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前編

注意:常木先生らが登場するのはこの前編の最後の方です。ご了承ください。

 現代を除いて、戦争がなく平和だったと言われた時代が、日本の歴史上1度ある。

 今の大都市・東京が江戸と呼ばれ、将軍のお膝元と呼ばれ、幕府があった時代のことだ。その頃には他にも、大都市と呼ばれる場所が2つあった。

 1つは天下の台所・大坂。

 もう1つは千年の都・京都。

 その2つを抱えるのが、関西地方。そこに、その学校はある。


......この前置きが本編に関係あると思った方へ。大丈夫です全く関係ありません。



* * *



「ちょっと問題が出てきたから、2、3人日本に来てほしい」

 そんな連絡が日本から届いた。もちろんレイナからだ。そしてその連絡を最初に受け取ったのはミュールだった。

 この作品をご存知の方の中には、え?ウラナじゃないの?と思った方がおられるかもしれない。確かに、レイナとウラナは現世に行くときはよくセットになる。が、それは同じ十聖士でともにペルセフォネのもとで学んだ同窓だからであって、所属する省はレイナは冥府機密省、ウラナは総務省と全く異なる。十聖士絡みの仕事でなければ、実は意外と絡む機会がなかったりする。だから、同じ機密省の同じ課に属するミュールの方が、普段一緒にいる可能性は高い。


......そしてこの作品をご存じない方には、今の話がなんのこっちゃ、というところかもしれない。

 彼女らが普段寝起きし、仕事しているのは日本ではない。アメリカやイギリス、はたまた南極でもない。普通の人間が行けないところに、彼女らはいる。人間が行けないところ。少なくとも、生きている間は。......すなわち、死後の世界。それが冥界で、たくさんの死神たちが暮らしている。実は冥界以外にも”死後の世界”は存在するのだが、ここでは関係ないし本編でスペースを割いているので割愛させていただく。


 ところでこのレイナ・カナリヤ・レインシュタイン、という女死神はすごく、下手すれば普通の人間より人間らしい子であり、日本をこよなく愛する。どれくらいかというと、本場日本人が軽く引くぐらい。現世に視察に行く際も日本、彼女の趣味とも言える大学周遊をするのも日本、自分へのご褒美に、とちょっとお高いレストランに行くのも日本で。ここに行くためならこの電車に乗ってここで乗り換えて、というのをたくさん覚えていたりもする。そしてかつて親につけてもらったカレンという名前を、わざわざ日本風のレイナ(礼奈)、に改名しているほどである(もちろん親に許可は得ている)。だから彼女が日本にいて、何事もないように日本からコンタクトを取ってきているのも、誰も不思議に思わない。冥界にとって周知の事実だったりする。


 そんなレイナが同僚のミュール・ブレメリアに連絡を取って、ミュールがハイ分かりましたと1人日本へ飛ぶかというと、そうはならない。レイナは機密省所属でもあり、冥界トップを補佐する四冥神の下につく十聖士の1人でもあるから、友だちや同僚が多い。その中でも特に仲のいい2人の都合がつくかどうか、連絡を取るのだ。

 ちょうど冥界ではお昼休みの時間でミュールのいる機密省史纂弐課でも、日本のビジネスマンよろしくパンを片手に持って画面とにらめっこしている人もいれば、仲良くお弁当を広げているグループもいれば、これ幸いと全力でシエスタしている人もいる。

 結局2人とも休みが取れそうだということで、無事3人で行けることになった。



* * *



「......レイナに連れ回されて日本に来るならまだしも、あんたにまで引っ張り回されるとはね」

「別にいいんじゃない、たまには太陽の光を浴びるのも?」

「なんだかんだ言って、日本に来るのもけっこう楽しいしねー」

 というわけで3人は日本の国際空港に降り立った。みな日本人離れした髪の色をしていて、(いつものことだが)すれ違う人に二度見される。

 1人はレイナと同じ十聖士の一人、赤いショートカットの髪、赤い瞳をした少々ぶっきらぼうに話す女の子、ウラナ・アマリリス。先ほどの通り、レイナの同級生というつながりである。

 もう1人も同じく十聖士の一人、少し長めの青い髪に桃色と紫の瞳をした女の子、クルーヴ・エミドラウン。若くして冥界の警察権を握る警察省のトップを務める彼女だが、実は直接レイナたちと関わりがあったわけではない。彼女は前冥界トップの娘であり、その関係で顔を合わせることもあった、という程度で、実際よく絡むようになったのは大人になってからだ。

 ちなみに今回は関西でということで、着いた空港も関西国際空港である。


 レイナからの連絡の通り(クルーヴ、通称エミーとウラナにとってはミュールを経由しているが)レイナは国際線の出口の前で待っていた。

「お疲れ様、みんな」

「もう慣れっこだから、それほどでもなかったけど」

「きぶんわるい......」

「大丈夫ミュール?トイレ行く?」

 エミーが気遣ったが、

「ううん行かない。たくさん機内食ため込んだのに吐くのはいや」

「あー、そ。そういうことなら知らない」

 諦めた。


「早速なんだけどここから少し歩いたところに車止めてるから、みんなで乗ってほしいんだけど。ここからじゃちょっと遠いからね」

「またぎゅうぎゅう?」

「うーん、そうでもないと思う。誰か1人、前に乗れば大丈夫なはず」

「乗る乗る‼︎ぜったい乗る‼︎」

 そう叫んだのはミュールだ。

「2人は後ろで大丈夫?」

「別に」「後ろで寝てたいからむしろ歓迎」

「それじゃ決まりね!」



 ミュールは助手席に座って、やれなんとかタワーだの、やれなんとかビルだのとレイナにいろいろ聞いては大はしゃぎしていたが、あちこち日本を連れ回された経験豊富なウラナと、警察省がらみの仕事で何度か日本に来たことのあるエミーは特に目新しいと感じることもなく、それぞれに窓の外をぼうっと見つめていた。特にウラナなどは通行人がぎょっとするんじゃないかというレベルで虚ろな目をしていた。そこまで暇か、と見かねたミュールが外套のポケットからビン入りのプリン(『大人なあなたにちょっと一息。ほんのり甘さ引き立つぜいたくプリン』とラベルに書いてある)をそろ〜っ、と差し出すと、何を勘違いしたか勘づいたエミーがすかさず受け取った。あ待って、それウラナちゃんの、と言いかけたがもう遅い。フタを開けて食らう気満々だったので、仕方なくプラスチックのスプーンもエミーに渡してしまう。この一連の流れにもウラナは一切気づいていない。延々と外を見続けている。

 機内食を食べ損ねたのかあまり食べられなかったのか、お腹が空いていたようでそのプリンはあっと言う間になくなってしまった。そしてミュールが手を出したので、その手にエミーが空になったビンを置く。そうするとどこで覚えたのか「まいどあり」なのか悪代官のほくそ笑みなのかどっちつかずな顔をミュールはした。ちなみにこれでもまだウラナは気づかない。

 

 だがそれならちょっとイタズラしてやろうとミュールがウラナの方へ手を伸ばすと、

「あんた気づかないとでも思った?言っとくけど今までの寸劇、全部分かってるからね」

とウラナがため息混じりに言った。ミュールの顔からみるみる血の気が引いてゆく。

 若干険悪な雰囲気になったので、手の空いているエミーがフォローにかかる。

「あー、ほら、ちょっと喉渇いたでしょう?レイナ、適当なところで車止められる?コンビニでジュース買おう」

「賛成。私ちょうど......眠たくなってきてて」


「「「おいおいおい⁉︎⁉︎」」」



 結局レイナは大して好きでもないが半ば強制的にブラックコーヒーを買わされ、ミュールは濃縮還元のオレンジジュース、エミーはアイスティー、ウラナは、

「ちょっと待ちなさいよ!これ完全に罰ゲームでしょうが‼︎」

 派手にも程がある赤と黒の斬新な紙パッケージ。その名も『マゼランもびっくり‼︎スーパーハバネロエクストリーム』と、製造元も迷走しているのがよく分かる。いつでもお前のことを見つめてる、とばかりに底にでっかいドクロが構えているのが極め付けだ。


「仕事はこれからだっていうのに、ウラナが空気悪くするからでしょ?ウラナ辛いの好きだし、ちょうどいいかなって。ね?」

「うう〜っ、......」

「じゃあ分かった!ウラナちゃん、お水も飲んでいいよ!ほら、『カプサイスパークリング天然水』!これどう⁉︎」

「逆効果じゃないのよ!ってかどっからそんなとんでもない水見つけてきたわけ⁉︎」

「え〜っ」

「こんなの一緒に飲めるわけないでしょうが!他の、普通の水は⁉︎」

「ウラナ、あなた、そう言うってことはハバネロの方は飲むつもりなの?」

「あーっもうややこしいから普段ボケないやつは黙ってて!一番の年長者が便乗して不慣れなボケやってんじゃないわよ‼︎」

「あれ、別にボケたつもりは......」



「ありがとうございました、またお越しくださいませ〜」



「レイナ〜っ、行こうよー」

「そうね、このコーヒーすごく濃いみたいで、匂いだけで目が覚めそう。今のうちにさっさと目的地まで行っちゃおっか」

「ん?何このアイスティー?なんかヘンな食感......何かしら、タピオカ?」


「ちょっと⁉︎いくらなんでもひどすぎない⁉︎」



 さすがにウラナ一人に500mlを飲ませるのは罪悪感を感じたか、コップ(またもやミュールがバッグの中から出してきた)にちょっとずつ分けて、ミュールとエミーが味見(毒味)した。

 ミュールは卒倒。慌ててオレンジジュースを流し込むが手遅れだったらしく、助手席で両手で口もとをおさえ、ジタバタし始めた。「そんな大げさな。言ったって人間の飲み物よ?食べ物ならともかく......」と本気にしていなかった辛い物好きのエミーでさえ、口に入れたその瞬間こそ平気そうだったが、まもなく何も言わずに窓を全開にし、めちゃくちゃ身体を乗り出して涼み始めた。その時車は国道のど真ん中を走っていたので、「青髪の外国人らしき女が虚ろな顔をして窓の外に乗り出していた」とかなんとか、ウワサが立ったという。



「......みんな、そろそろ降りる準備してて。確か、この辺りだったはず......」

 車は大きな駅の近くに来ていた。

「誰かと落ち合うつもり?」

 ウラナが尋ねた。ちなみにウラナは例のハバネロジュースをほぼ飲んでいない。残りは9割ほど残したまま、ドリンクスタンドに放置してある。

「うん。そうだ、言ってなかったわね。今回来てもらったのは、人間には分からない現象がとある学校で起きてるから、それの対処のためなの。で、学校側も解決に乗り出し始めたらしくて、その責任者のお2人に案内してもらえることになってる」

 ぐるーっ、と駅前のロータリーを一周するかしないかで、こちらに手を振る男女が見えた。レイナが気づいたらしく、その2人の近くで車を止め、みんなに降りるよう促した。

 ひとまずレイナを先頭にして、その2人とご対面。



「ようこそ日本へ。そしてよく来ていただいた。僕の名前は常木譲(つねきゆずる)、そして」

「はじめまして、清木場創太郎(きよきばそうたろう)です、どうぞよろしく」



 捏海(でつみ)学園大学附属高校。

 目的地の学校の名前だ。そして落ち合ったこの二人は共に社会科教師らしかった。「現世の人間」らしからぬその風貌に最も食いつき、真っ先に話しかけたのはミュールだった。そういうところにも遠慮なく踏み込んでいくあたりがミュールらしい。そして常木、と名乗った女性の方がいろいろミュールに説明している。他の3人は後ろからついていっていたので細かいところはよく聞こえなかったが、身長が170㎝越えとか、スリーサイズがどうのとか、だからバストがHなんだとか、かに座なんだとかは聞こえた。さらに自分が猫獣人というやつなんだという話もしていた。そのたびに


「うん、私たちの世界じゃ170㎝は普通かなあ」

「うおっ、確かにおっきい!......触ってもいいですか」

(本人は特に反応しなかったが隣にいた清木場さんがミュールをしばいた)

「かに座なんだね......星座があるのっていいなあ......あ、そう言えばその学校って、カニクリームコロッケありますか⁉︎」


とミュールなりに相槌をうっていた。(関係ない相槌もあるがスルーしましょう)


「ああ、えっと、......清木場君、学生食堂にカニクリームコロッケはあったかな?」

「あるんじゃねえですか、常設メニューじゃねえ気がしますけど。草食獣人も肉食獣人と張り合えるようにってコンセプトで、存在すると思いますよ」

 まあ私らは学生食堂なんて、そうそう行きやしねえですけどね、と清木場さんは付け加えた。そうこうしているうち、ひときわ大きな校舎の前までたどり着いた。

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