食堂での会話
大変に遅くなりました。
申し訳ありません。
啓明高校の食堂は最近改修したこともあって清潔な印象を与える。
生徒を誘う思惑もあってか、食堂は高校生が使う場所というよりもおしゃれに興味がある社会人が利用する場所と表現した方がしっくりきた。
で、ボクはそこで何をしているかというと。
「時宮先輩、あーん」
「……鏑屋さん、ボクはどこから突っ込んで良いのか分からないよ」
自前の弁当からおかずを箸で掴んでボクの口に運んでくる鏑屋さんを見たボクは泣き笑いの表情を作った。
「鏑屋さんはボクと同学年だったよねえ?」
ボクと同じ色のスカーフを着用しているので間違いはない。
そしてボクは留年していないし、鏑屋さんも飛び級で来たわけじゃないから同い年のはずなんだけど。
「時宮先輩、言ったはずですよ。私は三月生まれなので時宮さんの方が年上です」
「それは……まあ、そうなるけど」
ボクは六月生まれだから厳密に言うと鏑屋さんの言う通りになる。
まあ、そう言い切るのなら揚げ足を取らせてもらおうかな。
「それなら他の人にも“先輩”を付けるべきだよ」
それがまかり通るなら大部分の一年に敬称を付けるべきだろう。
さて、鏑屋さんはこの意地悪な質問にどう返すのか。
ボクは興味深げに鏑屋さんの言葉を待っていたのだけど。
「アハハ、細かいことは良いんですよ」
「……」
正面突破されたのでボクは沈黙するしかなかった。
「だからハイ、あーん」
「……まだやるの? それ?」
会話が途切れたと思ったら再度鏑屋さんがおかずを差し出してくる。
「当然です、何せ恋人同士なのですから」
「いや、恋人じゃないよ!? お友達だよ?」
規定事項の様に胸を張る鏑屋さんに思わず大声を上げるボクに鏑屋さんはあっけらかんと。
「似たようなものじゃありませんか」
「いや! 大きく違うから!」
鏑屋さんの言葉に思わず叫んでしまう。
「友達は気易い仲! 恋人は将来を誓い合った仲なんだよ!」
そうボクは捉えていたのだけど、鏑屋さんは何故か大きく目を見開く。
「? 何か変なことでも言った?」
ボクは何か失言したのだろうけど、残念ながら思い当たる節が無い。
すると鏑屋さんはハッと気付いた後に首を振って。
「いえ、時宮先輩の真面目さに少し驚きまして」
「え?」
どうしてボクをそんな生温かい眼で見つめてくるのか分からず、うろたえてしまう。
「これは想像以上の堅物ですねえ、苦労しそうです」
「だから何が?」
ボクは鏑屋さんにそう聞き返すのだけど彼女は何も答えず、ただ微笑んでいた。
……何か鏑屋さんに負けた気がする。
悔しい。
「と、いうことがあったんだ。どうして鏑屋さんはあんな表情したのだろう」
「……悟、お姉ちゃんは複雑な気分よ」
「夏姉、それってどういう意味?」
何かおこちゃま扱いされているようで気分悪いんだけど。
自宅。
今日鏑屋さんと何をしたのか全てを聞き終えた夏姉がそう感想を漏らす。
夏姉は生徒会があるはずなのだけど、今回の事の顛末が聞きたいとかで早退してきた。
それで良いのか生徒会。
「大丈夫よ、火急の用事なんてしばらくないし」
夏姉曰く、六月はそんなに忙しくないらしいので生徒会は開店休業の状態とのこと。
そして夏姉の隣に座っているバカ兄貴は黙ってメモを書き取っていた。
「悟、カップルは必ず結婚しないといけないなんておかしいと思わない?」
「そうかな? 好き合った者同士なんだからそのままゴールインするべきだよ」
好きでないなら付き合うことなんてないし、そしてそれ以上に人の好意を袖にするのは人としてどうかと思う。
ボクは思ったことを素直に述べたのだけど夏姉は満足していないようだ。
夏姉は軽く目頭をもんだ後、普段よりゆったりとした声音で。
「悟、世の中を見てみなさい。もし悟の言う通りカップルが全員結婚しているなら“婚活”という言葉は生まれていないわよ」
「確かにそうだけど、それは他人の考え。ボクはそんなの御免だよ」
恋する相手は一人だけで良い。
そしてその人物と一生添い遂げることがボクの密かな夢だったりする。
「……ねえ進、お姉ちゃんはこのメルヘンな妹にどう現実を説明すれば良いのかしら?」
呆れた様にため息を吐いた夏姉は頬に手を当ててバカ兄貴に振る。
するとずっと我関せずの態度を貫いていたバカ兄貴だけど、夏姉の呼びかけに顔を上げて厳かな口調で。
「バカは死ななきゃ治らない」
「誰がバカだよ!」
少なくともバカ兄貴にだけは言われたくない。
最近バカ兄貴こと風倉進が空気になりかけています。
うーん……これは不味い。