第六十一話 虫の知らせ
“バキバキ”っと、小枝が折れるような焚き火の音。
火の粉が舞い上がる。
不可思木の森の中で、火を囲む弾と茶々丸。
茶々丸は火を眺めながら、少し不満な顔をしていた。
「ったく。
人間の婆さんと、いつまでも話しているからよ!
宿に泊まれなかったじゃねーか!」茶々丸は言った。
絹ばぁと、しばらく話していたせいで
日がくれてしまったのだ。
森は深い、弾は火を起こし野宿する事にしたのだった。
弾は、荷物をあさり、絹ばぁがくれた
食べ物を出す。
「これでも食べて、今日は早く寝ろ」不満そうにしている茶々丸に、菓子袋を投げ渡す。
「お!水菓子か!」包み紙を剥がしながら、茶々丸は目を輝かせた。
紫色をした、水菓子は硝子細工の花みたいに、キラキラしている。
あまりに綺麗でもったいない、茶々丸はしばらく眺めてから
“ちゅるん”と食べた。
「んーうまい!」
旨そうに食べる茶々丸を、微笑ましく弾は見ていた。
―その時。
“ササッササッ”
何やら気配を感じる。
「だ、誰かいるのか!?」驚いた茶々丸は、弾の懐に隠れた。
“ササッササッ”
弾はその音のする方へと、目をやる。
すると、草陰からゆっくりと顔を出した者がいた。
それは、小さな小鹿だった。
まだ子供であるこの小鹿は、雪のように真っ白な色をしている。
すると、その小鹿は言った。
「君たち・・・人間じゃないよね?」そう言って弾の所へ近づいて来る。
「なんだ!小鹿のふりした妖怪か」茶々丸は、小鹿だとわかると懐から出てきた。
「君たち、絹ばぁと何話してたの?」小鹿は無邪気な顔をした。
「くだらねー話しだよ!それがどうした?
っつーか、もう夜だぞ!子供は寝る時間だ!」茶々丸は、水菓子を食べながら適当な返事をする。
だが、その小鹿はより一層嬉しそうな顔をして見せた。
「へーやっぱり話せるんだね!
絹ばぁがすごく楽しそうにしていたから、気になったんだ!
どんな話ししてるのかな?ってさ。ヘヘヘ
最近、絹ばぁ・・・元気ないように見えたから、安心した!
ぼくの名前はパクだよ。絹ばぁがそう呼んでくれてる!」
「そうか。よかったな!」弾は優しく返事をした。
「おい、パクって言ったな?母ちゃんの所に帰らなくていいのか?」茶々丸が言った。
「うん。僕は一人で暮らしてる。
この山を守るんだ!
寂しくなんかないよ、絹ばぁがいつも声をかけてくれるし、遊んでくれる!
ぼくは絹ばぁがだーい好き!」パクはそう言って、クルクル飛び跳ねながら、走り出す。
すると、パクを何か閃いたような顔をして、立ち止まった。
「あ、そうだ!
それでね・・君たちにお願いがあるんだ!
君たちは、絹ばぁと話せるんでしょ?
ぼく・・絹ばぁにたくさんお礼を言いたいんだ!
そして話したい事もいっぱいある!知らせたい事もある!
僕の声を、絹ばぁに届けてくれない?」パクは期待に胸を膨らませて言った。
だが、弾は首を横に振った。
「それは・・・ダメだ、出来ない。
人間には理解できないんだ。
こっちの世界と、向こう側の世界。
越えられない線がある。
すまんな、パク」
「そう・・なんだ・・・」パクは残念そうに言った。
しかし、パクはすぐに明るい顔に戻り、大好きな絹ばぁの事を夢中で話す。
「絹ばぁはね、この森の名物お婆さんなんだ!
みんな、絹ばぁが大好き!ヘヘヘ
絹ばぁの匂いをかぐとほっとするだー!」
だが、弾はやけに真剣な顔をしている。
「パク・・・
これから、驚く話をするがよく聞いてくれ」
「え、うん・・・。なに?」
「絹ばぁは・・・・
もうすぐ死ぬ」
「・・・え?」パクは固まった。
「もう、長くない」弾は容赦なく、現実を突きつける。
「えっ・・?
何でそんな嘘つくの?」
「嘘じゃない!
本当の事だ。
だから・・・
自分の力で精一杯、絹ばぁに恩返しをするんだ。
自分なりのやり方で、絹ばぁに気持ちを伝えるんだ。
言葉なんて、いらないさ。
後悔しないように・・・やるんだ」
「・・・嘘だ!
絶対嘘だよ、そんなの信じない!」パクは怒った。
弾は、返事をせずに、ただじっとパクを見つめた。
そんな弾を見て
パクは、次第に涙を浮べる。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!」そう言って、ポロポロ涙を流した。
思いっ切り首を振り、足をじたばたさせ泣いた。
そして、パクは走ってどこかへ行ってしまった。
―草がバサバサと体に当たる。
“ハァ、ハァ”と、息が苦しい。
だけど、そんな事どうでもいい。
パクは全力で走った。
訳がわからずに、ただただ走った。
絹ばぁが死ぬなんて、いきなりそんな事を言われても・・・
信じられやしない。
きっと、さっきの男が嘘を付いているだけだ・・・
そんな事を、考えたりした。
“だけど、何でだろう・・・
絹ばぁへ伝えたい事。
急いで伝えたい、伝えなきゃ!
もう、時間がないって・・・
ぼくも思ってた・・・何でだろう”
パクは頭の中の考えが、巡りめぐって
確かに死を感じていた事に気付きはじめる。
虫の知らせというやつなのか。
その頃。
弾と茶々丸は、パクの足音が聞こえなくなって行くのを、静かに聞いていた。
茶々丸は、そんなパクを見て・・・
ウワァ!と泣いた。
切なく長い、夜だった。




