急転
ここから一気に物語が動き始めます。
「未だに私のことを“さん”付けなんですね」
「ん? 何か不満なことでもあるの鏑屋さん?」
昼食時。
お揃いのAセットを食べている鏑屋さんが思い詰めた様子でそうポツリと漏らしたのでボクは首を傾げる。
「そう“さん”付けされると壁を作られている感触があるんです」
「うーん……そうは言ってもね」
元々はそういう約束で付き合い始めたはずだったけど。
ボクがそう苦笑を浮かべている間にも鏑屋さんの文句は続ける。
「時宮先輩。私達って恋人同士ですよね?」
「条件付きだけどね」
「なら、もう少し歩み寄っても良いんじゃないでしょうか?」
「アハハ」
鏑屋さんの詰問にボクは曖昧に笑ってごまかす。
鏑屋さんに悪いけれど、ボクは鏑屋さんどころか身内以外だと誰も信用しないよ。
血の繋がっていない他人は裏切る。
だからこれ以上距離を詰めようとは思わないね。
だからボクはキツ目な口調で。
「鏑屋さん、ボクがそういう人間だということは知っていたと思うけど」
尋ねられたら受け答えはするけど、自分からアクションを起こすことは無い。
良くも悪くも優等生というのがボクの学校での立ち位置だった。
「……それじゃあ聞きますけど、時宮先輩にとって私はどう見えます?」
「元気一杯な女子生徒」
「いえ、そうじゃありません」
ボクの答えに満足していないのか、鏑屋さんは首を振って。
「私のことが好きですか?」
そう問いかける鏑屋さんの瞳は真剣そほものだ。
具体的に分類するなら怒り五割不安四割そして哀しみ一割というところか。
さて。
この質問をしたということはおおよそ答えが出ているのだろう。
なら、それに対する答えを出そうか。
アブノーマルな恋をした鏑屋さんに対して引導を渡そう。
ボクは手元にあった紙コップを口に運び、喉を潤した後に口を開く。
「……目、覚めた?」
ボクの言葉に鏑屋さんはハッと目を見開く。
「鏑屋さんがいくら好きだと言ってもボクが鏑屋さんに応えることは無いーーその事実に気が付いた?」
それが現実。
確かに鏑屋さんは数ある人の中で比較的高い位置にあるけどそれだけだ。
これ以上は上がらないし、好きになることなどあり得ない。
その現実にようやく気付いたのかと、ボクは聞いた。
「それじゃあ……何で私の告白を受け取ったんですか?」
ポツリと呟いた鏑屋さんの問いかけにボクは一言。
「馬鹿兄――いや、進義兄さんの小説に役立つと思ったからね」
「――っ!」
皆が驚く程の強さで両手をテーブルに叩きつけた鏑屋さんは立ち上がる。
「最悪です!」
鏑屋さんはそう捨て台詞を残し、食堂を去って行った。
残されたボクは一口カツを箸で弄びながら。
「……ボクは予めそう伝えていたはずなんだけどね」
ボクの中にそんな記憶があることから、ボクは正しいと考えていた。
それが鏑屋さんの恋の結末。
同性が好き合うというアブノーマルな関係は実らずに終わった。
ボクとしては、バカ兄貴の小説の材料とするという当初の目的は達成できたから言うことはない。
夏姉はこれを機に友人を作ってほしかったようだけど、それはまた別の機会にとしてほしいね。
と、ボクはこれで終わりと考えていた。
しかし、ボクはある存在を失念していた。
それは鏑屋さんを紹介した観真坂さんのこと。
彼女は鏑屋さんを大事に思っていた。
その事実をボクはこの後、嫌というほど思い知ることになった。
観真坂理恵が主人公に対してあんな態度を取ったのはここから先への伏線だったんでした。