第五十九話 天空の神樹
妖怪の黒い歴史。
絹ばぁとやら・・・この人間には驚かされてばかり。
まさか人間の口から、天空の神樹という言葉が飛び出すとは。
弾は、戸惑うばかりで返事も出来ずにいた。
“ははは、変な父だ”なんて言って、笑ってごまかしていればいいのだが、動揺を隠し切れないでいた。
―その時
「おい、弾!俺にも食わせろ!」茶々丸が、我慢できずに懐からひょっこり顔を出す。
すると、茶々丸を見た絹ばぁが大きな声で驚いた。
「あらー!なんて可愛いねずみさん!
チューチュー言って!お腹が空いているんじゃない?
ちょっと待ってね、何か食べ物持ってきてあげる」そう言って、絹ばぁは店の奥へ行った。
「おい、弾!食わせろよ!」茶々丸の顔は完全に怒っていた。
怪我でまだ、身動きが取れない茶々丸だ。
箸で食わせてやった。
だが、弾は上の空といった様子。
茶々丸はモグモグと食べながら、そんな弾の様子に気付いていた。
「天空の神樹・・・」弾は、呟いた。
「天空の神樹?
さっきから何ボヤっとしてんだ!」そう言いながら、次々とほおばる。
「うん・・・。
昔、この不可思木のように、それはそれは天まで届くような、大きな神樹が存在していたらしいんだ。
俺は見た事はないが、その神樹は・・・天空の神樹と呼ばれていた」そう言って、弾は不可思木を見上げた。
「で?なんだ?」
「だが、人間は神樹そのものを不幸をもたらす木としていたから。
天空の神樹の事を、人間の世界では、終わりの樹木子と呼んでいた。
人間の口から天空の神樹という言葉で出るなんて、何か変な感じだ」そう言って、きのこ汁をすすった。
「何で今は天空の神樹は存在しないんだ?」茶々丸はそう言って、弾から汁を奪いゴクゴク飲んだ。
「わからないんだ。
何故、天空の神樹がこの世界から消えたのか、知る者は一人としていない。
今存在する神樹は、国の主が奪い合うほどの力を持つ木。
ましてや天空の神樹となれば、世界を征服できるほどの力があると言われていた。
そして、昔。
東西南北の国々は、天空の神樹をめぐり、醜い奪い合いを始めた。
血を血で拭く、そんな事が毎日のように繰り広げられる。
前代未聞の、争い事だったらしい。
そんな争いが続いていた頃。
天空の神樹はある日、突然と姿を消した・・・。
悪い夢でも見ていたのかのように・・・世界は静まり返った。
誰もが争いをやめたが。
神樹というのはこれほどに気を狂わせる。
黒い歴史として、心に刻まれた。
だから、今も神樹の事は慎重に扱われている。」
茶々丸は、ふかく頷く。
「なるほどね。
だから、赤鼻じーさんが、神樹の力を解いた時
死刑にまで話しがなったんだ!
しかしよ。
天空の神樹が、突然消滅したって・・・いきなり無くなったのか?」
「あぁ。
消滅した理由は、誰もはっきりとはわからない。
世の陰と陽を保つ神樹だ。
争いが極まった時に、陰と陽は激しく乱れ神樹が消滅したと言う者もいる。
神樹が自ら、消滅したと言う者もいる。
今となっては、永遠の謎なんだ」
茶々丸は、初めて聞く話しにじっと耳を傾ける。
昔そんな事があったなんて、少し前に神樹の存在を知った茶々丸にはあまりに壮大な話しだった。
「人間である父さんは、母さんから妖怪の世界の話しを、きっと沢山聞いていたんだろう
そしてこの本も、絹ばぁと同じように、父さんには読む事はできないはずだ・・・
だから妖怪が作る夢薬に憧れていた。
よく言っていたんだ。
自分にも夢薬が作れたなら・・って
毎日言っていた」
弾は、父の面影を思い出す。
すると、絹ばぁが小走りで戻ってきた。
「ねずみさん、あられ食べるかい?」絹ばぁはそう言って、桃色のあられを茶々丸にくれた。
茶々丸は喜んでパクパクと食べていた。
そんな茶々丸を見て、絹ばぁはキャッキャと喜んだ。
すると、弾は思い出したかのように絹ばぁに、あの事を聞いた。
「絹ばぁ、不可思木の実はどこに成っているか知っていますか?」
そう、ここへは奇跡の実を求めてやって来たのだから。
すると絹ばぁの顔は曇った。
少し言いにくそうな顔をして、不可思議の実について話しをはじめる。
「あなたが、実を求めてやって来た事はわかっているわ。
だけどね・・・もうあの実は手に入らないの」そう言って、弾に頭を下げた。
「手に入らない・・・」
実を手に入れる事は、奇跡的な事だと百も承知。
だが、さっそく手に入らないとわかってしまうとは・・・。
やはり奇跡の実は、そう簡単には手に入る物ではないか。




