第一話 すべてを知る旅へ
ある小さな部屋の中
親子はいつもと変わらない会話をしていた。
朝の光がまだ白く感じる早朝
身支度を済ませた父は、息子に話しかける。
「弾、今日も父さんは薬草を取りに行かなきゃならないんだ」そう言って荷物を背負った。
「うん!」
弾は一人の時間に慣れている様子だ。
真っ黒な髪をしたこの小さな少年は、どこか冷めているような雰囲気を持っている。
「土産を買って帰って来るからな!夜は絶対に外へ出歩かないように」
「うん!」
「いつも、お前を一人にしてすまない。だが、お前はもっともっと強くならないといけないんだ!」
「わかってる。いつか話す事があるんでしょ?」またその話し?と言った顔する。
「そうだ!お前がもっと一人前の男になったら、いずれ話さなくてはいけない事がある・・・
現実を知り、現実を受け止め、決断しなくてはいけない時がくる!」
「なんで、今じゃダメなの?」
「ん・・・物事には順序という物があるからな。
例えば、もし父さんが素晴らしい薬を作ったとしても。
薬の効能を知らない人には、ただの苦いだけの物に感じる。
それと同じで、今お前に話しても、どれほど大きい事かまだわからない。
きっと残酷にしか聞こえない。
深い真実を見抜く力を付けた時必ず話す。
だから、たとえ母さんが居なくても。
お前が人間とは違くて、忌み嫌われたとしても。
お前は強くならなくてはならない!
その時を、じーと待つんだ」
「うん!」
そう言って父は弾の頭をガシガシと撫でた。
「お前の目は母さんにそっくりだ、すべてを見通すような澄んだ目をしている」そう言って微笑んだ。
ー父は玄関先で見送る弾に手をふり、薬草取りへと出かけて行った。
何も変わらない日常の風景だった。
この会話が最後になるなんて事は、二人は想像もしていなかった。
数日経ったいつかの夕暮れ時。
弾はいつも通り父の帰りを待っていた。
父が数日、家を空けるなんて事はよくある事。
部屋の中は夕焼け色に染まっている。
弾は一人遊びをしていた。
―しかし、何故だろうか。
家の外が何だか騒がしい、いつも違う雰囲気を感じた。
すると近所に住む大人たちが、弾の家へとぞろぞろとやって来てた。
そして、一言こう放った。
「あのね、あんたの父さん・・・事故で亡くなったって・・・」
「あ、あんた・・・まだ小さいのに、残念に思ってる
なんか困った事があったら、いつでも相談しに来なよ
えっと・・・
ごめんね、おばちゃんたちね、お金持ちでもないからさ
あんたの面倒は見れないんだ・・・悪いね。
あっあ、そうそう。
これ、あんたの父さんが持ってた荷物だよ」そう言って、父さんが使っていた、腰袋と本を渡された。
弾は、訳が分からなぬまま荷物を受け取った。
大人たちの綺麗ごとなど、まったく耳には入らず
頭が真っ白だった。
大人たちは伝える事だけ済ませると、蜘蛛の子散らすように早々と帰って行った。
外からは近所の人たちの、冷たい言葉が聞こえてくる。
「うちは、無理さ。はっきり言ってあんな不気味な子・・・目を見るだけでぞっとするよ」
「呪われてるんじゃないかね・・・いつだって、あの子の周りにはカラスがたかってさ、おかしいと思わないかい?
今回の事故だって、あの子のせいだったり」
「やめろ!それは言い過ぎだ。そこまで子供のせいにするべきじゃない」
「じゃ、あんたあの子の面倒みたらどうだい?綺麗ごとじゃすまない話なんだよ」
「そ、それは、うちだって・・・」
心ない言葉に耳をふさいだ。
「父さん、嘘でしょ・・・
死んだって絶対嘘だ
何で一人にするんだよ
これから、どうすればいいだ
僕に話す事だって、あるんでしょ?
お願い・・・帰ってきて・・帰ってきてよ
何でもするから帰って来てよ・・・」弾は膝を抱え、震えて泣いた。
泣いて泣いて泣きまくった。
小さな子供には、残酷すぎる現実だった。
だが虚しく、孤独な時間は過ぎて行く。
弾は数日経っても、部屋の中一人で膝を抱えていた。
町には冷たい人ばかりではなく、弾の父が亡くなったと聞いて
果物や米を置いていってくれる人もいた。
弾はそれを無心で食べていた。
ただ、何とか生きている
しかし、弾に寄り添ってくれる人は誰もいなかった。
誰も寄せ付けぬ「何か」を弾は確かに持っていた。
そんな自分を子供ながらに理解していた。
“自分は普通の人とは違う”っていう事を。
月日は早々と過ぎ。
ほんの少しだけ、気持ちが落ち着いたある日の事。
近所の人から渡された荷物を手に取ってみた。
父さんの遺品だと渡された、腰袋と本だ。
五行の書と書かれた本。
これは父さんがいつも読んでいた本だ。
ペラペラとめくってみる。
“薬の作り方か・・・なつかしい”
いつだって薬を作っていた
父の背中を思い出す。
すると、あるページに目が止まる。
「夢薬?」
夢薬の作り方が書いてあるページだ。
「父さんが作りたがっていた薬だ。
確か、夢の中で病を治す薬だっけ?
夢物語のように真実を映し出すこの薬
”明鏡の絵空事”っていうんだっけ。
人間の父さんには作れない薬だって言って」
そしてまた、ペラペラと本をめくる。
一枚破り取られたページがある。
今まで何とも思っていなかったこの本が
今は父を近くに感じられる、大事な物に思えた。
ーそしてまた、あるページで指を止める。
”真実の実《しんじつのみ》”
何故だろう
心がザワザワした
やけにこのページが気になる。
「五つの、信実の実。
この実を探し集め、夢薬を作るならば
深く広い、海たる智恵が具わる薬と成るだろう
その実を服せば、霧迷う道も明白となり
その者の知りたき事、すべて知る事となる・・・
これまさに、明鏡の薬」
弾はこの文に目が釘付けとなり、何度も読み返した。
”その者の知りたき事、すべて知る事となる”
この、言葉に心が動く。
「これって・・・
この実を、手に入れれば・・・何でも知る事ができるって事だよね?
だったら・・・だったら
父さんが僕に伝えたかった事、知る事ができる
そう・・だよね?」
弾の目は、再び息を吹き返す
父が生きていた頃のように
いや、それ以上に目に魂が宿ったかのようだ。
「この実を・・・探そう
そうだ、この実を絶対に見つけるよ!
父さんの言葉を
必ず手に入れる」
そう言って、弾また大粒の涙を流した。
だが、今までの涙とは違う
辛くても頑張ってみる、そう思った涙だった。
父の遺品
それは弾に一筋の光を与えた。
まだまだ、泣く日は続いたが。
あの書物を読んでから、弾は変わった。
それからと言うもの、小さな体で、薬草取りと薬作りの勉強を始めた。
ガッシャン、ドッカンと
大きな音をたてながら薬作りに取り組む毎日。
まだ7つ、8つほどの、小さな子供である。
失敗ばかりだ。
薬草取りでは、色々な場所から転げ落ちては怪我をした。
そんな弾の姿を
時より、窓の隙間から見知らぬ妖怪が覗き込んできた。
「今日もやってるね~
アイツ一体なにやってんだ?」妖怪たちのコソコソ話しをしている。
~流星祭りの夜~
この地域の名物に、流星祭りという物がある。
沢山の星が流れ落ちる
それはそれは、素敵な真冬の夜だ。
町中には大勢の人が集まり、祭り事が始まろうとしている。
弾は高い松の木の登り、祭りを見渡していた。
父が亡くなってから月日が経ち、少し大人びた姿となっていた。
祭に訪れる、家族をうらやましそうに眺めている。
手が冷たくて、ハァ~と息を吐き自分の手を温めた。
「ヘックション!!」くしゃみをして、松の木から落ちそうになる。
カラスが心配して、近くへ飛んできた。
「ヘヘヘ!危なかった!落ちないように気をつけるよ」そう笑って、カラスを撫でた。
ーその時、人々が叫び始めた。
夜空に、無数の流星が現れ始めたのだ。
「見て見て~流星だよ!」祭りに来ている人たちが騒ぎ出す。
「なんて綺麗なの」町中が歓声に包まれた。
次第に空を覆い尽くすほどの流星群が空を駆け抜けた。
流星で空は、昼間のように明るくなった。
「わーッすごい!」弾も目を輝かし空を見上げた。
ー指差で星をなぞる。
「お前たちは、どこまでも行くんだね!
いつか、ぼくも、旅に出るよ
この国を出て、知らない大きな世界を旅するんだ
五つの信実の実を探しに、どこまでも、どこまでも!」
夢に満ちた弾の目はキラキラしていた。
”一点の曇りもない
明鏡に写すが如く
すべてを知る旅へ出るんだ”
~数年後~
風が強く吹く秋。
空は遠くどこか寂しい空だが、見事な晴天。
風がふくたびに、パラパラとめくれる本
パタンと閉じて、荷物に入れる。
「少し荷物が多いかな?」独り言をぶつぶつと言いながら、あれこれと詰めて行く。
「っしょ!」荷物を背負ってみる。
「うーん、やはり重いか・・・」重さをかみ締めるが、荷物を減らす様子はない。
「おっと、大事な物を忘れていた」そう言って、父の形見である腰袋を付けた。
大きな荷物に、腰袋を付け、菅笠を被ったその姿はまさに旅人。
弾は立派な青年へと成長していた。
相変らずな黒髪、透き通るような澄んだ目は変わっていない。
ついに、旅へ出る時が来たようだ。
しばらく帰ってこないこの部屋をゆっくり見渡した。
父と過ごしたこの家、一人でここまで乗り越えてきたこの家。
しばらくお別れだ
部屋の中はいつもと同じままだが、いつもより静かに感じた。
「行ってきます」
弾は旅へと歩き出した。
果てしなく広がる麦畑。
ずんずんと進んで行く。
すると、またどこかの妖怪がつまらなそうにつぶいた。
「アイツ、行っちゃったな~」
その妖怪は、小さくなって行く弾の背中をいつまでも見ていた。
見送っている者がいるなど、弾は想像もしていなかった。
“一点の曇りもない、明鏡に写すが如く、すべてを知る旅へ出るんだ
心の中で、つぶやいた。