観真坂涼子からの忠告
「おはよー、さとりん」
「ああ、観真坂さんか。おはよう」
――朝
教室に登校したボクに声をかけたのは隣の席のクラスメートである観真坂涼子だった。
観真坂さんは健康的に日焼けした肌を持ち、男子とも気さくに話せる快活さを持っている。
「今日は早いね、どうしたの?」
「日直よ日直。朝からだるいわぁ」
「アハハ、お疲れ様観真坂さん」
気だるそうに机に突っ伏す観真坂さんにボクはおかしそうに笑った。
さとりん、“観真坂さん”なんて他人行儀な呼び方をしなくても“涼子”で良いのに」
観真坂さんはコロコロと笑ってそう訂正してくる。
観真坂さんは少し知り合った程度の仲でも下の名前で呼ぶことを許すほど気安い。
人にお節介を焼く姉御気質なのも相まって観真坂さんはクラス委員長も務めていた。
まあ、ボクとしてもその気遣いはありがたいものの。
「ごめん、ボクはどうしても人を名前で呼ぶことに慣れていないんだ」
あまり親しい間柄でもないのに名前で呼び合うのはどうしてもね。
「さとりんって変なところで律儀よね」
観真坂さんはそう苦笑して引き下がってくれたのでボクとしては胸を撫で下ろす。
ごめんね観真坂さん。
観真坂さんを下の名前で呼ぶこと何だけど、それはしばらく後になるよ。
何故ならーー
「ああ、そういえば昨日のことだけど」
観真坂さんは手をポンと叩いて別の話題を持ち出す。
「で、どうだった? オーケーした?」
観真坂さんの問いにボクはたっぷり五秒ほど沈黙した後に口を開いて。
「……お友達から始めたよ」
あの後電話で呼び出した鏑屋さんに事情を伝えると快くオーケーしてもらった。
ボクとしてはそんな軽はずみに決めて良いのかと悩んだけど、鏑屋さんは笑顔で。
「無視されるよりかはずっと良いです」
そう宣言されたこちらとしては唸ざるを得なかったね。
「へえー、さとりんって拒絶しなかったんだぁ」
「何か含みがあるような言い方だね観真坂さん」
暗にそっちの気があるんだと言っているような気がしたのでそうくぎを刺したボクは続けて。
「まあ、とにかく。しばらく変な日々が続きそうだよ」
向こうはボクを恋愛の対象として見ている。
その想いにボクが潰されないかどうか心配で仕方なかった。
ボクの悩みを悟ったのか観真坂さんは笑いながら。
「さとりん、深刻に考えちゃあ駄目だよ。何事もポジティブポジティブ、じゃないと楽しくないじゃん」
「同性との付き合いという特殊な関係をどう楽しめばいいの?」
何の関係もない野次馬からすれば面白いだろうけど、当事者のボクからすれば不安の方が先立っているヨ。
「んー、さとりん。笑顔笑顔」
観真坂さんは白い歯をキラリと輝かせながらボクを励ます。
そしてボクに顔を寄せて周りに聞こえないよう小さな音量で。
「ここだけの話、私なんて弟に告白したよ『お姉ちゃんが真の一生の恋人になってあげる』って」
「ぶっ!」
その突然のカミングアウトにボクはむせた。
「ななな……何それ?」
ボクは咳き込みながら観真坂さんを見る。
「だってあまりに可愛いんだもん。さとりんも携帯で見たでしょ?」
「まあ、確かに男とは思えなかった」
ある日、観真坂さんが携帯を開いたついでに待ち受け画面をボクに見させてくれた過去がある。
ボクはあの時まで男の娘なんていないと考えていたけど、それは覆された。
真君は聞くところによるとまだ中二らしいけど、なに? あの可愛さは。
愛くるしい瞳と小さな鼻と口が相まり、あどけない容姿をしているせいか、母性本能がくすぐられたよ。
「危ない気がしていたけど、まさか予想が当たるなんて……」
ボクは絶句するのだけど、彼女の目は何かおかしい。
あれは人に重大なことを伝えるというよりも、からかって遊ぶ時の光だ。
そう、観真坂さんは夏姉が浮かべる悪戯っぽい色を浮かべていた。
「観真坂さん……性質の悪い冗談は止めてほしいのだけど」
事情を知ったボクは朝から盛大にため息を吐きながら観真坂さんに注意する。
「アハハ、ごめんごめん」
予想通りというか、観真坂さんは反省の色を全く浮かべずに笑い飛ばした。
「と、まあそれはともかく……」
一通り満足したのか観真坂さんは手を腰において深呼吸をした後に口を開く。
「確認しておくけど、理恵ちゃんで遊ぼうとか考えていないでしょうね?」
観真坂さんは先ほどと打って変わって真剣な表情でボクに問う。
「理恵ちゃんって一見元気そうだけど、ああいった屈折した感情を持っているせいか結構もろいの。だからあまりきついのはNGなのよね」
「……」
ボクは観真坂さんの瞳を見つめながら話を聞く。
観真坂さんと鏑屋さんは物心がついた頃からの既知の中であり、現在からは想像もつかないぐらい引っ込み事案だったらしい。
「良い機会だから宣言しておくけど、私と理恵ちゃんは幼馴染であり親友だから。もし理恵ちゃんに酷いことをしたらどうなるから分かっているわよね?」
そんなボクを観真坂さんは下から上へと舐めるように見回す。
その目からはボクを疑っているという意思が見て取れた。
「心得ておくよ」
表情を辛うじて保ちながらボクはそう声を絞り出すと。
「そっか、良かった」
観真坂さんは安心したように屈託なく笑い、そして。
「まあ、理恵ちゃんはあんな性格だけど根は素直な良い子よ。だから意図してさとりんを苦しめようとしないから安心して良いわよ」
つまり無意識にボクを困らせようとするんだな。
観真坂さんの言葉をボクはそう受け取った。