い思いに国を答える。そうするように、普段から決めている。だが、
「隠し事はしないでほしい」
とその口から言われた時、4人は思わず息をのんだ。人間でないことは分からなかったはずだ。
「ただ者ではないことが、何となくだが分かるんだよ。何だろう、......僕が”広義の”人間だから、かな。こうやってまだまだ知らないことや、存在があるから、隕石の降り注いだ後のこの世界で、僕らは生きることになってるんだろうね」
常木先生のその言葉に反応するかのように、目の前の大樹はざわ、と揺れた。