第九話 本当の訳
薬を作り始める弾。
腰袋からいくつもの薬草と紙を出し、薬を調合する。
紙の上には、平八じいさんのために選んだ薬草が置かれていく。
そして、乳棒で薬草をすり潰す。
平八じいさんは物珍しい物を見るように、弾の手先に釘付けとなっていた
「急須をお借りしますね」弾はそう言って棚に置いてある急須を取った。
急須に薬草を入れ、湯を注ぐ。
そして最後に、光の花をぽとんと入れた。
「わしはおぬしを誤って殺そうとしたというのに、茶まで入れてもらうとは忝い。
しかし、何とも良い香りじゃの~」平八じいさんは、茶を覗き込むように言う。
「平八じいさんに必要な茶を入れているのでね。
香りも平八じいさんが気に入って当然の香り。これを飲めばきっとぐっすりと眠れるはずだ」
急須からは、白い湯気が出ている。
そして、ふわりふわりと不思議な香りが漂う。
温かいその香り、平八じいさんは今か今かと待っている。
「さぁ、出来た。熱いうちにどうぞ」弾は平八じいさんに茶を渡した。
平八じいさんは深く香り吸い込んでから、ゆっくりと茶をすすった。
「んーなんて茶だ・・・香りが体に染み込んでくるようじゃ、とっても美味しい、とっても・・・」
ニコニコと嬉しそうに茶を飲む。
まるで夢の中にいるような心地良さ。
「んー美味しい茶だぁ」ふわふわと意識が薄れて行く。
ーその時だった。
「おじいさん、おじいさんったら!」
平八じいさんを、起こす声。
「ほら、起きてくださいな」
目を開けると、おばあさんいるではないか。
「ばあさんか?」平八じいさんは、飛び起きた。
おばあさんは、囲炉裏の前に座っていた。
「おじいさんったら、大いびきかいて!」
そう言って、ばあさんは笑っている。
平八じいさんは、辺りをキョロキョロと見回した。
気付けば布団の上でぐっすりと寝ていたようだ。
「いや、何だかぐっすり寝てしまったようじゃのう」
そう言って、囲炉裏の前にいるおばあさんの隣に座り体を温めた。
これが二人の定位置だった。
相変わらずパチパチと音を立てて燃える囲炉裏の火。
そして、おばあさんは語りかけるように話しはじめた。
「ねぇ、おじいさん。
私ね、熊に殺されたんじゃないのよ」
「えっ・・・じゃ、じゃぁ?」平八じいさんは、戸惑った顔をした。
「きのこ取りをしていたんですよ。
何だかついつい奥の方まで行っちゃって。
そしたらね!見た事のない花が、咲いていたんです。
それはそれは、見た事のない綺麗な花でしたよ。
小さく光る不思議な花でね。
少し雨が降っていたんだけども、おじいさんにも見せてあげたくて夢中で花摘みをしていたんです。
だけど、今年は雨が多かったでしょ
地面がぬかるんでいたみたいで、崖からすべり落ちてしまったんですよ!
私ったら馬鹿でしょ!あはははー!」
そう言って、手を叩きながら笑っている。
平八じいさんは、ポカンとした顔をした。
「だからね私がいけないの、熊に仕返しなんてしなくていいんですよ。熊が可哀想じゃないですか。
これは私の寿命なんです。
悪いけど、おじいさんだってそんなに先が長い人じゃありませんよ。だって“おじいさん”なんですからね、だから村の人たちと仲良く愉快に暮してほしんですよ」
平八は、黙ったままだったが
頷き話を聞いていた。
「人の命は儚いものですね
だけど、おじいさんのお蔭で尊いものとなりましたよ、心から思います。
あの見た事の無い、美しい花をおじいさんに見せてあげられなかったのが無念ですが」
そう言って、ばあさんはまた大笑いをした。
「まったく、ばあさんは死んでも冗談ばかりを!」平八じいさんは、口をへの字にして言った。
「だがな、ばあさん!
わしもその花を見た事がある!その花で作った茶までわしゃ飲んだ事あるぞ!」自慢げに言った。
「あら、あのおじいさんもあの花を見たんですか?そしてお茶まで!何て事でしょう。あははは」二人で大笑いした。
すると、おばあさんは何かを思い出したようや顔をした。
「あ!そうそう、そう言えば!
おじいさんの草鞋が古くなっていたから新しい物を用意していたんですよ。
いつも月裏屋のお饅頭を入れておいた戸棚に入っているから、使ってくださいな」
「いつもありがとう、ばあさん。
しかしのう、わしに良くしてくれる若者がおってのう。
その若者は旅の道中とかで、その者に草履を使ってもらってもいいかの?」
「えーもちろん良いですよ、おじいさんに良くしてくれる若者ですか、良かったじゃないですか」
二人はしばらく、他愛もない話しに花を咲かせた。
部屋の中は久しぶりに笑い声で溢れていた。
たった一カ月前の事なのに、遠く昔の事のように懐かしい。
今まで毎日見ていた囲炉裏とおばあさんの姿が、こんなにありがたい存在だったのかと平八は何度も噛みしめた。
だが、別れの時は近づいてくる。
これは夢の中、覚めてしまえば終わる。
二度の別れがやって来てしまう事は、嫌でもわかった。
そして“時”を感じた平八じいさんと、おばあさんはゆっくりと立ち上がった。