観真坂涼子からのアドバイス
「さとりんさとりん」
「ん? どうしたの観真坂さん」
授業と授業の合間。
次の時間は移動教室でないので皆が思い思いの時間を過ごしており、ボクもその例外でなく教科書を広げて今日の授業の範囲を再確認していた。
「今回は観真坂さんまで回ってこないからノートを見せる必要が無いと思うけど」
ちなみに勉強があまり好きでなく、宿題もしょっちゅう忘れる観真坂さんはよくボクに助けを求めていた。
「アハハ、いつも感謝してます時宮様。でも、私の用件は理恵ちゃんのことよ」
「鏑屋さんのこと?」
観真坂さんの言葉にボクは眉根を寄せる。
「鏑屋さんを困らせるような真似をしていなかったと思うけど」
むしろボクが困らされていたよ。
と、ボクのそんな懸念を読み取ったのか観真坂さんは大仰に首を振って。
「違う違う。それどころか理恵ちゃんは喜んでいたよ『時宮先輩は優しい』って。私が言うのもなんだけど、あの理恵ちゃんの傍若無人ぶりを笑って許せるなんて……いやあ、さとりんって懐が大きいよ」
……バカ兄貴の言動と夏姉のおちょくりに比べたら鏑屋さんの我儘なんて可愛いものだよ。
思わずそんな言葉が出かけたのでボクはありったけの力を振り絞って呑み込む。
その際のボクの表情が変だったのか観真坂さんは心配そうな表情を作ったので、ボクは何でもないというように愛想笑いを浮かべる。
「だから、そんなさとりんに理恵ちゃんの極秘情報を教えるよ」
気を取り直した観真坂さんはそう言って口を寄せてくる。
「あのね、理恵ちゃんは元気そうだけど結構繊細なの。だからどんな時でも明確な拒絶は駄目だし、かといって上の空で返事をするのもNG。何せあの子って人がどう思っているのかある程度予想することが出来るよね」
「それは扱いが難しいね」
ボクはそう唸る。
今はともかく、疲れている時にあのテンションでぶつかってこられると誠意ある対応が取れる自信が無い。
そうなった場合、少なからず鏑屋さんを傷つけてしまうだろう。
と、そんなボクの心境を察したのか観真坂さんは気にしなくて良いと言わんばかりに笑って。
「大丈夫大丈夫。その時は微笑みを浮かべながらやんわりと首を振ると理恵ちゃんも分かってくれるから」
「へえ、そうなのか」
それは良い情報を得た。
機械があれば試させてもらおうかな。
「ちなみにこの手法は勧誘を断る時でも使えるわよ。まあ、勧誘を無視をすることに心が痛まないのなら使用する必要はないわね」
「ありがとさん」
観真坂さんの知恵に対してボクは素直に礼を述べた。
「時宮先輩、私のために部活が終わるまで待っていてくれたのですね!」
放課後。
完全下校の時間帯に校門の前で佇んでいたボクに感激の面持ちを浮かべながら鏑屋さんが近づいてくる。
「しかし、時宮先輩の時間を削るのは少し嫌ですね」
迷子の子犬が親犬を見つけたかのような表情を浮かべていた鏑屋さんだけど、ボクの数歩手前まで近寄ると一転して申し訳なさそうに縮こまる。
そんな鏑屋さんにボクは苦笑を浮かべながら。
「なあに、ずっと図書館で勉強していたから鏑屋さんが気を揉む必要は無いよ」
内の図書館は完全下校ギリギリまで開いているので待つ場所には最適だ。
それに静かな環境ゆえに予習復習がはかどるはかどる。
いやあ、良い勉強場所を見つけた。
これから暑くなるので自宅でクーラーを付けるぐらいなら、ここで過ごさせてもらおうかな。
「勉強ですか……試験は後一ヶ月後先なのに時宮先輩は勉強熱心ですねえ」
勉強熱心。
その言葉を聞いたボクは違うとばかりに首を振って。
「勉強熱心というより他にやることがないからかな。まあ、他にも料理や掃除もやっているけど、勉強みたいにそれほど時間をかける必要が無いし」
「え? それってつまらなくないですか?」
「んー、ボクとしては退屈だと感じていないよ」
勉強が出来れば褒められるし、料理や掃除にしたって行うことで喜んでくれる人がいる。ボクからすればそれだけでやる価値があると考えているのだけど、鏑屋さんはボクと少々違う意見の様だ。
腕を組みながら唸っている。
「時宮先輩。もしかしてあなたは趣味とかはお持ちですか?」
「趣味か……あえて挙げるなら料理と掃除かな」
「じゃあ聞きますけど、時宮先輩は週末をどう過ごしていますか?」
「一日中掃除、または勉強」
他にも週末に作る料理は平日より手間暇をかけ、本場の食材を使っているから自惚れかもしれないけど絶品だよ。
そのせいか週末に生徒会役員や文芸部員が訪れる確率は高くなっていた。
「……そうですか」
全てを聞き終えた鏑屋さんは目を閉じて大きく深呼吸をする。
「前々から勘付いていたのですが、どうも時宮先輩は女子高生らしくないですねえ」
「まあ、そうかもしれないね」
そこは認めざるを得ないので頷く。
けど、改めようとする気は全くないけどね。
「決めました! 時宮先輩、今度の週末遊びに出かけましょう!」
「え?」
鏑屋さんの突然の宣言に困惑するボクだけど、鏑屋さんの言葉は続く。
「どこの世界にそんな地味な休日の過ごし方がありますか! 断言できます、時宮先輩は人生の九割を損しています!」
「九割は言いすぎじゃないかな?」
ボクはそう突っ込むのだけど鏑屋さんは聞いちゃいない。
観真坂さんは、鏑屋さんは繊細だと言っていたが、本当に繊細なら近くの通行人からの注目を集めてもなお堂々とすることなど出来やしないだろう。
「鏑屋さん、突然そんなことを言われても不可能だよ。色々と調整があるから少なくとも来週以降に――」
「なので時宮先輩! 明後日の日を空けておいて下さい!」
ボクの抗議を全く聞かず、周辺の通行人の注目を集めた鏑屋さんは堂々と宣言した。
……観真坂さん、鏑屋さんのどこが繊細なの?