第二十一話 医者が集う理由
弾は屋台の男に聞いてみる事にした。
医者や薬屋が集う、その理由を。
男は驚いた顔で答えた。
「おっと、失礼。
最近じゃ医者か薬屋ばかりだからよ。兄さんのその連中の一人かと間違えちまったぜ!
いや、実はよ。今この町はある話しの事で持ちきりなのさ」そう言って男は辺りをチラチラと確認し、コソコソ話しを始めた。
「その話しってのがさ。
この町一番の金持ち、村崎の旦那が・・・何やら悪りぃ病気になったらしいとかで。
村崎の旦那つったらよ、ケチでうるさくて。
黄乃松で店をやってる奴なら皆大っ嫌いでしょうがねぇ存在よ!
でもよ、この町一番の金持ちだから、嫌われたら店はやってけねー訳だから。
ただ、いつからだっけな~・・・
顔色がどんどん悪くなって行ったっけなー
その頃から、より一層嫌なやつになって行ったよ!
何やら裏で悪りぃ事してるって噂がずっとあったからな。みんなは天罰が下ったって言ってら!ハハハ!」
屋台の男はコソコソと話しを始めた割には、どんどん声が大きくなって行く。
「それでよ~!
村崎の旦那、状態がすんごく悪いんだってさ。
最近は出歩いてないから知らねーけど。旦那を見かけた人が、言ってたよ。
死人みたいな顔してたってさ!
そいで、どーにも病気が良くなんねって事で。村崎の旦那が言ったんだ。
自分の病を治した者には、財産を半分やるってばさ!
それにはみんな、おったまげたもんだぜ!
それからさ!色んな国から医者がひっきり無しに来るようになったのは。
だが、いまだ旦那の病気は治んねーらしんだよ
しかしよ!村崎の旦那の財産の半分って・・・想像もできねーよ!すんごい額だと思うな~。
だけどよ命が助かりたくて仕方ねーってのに、財産半分って!
あの人の金の執着はただ者じゃねーな。普通何でもやるから助かりたいってすがるのが普通だと思ってたけどよ!ハハハハ~」
事情はよくわかった。
医者や薬屋が集う理由、それは村崎の旦那の財産を目当てにやって来た人間たちだと言う事。
弾はただただ、頷いて聞いていた。
しかし、この屋台の男よく喋る・・・
弾は心の中で思っていた。
「はぁ~疲れた。しかしよく喋る人だった・・・」ため息のように、弾は言った。
散々話しを聞かされ、やっと開放された。
「口から生まれて来たやつみたいだったな!」茶々丸はそう言って、屋台の男がくれた桜餅をビヨ~ンと伸ばしながら食べている。
そんなこんなだが。
二人はまたこの黄乃松を歩き始める。
弾と茶々丸は、風情のある石畳の道に差し掛かった。
この道もまた、他の道と雰囲気とは少し異なり落ち着いた空気が流れている。
「茶々丸、ここに立ち並ぶ木が全部桜の木だ。
石畳の桜並木、春はさぞ綺麗だろうな」弾は目を輝かせて言った。
「うん、桜を見ながら桜餅ってのも最高だな!」
「そうだな!」
そう言って、二人は笑った。
長い長い石畳の階段を上り、弾は息が上がる。
だが景色が綺麗だと苦にならない物だ。
階段を上り切ると、それはまた美しい景色が広がった。
さっきまで、歩いていた町が小さく見える。
上から見ると黄乃松という都が、いかに大きな都だという事がよくわかる。
大勢の人が行き来する様子もよく見て取れる。
そして、天狗と出会った神樹も見えた。
「なんか、赤鼻じーさんの出来事。遠い昔の事に感じる。この都に来てから色々あるな。
だけど、楽しい」茶々丸が神樹を見ながら言った。
「うん」弾は小さく返事をした。
そしてこの石畳の階段の先には、これはまた大きな屋敷が立ち並んでいた。
その中でもひときわ目立つ立派な屋敷がある。
真っ白で、堂々とそびえ立つ広大な建物。
黄乃松を代表するに、まさにふさわしい屋敷だ。
「恐らくこれが、村崎屋敷」弾は言った。
屋台の男が言っていた、この町一番の金持ち村崎の旦那の屋敷。
息を呑むほど美しい。
「すげー!こんな屋敷初めて見た!」茶々丸も目を輝かせた。
この屋敷へ近づいてみると、やはり“村崎家”と書いてあった。
「医者たちがこぞってやって来るのも疑わない」弾はしみじみと言った。
すると、茶々丸が何かを見つけた。
「おい、弾。あれを見ろ!まさか・・・あの大きな奴って・・・
あの子供が言ってた猫じゃねーか?」
茶々丸は指を差した。
村崎屋敷を囲む塀に太った猫がいた。
「これは驚いた!花が飼っているにゃぶじゃないか?」弾は猫をよく見た。
“あたいの大親友。みかん色の太った猫・・・父ちゃんが金持ちの息子にあげちゃったんだ!”
木の上で、悲しげな顔をしている少女、花。
花がそんな話しをしていたっけ。
弾は思い出していた。
みかん色に太った体。
ムスとした顔でこっちを見ている。
間違いない、きっとにゃぶだ。
弾はにゃぶに近づいた。
「おい!待て待て待て!
俺はねずみだぞ!猫が大嫌いなんだ!」
そんな茶々丸の言う事など気にせず、弾はにゃぶの元へ。
「お前がにゃぶか?花がお前に会いたがっていたぞ」そう言って、頭を撫でた。
「マ――――オ」にゃぶは大きな声で鳴いた。
「確かに、相手が村崎の旦那では・・
花の父もにゃぶを渡すしかなかった・・・その事情も理解できる」弾はつぶやいた。
茶々丸は懐の中で、カタカタと歯音を立て震えていた。
と、その時。
人が転ぶような音がした。
弾は辺りを見回した。
すると子供が倒れていた。
「痛い!」
どうやら、竹馬の練習をしていたようだ。
よくみると、いかにも金持ちそうな坊ちゃんだ。
まさかと思い、弾はその坊ちゃんに話しかけた。
「竹馬か、俺もかなり練習したもんだ。君はここに住む坊ちゃんかい?手から血が出ている、手当をしてあげるよ」そう言って、弾は荷物から薬を出した。
坊ちゃんは、返事をせずに弾の手当を黙って受けていた。
「君は恵まれているね。君と同じくらいの年の時、両親を亡くしたから。
竹馬もいつも一人で練習していたよ」
男の子は、黙ったままだった。
「あの太った猫は、君の猫かい?」弾は話し続けた。
すると坊ちゃんは小さな声で質問してきた。
「・・何で死んだの・・・?」
「ん?両親の事かい?
母は病気、父は事故で亡くした。君の両親は生きているんだろ?とても恵まれている事だよ」
「・・・・」また黙り込んでしまった。
「お父様は、御病気だと聞いたが。今も様態は悪いままなのかい?」
「・・・・」
無暗に病気の事を聞いても、傷付けてしまう。
弾は荷物を背負いその場を離れる事にした。
「では、気をつけて練習を」
すると、また坊ちゃんは小さな声を出して言った。
「死ぬってよ」
「ん?」弾は眉間にシワを寄せた。
「少し前に来た、医者さんが父上はもう長くないって・・・」
坊ちゃんはそう言って、また竹馬に乗った。
表情も変えずに言う姿は痛々しく見える。
「父上は・・どんな病気なんだい?」弾はすかさず質問した。
「寝られない病気・・・ずっとずっと寝てない」
「寝られない・・病気か」
「だから、父上はいつも苛ついてて・・・。
だから、母上もいつも怒ってる。
だから僕はいつも一人で竹馬を練習している。恵まれてなんかない
あと・・・あの太った猫。
暇だから連れて帰って来ただけ。
格好悪い見た目だから、いらないけど」相変らず表情一つ変えやしない。
弾は少しの間、考え込んだ顔をしていた。
そして、何か閃いたようだ。
「なるほど・・・。
病気の事、詳しくわかったわけではないが。
では、坊ちゃん。
ここで一つ、俺と取引をしないかい?」
そう言って、弾は不適に微笑んだ。
一体何を閃いたのだろうか。
小さな坊ちゃんとの、小さな取引が始まる。




