第十六話 弾の作戦
天狗を切った弾。
不穏の空気が流れていた。
「おい、カラス。なんのつもりだ?」カムイは首をゴリゴリと鳴らし、ダルそう言う。
弾は冷め切ったような目で睨み、一言答えた。
「何となく・・・お前の好きにはさせたくなかった・・。それだけだ」
「ふふ、まーいい。殺す手間もはぶけた事だ。
しかしお前というのは昔から掴み所がないやつだ。
そうゆう所が昔から虫唾が走って仕方ないんだよ。
一つ言っておくよ・・・
俺の邪魔はしない方がいい。
俺はお前を殺してやりたい、そう思っている
その機会をずーと待っているんだ。
その事をよく覚えておけ」そう言って、笑った。
「ではな、黒き友人よ~」そう言うとカムイは、ふわっと風のように消えた。
弾は、心を研ぎ澄ましカムイの気配が消えた事を確認した。
すると、大声を出して慌て始める。
「ぬぉぉぉぉー!!おっおい、茶々丸急いで赤鼻じーさんの服を脱がせるんだ!」そう言って、慌てて荷物をあさる。
「なんだ!なんだ!なんだ!なんだ!」茶々丸は訳がわからず、あっち行ったりこっち行ったり、慌てている。
「服を脱がすんだ!傷の手当をする!」茶々丸を落ち着かせるように、もう一度言った。
「何なんだよッ!いきなり切り付けたり、手当したり!訳わかんねー!
つーか!すげー血が出てる!うわぁ痛そうだ~!!!だだだ大丈夫かこれ!」
弾は手早く、手当てを始めた。
傷を水で荒い、何らかの葉を傷にすり込んだり、塗り薬をぬったり。
茶々丸も血まみれになりながら、賢明に手伝った。
“頼む、助かってくれ”二人の心はこの言葉だけだった。
そして天狗の傷口からは血が止まり、何とか命は助かった様子だ。
少し安心した瞬間、どっと疲れを感じた。
「茶々丸、驚かせてすまなかった」弾は謝った。
「心臓止まるかと思ったぞ。赤鼻じーさんを死んだ事にしようと思ったのか?」疲れきった茶々丸は寝そべりながら言った。
「あぁ。小刀には、白火の村という所で見つけた穀の実を塗っておいたんだ。
その実は、とても早く傷口を癒すと言われている。
誤って小刀で指を切った時の為に、塗っておいたんだ。
だから、多少赤鼻じーさんを切っても助かると思ったんだが・・・
切りすぎたようだ」弾は参った顔をした。
茶々丸と出会う少し前、白火の村で見つけた穀の実。
こんな使い方をするなんて思わなかった。
「なるほどな!そうゆう作戦だったか!
でもよ、天狗を切ったのは初めてなんだろ。
その割には、ギリギリ良い感じで切れてたと思う!落ち込むこたねーよ!
なんかすげー疲れたけどさ」茶々丸なりの慰めの言葉。
「あ、ありがとう・・」
「話しは変わるけど、弾、カラスだって話しは本当なのか?まさか・・・うそだろ?」茶々丸は、じっと弾の顔を見て言った。
「本当だ。見てわからないのは茶々丸くらいだろ」弾は淡々と言った。
「えー!!??どゆ事?」茶々丸にとって、にわかに信じがたい。
「目だよ。
人間でも、獣でも、妖怪でも。
誰もがカラスと目を合わせる事を嫌う。
恐ろしい事だと、皆は言う。
目を見れば、カラスだとわかるんだ」弾は茶々丸の目を見ずに話した。
“本当だ。カラスの目だ”そう思われるのが少し怖かった。
けれど、茶々丸は弾の目をじっと見た。
じーと、じーと見た。
「・・・・・
んー・・・ん?
わかんねーよ!!!わかるわけねーよ!!!アハハハ!!
本当にわかるやつなんているのか?気のせいだろう!」茶々丸は大笑いをした。
茶々丸のその反応に、弾は一瞬驚いたが一緒に笑ってしまった。
―知らず知らず、目を見られる事を恐れていた。
だけど、そんな事。
一瞬で茶々丸が笑い飛ばして
くだらねー事だって、思わせてくれた気がした。
「おい、弾!俺を食う気じゃねーよな!」茶々丸はジロッと睨む。
「俺は美食家でね、ねずみは食わん」弾は嫌味で返事をした。
「まったく気取ったやつだぜ!」弾と茶々丸は、また笑った。
疲れた二人は、大の字に寝転んで空を見上げた。
さっきまで宿を探していたはずの二人。
色々ありすぎて、すっかり夜になってしまった空は満点の星がキラキラしていた。
―ほら、やっぱり。
弾は何だかんだ優しい奴だ。
少しだけ、ほんの少しだけ、弾を疑ってしまった。
天狗を切った時の冷たい目、すごく怖かった。
だけど、いつもの弾の目は優しい。俺にはそう見える。
カラスの目は恐ろしいなんて、誰が言ってやがるんだ。
この日の夜は、焚き火を起こし野宿となった。
天狗が回復するのを待つ。
“意識が回復したら、これを赤鼻じーさんに渡そう”
弾は荷物から、小さな小包を出した。
何か作戦があるようだ。
遠い目をして、何か考えている。