第十八話 真実の実
天狗はただただ泣いていた。
礼が言いたくても、嗚咽が出そうで言えない。
ましてや、重なる奇跡を与えてくれた弾になんて礼をすればいいかわからなかった。
小包に入ったままの苗を見て、ただただ泣いていた。
弾は苗を開けて見せた。
「めったに手に入る物ではない。
たまたま風変わりな人間が、神樹の苗を売っていた。
買っておいて本当によかった」弾は苗を見ながら言った。
神樹の苗は、何だかキラキラして嬉しそうに見える。
「こ、これをワシにくれるのか?
神樹の苗なんて、長生きのワシでも見た事ないわ
こんな貴重な物を本当にもらっても良いのか?」
天狗はヒックヒックとしゃっくりしながら言った。
まるで大泣きした後の子供のようだ。
「あぁ!荷物が増えるだけだから、持ってけよ!」茶々丸が言う。
「お前が言うな!」まったく、さっきから何様なんだ!そう弾は思った。
すると天狗は涙をガシガシと拭き、精一杯の明るい顔を見せた。
「なんて礼をしたらいいか・・・
ワシは今・・・奇跡に遭遇した!
人生捨てたもんじゃないわ!ハハハ!
とりあえず、出来る限りの礼をさせてくれ!」
そう言って、弾と茶々丸に土下座をしてみせた。
「ありがや――――!!!ありがや――――!!!」神にでも拝むように、土下座をして見せた。
「礼などいい。傷が開いてしまう!安静に!」弾は言った。
しかし、また続ける。
「ありがや――――!!!ありがや――――!!!」より激しさを増し土下座をする。
「どうか、安静に!!」
弾が強く言っても、天狗は聞かない。
「ありがや――――!!ありがや――――!!!ありがや――――!!!!」
「やめなさいッ!!!」弾は怒った。
面倒臭い赤鼻じーさんだと、弾と茶々丸は思ったが。
元気が出たようで良かった。
―別れの時。
天狗の傷は癒えたと言ってもあれほどの大怪我をした。
だが、すぐにでも天狗谷へ戻り
神樹の苗で、一族の回復を急ぎたいとの事だった。
ダメだとは言えない。
無事に帰り、天狗谷が復活する事を願うばかりだ。
「では、赤鼻じーさん。急ぐ気持ちはわかるが。
くれぐれも無理をしないように帰ってほしい」弾は言った。
だが無理をするだろう、そう思った。
「ワシを見て、危なっかしい、また無理をするだろう。
きっとそう思うじゃろう。
だが、助けて頂いたこの命は大事にする。
約束するよ。
それと、弾よ。
北の国へ戻った時は絶対に天狗谷に来てくれ!改めて礼がしたい」天狗はとても明るい笑顔で言った。
「是非、行かせてもらいます。伝説の天狗谷だ、一度は言ってみたい」
天狗と出会った、大きな神樹の前で別れの挨拶。
「弾は薬を作っておると言ったな、勉学の為旅をしとるのか?」
「もちろん、見た事のない薬草を学びながら旅をしている。
だが、旅に出た理由はただ一つ。
知りたい事がある、それを知る為に旅をしている」
「知りたい事??
と、言うと?」天狗は興味深いように聞いた。
「信実の実を探している・・・
死んでしまった父の言い残した言葉を知る為に・・・
実を探し、旅をしている」
「信実の実・・・なるほど、なるほど。
そう言う事か」天狗はやけに納得したように言った。
「真実の実を知っているのか?」弾は聞いた。
「えっ?真実の実ってなんだ?」茶々丸はこの話しを初めて聞いた。
「“深く広い、海たる智恵が具わる信実の実
その実を服せば、霧迷う道も明白となる”ってか!」そう言って天狗は空を見上げた。
「はー?何言ってんだ?」茶々丸には訳がわからない。
「信実の実、それは決して知る事ができない事を知る事ができる実の事なんじゃよ。
おぬしの友達は、その伝説の実を探している。手伝っておやり」天狗は優しい目で、茶々丸を見た。
「おい、弾!何でそんな大事な話を黙ってたんだ!」茶々丸は少し怒った。
「信実の実は伝説の実で、実際あるという確信はなかったからな」弾は困った顔をした。
すると、天狗は一つ咳払いをして言った。
「若者たちよ・・・聞きたまえ!
信実の実は、あ――――るッ!!!」
天狗は声高らかに言ったが、弾と茶々丸はポカーンと黙って見ているだけだった。
「あると言っておるんじゃ。もう少し驚きたまえ!」
すると、茶々丸は素朴な質問をした。
「何で知ってんだ?見た事あるのか?」
すると天狗は、もう一つ咳をして声高らかに言った。
「な――――――いッ!」
何故か、自信ありげに言う天狗であった。
「あぁ・・・面倒くせ。またふざけてるんだったら、俺たちもう行くからな!
風呂入りたいんだよ!
赤鼻じーさんの血がべっとり付て、自慢の毛並みがパサパサなんだよ!」茶々丸は自慢の毛並みを触って見せた。
「ハハハ!そうじゃったな、看病してくれてありがとよ、ネズミくん。
だが・・まぁまぁ。聞きたまえ。
ワシの話しをもう少しだけ。
天狗の世界に伝わる、大事な話しをここで伝えておきたい。
ワシたち天狗が、真実の実の存在を心から信じる理由じゃ。
見た事だって、触った事だってない、だが真実の実を大事に思っとるその訳を」
そう言って、天狗はある不思議な話しを始めた。