第二十四話 花とにゃぶ
“何だか、変な視線を感じる”
茶々丸は辺りを見回す。
すると、にゃぶが襖からひょっこりと顔を出し
こちら覗き込んでいるではないか。
それに気付いた茶々丸は大いに驚いた。
「ギャーッ!にゃぶが来た―――!にゃぶが来た――!」茶々丸は、急いで弾の懐に戻った。
そんな茶々丸をよそに、にゃぶはのそのそと部屋に入ってきた。
そして弾にぺたりとくっ付き、寝転んだ。
なんだか安心しきっている様子だ。
今の状況をにゃぶも理解しているかのようだ。
静まり返った部屋。
村崎の旦那と、にゃぶのスースーと言うイビキが響き渡る。
そして、もう一つ。
この部屋におかしな音が響き渡っていた。
カタカタと変な音が部屋中に鳴り響っている。
「カタカタカタ・・・カタカタカタ・・・」
「おい、茶々丸・・・。カタカタうるさいぞ。旦那が起きてしまうだろ!」弾は呆れた顔で言った。
「し、仕方ないだろ!好きでやってるわけじゃない!
その猫をどっかにやってくれ!カタカタカタカタ・・・」
茶々丸の歯が鳴る音だった。
にゃぶが恐ろしくて仕方ない。
震えで歯をカタカタを鳴り響かせていた。
「く、喰われる~!!!カタカタカタ」
「まったく・・・にゃぶはお前を喰ったりしないさ」弾は、相変らず呆れた顔をしている。
「信じられるもんか!カタカタカタカタ・・・。
猫ってのは、意地が悪い生き物なんだぞ!
興味ないふりをして、草陰からじっとその時を待っている
俺を喰うその時を、笑いこらえて待っているんだ!
そういう奴らなんだよ・・・」
にゃぶは、大きな体でスヤスヤ寝ている。
茶々丸の事などお構いなし見えるが。
さて、茶々丸の言い分は本当なのか。
弾がにゃぶの下顎さすると、にゃぶはゴロゴロと喜んだ。
すると、その時だった。
「うあああああ゛――――ッ!」
突然、村崎の旦那が悲鳴を上げ飛び起きた。
それは、腹の底から出る物凄い叫び声だった。
その叫び声に、茶々丸とにゃぶも驚き飛び跳ねた。
「ギャー―――――!!!!」
「マ―――――――オ!!!!」
静かだったこの部屋は、一瞬でてんやわんやだ。
すると目覚めた村崎の旦那は、辺りを見回し不思議そうな顔をして一言いった。
「な、何事だ・・・?騒がしいな・・・」
「騒がしいのは、あなたですよ」弾は、きょとんとした顔で言った。
だが、何だか村崎の旦那の様子はおかしかった。
弾の薬で眠ったと言うのにますます顔色はおかしく
息苦しそうにして、一層恐ろしい形相となっている。
「どうしたんです?まるで地獄でも見たような顔だ」
「ハァ・・ハァ・・いや・・・」村崎の旦那はしばらく息を切らしていた。
そして、小さく答えた。
「じ、地獄を・・・見た・・・」
弾は険しい顔になった。
“地獄を見た?
一体どんな夢を見たと言うのか”
だが。
どんな夢を見ようと
やるべき事はやった。
たとえ地獄を見ようとも。
約束は果たした。
弾は心の中で呟いた。
「薬を数日分、作っておきましたよ。これでじきに眠れるようになる」弾はそう言って、薬を村崎の旦那の近くへ置いた。
「ハァ・・・ハァ・・・」村崎の旦那は未だ返事もせずに息を切らせていた。
「では私はこれで失礼します。
にゃぶ、行くぞ」弾は立ち上がった。
「マ―――オ」にゃぶは、弾の後ろを付いて歩いた。
―静まり返った部屋
村崎の旦那は、自分の胸に手を当てていた。
ドクンドクンと、激しく鳴る心臓。
震える体。
夢の中で見た、恐ろしい光景を思い出していた。
“まさか。
この私が・・・
この体が、焼かれ死ぬと言うのか・・・
しかし、これはただの夢だ
だが
だが・・・命で感じる
これは、予知夢だと”
そう言って、激しく動く心臓に耳を傾け続けた。
まるで命の声を聞いているかのように。
―その頃
枝の上には
今日も冷たい風に吹かれる少女がいた。
相変わらず、枝の上で物思いにふけている。
冬の風が頬を赤くしていた。
「お~い、花ぁぁぁ!」
どこからか、自分の名を呼ぶ声。
花はその声を探した。
目を凝らすと、せんべいをくれた兄さんが手を振っていた。
「お~い!兄さ――――ん!」花も体いっぱいに手を振った。
「花!今日はせんべいを持ってくるのを忘れてしまったが!
もっと良い土産があるぞ――」弾は花に聞こえるように大きな声で言った。
一秒でも早く、知らせたいからだ。
花は何の事かと思ったが。
弾の足元を見ると、ひょっこりと隠れて
こっちを見ているにゃぶを見つけた。
―ハッと、時間が止まった。
“・・にゃぶ・・・?にゃぶなの?”
「にゃぶが帰ってきたぞ――――」弾はまた大きな声で伝えた。
花はタタタと木を降りて、駆け出した。
「嘘でしょ・・・
本当ににゃぶなの―――!!???」
「マー――――オ」
花は全力で走った。
花とにゃぶの再会。
花はにゃぶを抱き上げ、クルクルと回って見せた。
「にゃぶ――――!!!
にゃぶ、よく帰ってきたね!」花は涙を流し喜んだ。
「マーオ」
幸せそうな二人だ。
「兄さん!夢みたいだよ!ありがとう!」
「いいえ、どういたしまして。にゃぶはもうどこにも行かないよ」
「うん!」花は満面の笑みだった。
クルクル、花は何度も回って喜んだ。
そして、弾は言った。
「だが、にゃぶが急に帰って来たら
きっと花の父ちゃんはびっくりしてしまう。
自分から話しておくから、父ちゃんに会わせてくれるかい?」
この黄乃松という都の事情も理解出来てきた。
村崎の旦那から、許可を得てにゃぶを連れて帰ってきた事を伝えなければ
花の親は生きた心地がしないであろう。
村一番の金持ちに、変な事をしてしまったら
もう商売は出来ない、暮らして行けないと。
きっとそう思うに違いない。
「うん!うちはあっちだよ!」そう言って、花は全力で家へと駆けて行く。
「父ちゃ―――ん!にゃぶが帰ってきたよ――――!」
花の父ちゃんと、母ちゃん。
膝から崩れ落ちて
にゃぶの帰りを喜んたのであった。
にゃぶがいなくなった寂しさは、皆同じだった。
口に出せない親の気持ちを、少しだけ理解した
正直者の花だった。
「マ―――オ」




