第二十二話 取り引き
―パタパタパタ
屋敷の中を駆ける音が響き渡る。
村崎屋敷の中は、移動するにも一苦労な広さである。
この広い屋敷の世話をする女中は、何やら急いでいる様子だ。
パタパタパタと駆けている。
女中は、ある部屋の前に着くと膝を付き息を整えた。
「旦那様、失礼します」女中は、小さく声をかける。
「あぁ・・お前のその足音はどうにかならんのか・・・耳に障ると何度言ったらわかる」部屋の中にいる村崎の旦那が返事をした。
「申し訳ありません」
「何の用じゃ、またうじ虫が集って仕方ない。その話しか?」ダルそうに聞いた。
「え、えぇ。そうなんですが・・・」
「ったく・・・。追い払ってよいと言っているだろう!いちいち確認を取るな!
話すだけで・・・どっと疲れてしまう・・」そう言って、咳をした。
「申し訳ありません。が、しかし・・・」女中は、困った様子だ。
「まだ、何かようか!」
「え、あの・・・今、いらした薬屋の方が・・・
旦那様のご病気を、今日中に治すと申しておりまして。
本当に追い返してよろしんでしょうか?」
「今日中に・・・?」どよめきが走る。
ところが、村崎の旦那はキッとするどい目つきになった。
―広い部屋。
布団が一枚引いてあるだけの、ただただ広い部屋。
弾はこの部屋に通された。
病気を一日で治すと言ったのは、弾だった。
静まり返っているこの広い部屋で、弾と村崎の旦那は向かい合って座っていた。
村崎の旦那はうさぎのように目が赤くなり、虚ろだ。
顔はげっそりと、どす黒く。
屋台の男が言っていた“死人のような顔”まさにその通りだった。
すると、村崎の旦那が口火を切った。
「我は、見ての通り病気だ。
いつからか、眠れなくなった。
よく覚えていないが、恐らく半年前から寝ていない。
今は食べる事するできない」村崎の旦那は力のない声で言った。
そして、話しを続けた。
「我を診た医者たちは数知れず。
貴重な時間と体力を奪っただけの、やぶ医者どもだった。
そして我は思ったよ。
人の苦しみを餌に湧き出てた、うじ虫どもはとても罪深い。
それ故、牢に入れてやった奴もおる。
おぬしも、薬屋だとか・・・?
今日中に治すと大口をたたいて、後に謝ってもただでは済まされない事。
わかっておるな?」
村崎の旦那は、脅しをかけて来た。
「えぇ」弾は一言だけ返事をした。
簡単に返事をする弾を、村崎の旦那は鋭く睨んだ。
「おぬしは、私の財がどれほどあるか知っておるか・・・?
おぬしが一生働いても、働いても、稼げぬほどの財だ。
見る所、おぬしはまだ若い。
若い頃と言うのは、おのれを強き者と錯覚するものだ。
若さほど愚かで、危険なものはない・・・」
すると、弾は村崎の旦那の話しを折った。
「あなたの財など興味はない」弾はさらりと言う。
「ハッハッハッハッハ綺麗ごとを抜かすでないよ、若者・・・
では何故、おぬしはここにいる?
噂を聞いたからだろ?財産を半分やる・・と。
だからおぬしはここにいる」村崎の旦那は終始笑った。
「確かにその噂なら聞いたが。
自分はあなたの病気を治す為ここにいる。
だが、あなたと言う人間をわざわざ助けに来たわけでも、財産が欲しい訳でもない。
ただ、おたくの坊ちゃん。
草之助坊ちゃんと、一つ取り引きをしましてね。
父上の御病気を治す代わりに、みかん色の猫を連れて帰ると・・・」
「猫・・・?」村崎の旦那は、にゃぶの事を覚えてはいなかった。
「少女に大事にされていた猫だ」弾は、呆れた顔で言った。
「あ、あぁ・・・あの太った野良猫の事か」
「野良猫ではない。花の大事な猫だ」
「ん・・・?
おぬしが申す所は・・・財ではなく猫と引き換えにという事か?っぷはっはっは」村崎の旦那は腹を抱えて笑った。
「困ったもんだ。我は、おぬしみたいな奴が一番嫌いだ!おぬしみたいな男が一番信用ならん」
すると弾は、また話を折った。
「薬をッ!
飲むのですか?飲まないのですか?
今日中に治す事は、約束する。
何せ旅の道中なもので、ゆっくりはしていられなくてね。
そろそろ決めて頂きたい」
村崎の旦那は、何か言い返してやりたい顔をしているが。
黙ったままだった。
何より、病気を治したいに決まっているから。
その様子を見て、弾は腰袋からいくつかの薬草を出した。
そして、いつものように楽しそうに薬を煎じ始めた。
村崎の旦那は、疑ってならない表情をしているが。
弾が煎じる薬草の香りは、病の根に届き始める。
次第に村崎の旦那は、薬を欲する自分に気が付く。
“おかしい・・・何かおかしいぞ!
この不思議な香り・・・何なんだ!
手が・・体が・・・勝手に動いてしまいそうだ
は、早くこの薬を飲みたい!”
すると、弾は言った。
「今、心臓の鼓動が激しくなっているでしょう。
あなたの命がこの薬を求めているという証拠」
村崎の旦那は自分の心臓に手を当てた。
その鼓動は、尋常ではない早さだった。
命が生きようとしている音だ。
村崎の旦那は手を当てたまま目を閉じた。
“ドクドクドク”と、耳にまで響くこの音を聞いて
心の中で思っていた。
“生きられるものなら、生きたい”と。
そして、弾は薬を作り上げた。
湯気が立つ、あつあつの不思議な茶。
「さぁ、これを」弾はそっと手渡した。
村崎の旦那は震える手で、早く早くとせがむ様に
一気に飲み干す。
薬は体の中を、どこまでも浸透し巡り始める。




