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家での役割

追記しました。

「「「いただきます」」」

夕食時。

今日の献立であるハンバーグとコンソメスープをテーブルの上に並べ、さらに夏姉とバカ兄貴が席に着いたところで食事が始まる。

夏姉のルールその一――食事は全員で。

もし破ると来月の小遣いが一回につき二百円減らされる。

「ご飯は美味しく食べなくちゃ」

それが夏姉の持論だけど、例外は無しというのは少し厳しいんじゃないかな?

後、そんな取り決めごとを作るのなら自分で作ってほし――いや、だめだ。

 夏姉やバカ兄貴は食事に対して関心が薄く、それこそインスタントで全てを済ましてしまう。

 ボクがとある事情でご飯が作れなくなった時、その間ずっとカップラーメンやコンビニ弁当で三食を過ごしていた過去から二人に任せるのは得策でないだろうね。

 まあ、栄養バランスのこともあるけれど一番の理由は。

「んー、やっぱり悟の手料理は美味しいわあ」

「ん、ありがと」

 食べた人がこうして喜んでくれることかな。

 自分が作った料理を美味しく食べくれる人がいるからボクは手間隙かけて料理を作ろうとするんだよね。

 だけど……

「スープに入っているニンジンが甘い」

「バカ兄貴、寝言は死んでから言って」

 わけの分からないクレームだけは本当に勘弁願いたいよ。

「ほら、塩を渡すからこれをかけて調節して」

 ボクは台所においてあった塩を持ってきてバカ兄貴の前に置くのだけど。

「何を言ってるんだ? 塩なんてかければスープ全体がしょっぱくなるだろう!」

 そんな力説をするバカ兄貴をボクは白けた目で蔑む。

 ああ、もう面倒くさい。

「じゃあどうすれば良い?」

 参考になる意見があるのか、ボクは目頭を抑えながらそう尋ねると。

「甘くない部分のニンジンを俺のところへ入れろ」

「……」

 ボクはどんな言葉を返せばいいのだろう。

 一体なぜバカ兄貴に対してそこまで面倒をかけなくてはいけないのか。

 頭痛を覚え始めたボクは無視を決め込もうと視線をハンバーグに戻す。

「コラ、悟。無視は止めろ無視は」

「……」

「おーい悟、聞いているのかー?」

「……」

 うんともすんとも言わないボクに対してバカ兄貴が苛立っているのが分かる。

 ボクとしてはこの問答に付き合うのが馬鹿らしかったのでバカ兄貴が早いところ折れてくれば良い。

 バカ兄貴は飽きっぽいから何も反応を返さなければ、ふて腐れて黙るか別の話題に切り替えるのでボクはそれを狙っていた。

 そんなボクにバカ兄貴は一言。

「そんな風に心が小さいから体も小さいままなんだよ」

「体は関係ないよ!」

 あまりに心外なことを言われたのでボクは瞬間的に沸騰して立ち上がろうとした瞬間。

「進、わがままは言わないこと」

 隣で自体の推移を見守っていた夏姉がバカ兄貴を嗜める。

「あんただけならともかく、ここには私と悟を含めた三人いるの。なのに一人だけ特別扱いするなんておかしくない?」

「け、けど。嫌なものは嫌なんだ」

「あら、そう。なら私は甘いニンジンが嫌いと言えば進はどうする? 従ってくれる?」

「そ、それは……」

「だったら文句は言わない。しかし、それなら自分が作ると言うのなら悟と同等以上の料理を作ってね?」

 理路整然と言葉を紡ぐ夏姉にたじたじとなるバカ兄貴。

 さすが生徒会長を務めているだけはあるよ。

 生徒の要望と学校の命令に折り合いを付ける役職にある成果人を納得させる技術が高い。

 スタイルも良いしボクにとっては自慢のお姉さんだけど。

「後、たとえ本当のことでも本人の前では言うべきではないわね」

「夏姉!」

 この余計な一言が無ければ本当に尊敬できる姉なんだけどね!


「ふむ……さとりよ、鏑屋という女子から告白されたのは本当か?」

「ああ、そうだよ」

 ボクはうんざりだとばかりに肩を竦める。

「同性から告白された所で嬉しくとも何ともない」

 異性から好きだと伝えられれば、自分という存在が認められた気がして悪くないものの、同性からだとそれが少しずれた方向で認められているように感じられてしまう。

 簡単に言えば今の自分は少し変だと言われている様に思えてしまうんだよね。

「っ! 閃いたぞ!」

「進、ご飯中は立たないの」

 突然立ち上がり、目をクワっと見開いたバカ兄貴を夏姉が窘めるのだけど、バカ兄貴は聞いちゃいない。

 何事かをブツブツ呟いている様子からどうやらバカ兄貴は自分の世界に入り込んでしまったようだ。

「夏姉、どうする?」

「悟、暴力行為は禁止よ」

「分かったよ」

 ボクの意図を悟ったのか夏姉は制止する。

 残念。

 もし許可が出れば今頃バカ兄貴は天に召されていたものを。

 命拾いしたよ、本当に。

 そんなことを考えながらコンソメスープを口に含んでいたらバカ兄貴が衝撃的な言葉。

「よし! さとり、お前、その鏑屋という女子と付き合え!」

「ぶーっ!……ごほっ、げほっ、ごほっ」

 ボクは思わずむせてしまった。

「悟、汚いわよ」

「そうだ、早く拭け」

「はい……」

 二人から注意を受けたボクはスゴスゴと雑巾を持ってくる。

 あれ? 根本的な原因はバカ兄貴にあるのに、何でボクが後始末をしなくちゃいけないの?

 ボクがそんな考えに思い当たったのは拭き終わって流しで雑巾を洗い終わった後だった。

「悟も席に着いたことだし、話を戻すわね」

 夏姉がそう口火を切る。

 夏姉は生徒会長という役職のせいか、何か議論があるとこうして場を仕切る癖がある。

 バカ兄貴の無茶苦茶な言い分に対する反論も封じられるせいか時々不快感になることを除けば、バカ兄貴の暴走を上手くコントロールしてくれるので助かっている。

「さて、進。どうして悟が鏑屋さんと付き合うべきなのか説明してくれるかしら」

 夏姉に促されたバカ兄貴が言い放った言葉は至極単純明快。

「決まっているだろう! 面白いからだ!」

「……バカ兄貴、もう死んで良いよ」

 ボク達に迷惑が掛からないよう死体は上手く処理するからさ。

「一理あるわね」

「夏姉! 何言っているの!?」

 一理も何もないよ!

 百パーセントその場で思いつきの本能だよ。

「悟、少し黙っていなさい」

「ぐ……」

 ボクとしては言いたいことが山ほどあったけど、この場では夏姉の言葉が絶対だ。

 なので渋々ながらもボクは引き下がる。

「進。で、理由はそれだけかしら?」

「もちろん他にもある」

 夏姉がバカ兄貴に他の理由を尋ねたのは、暗にそれだけだと却下するという意思表示。

 夏姉は基本面白いことが好きだけど、締めるべきところは締める理性的な一面を持っていた。

「実はな……」

 バカ兄貴はそう前置きをして語り始める。

「三ヶ月後が締め切りの賞があるんだ」

「あ~、それね」

 バカ兄貴と夏姉はそれで納得してしまう。

 それとは年に四回募集している緑色のカバーが目印の某出版社のことで、バカ兄貴によって勧められた夏姉は嵌ってしまい、夏姉の部屋にある本棚の内半分が緑一色だった。

「で、その出版社の趣旨がラブコメだから、女子同士が好き合うというのは見事にマッチしていると考えたんだ」

「なるほど……そういう理由はありよね」

「いや、全然ありえないよ!?」

 納得しかけな夏姉に対してボクは堪らず声を出す。

「何、それ? 単に小説のネタにしたいがためにボクが同性と付き合えと? 嫌だ! ボクは絶対――」

「悟、二回目よ」

「う……」

 夏姉の冷酷な言葉にボクは震えながら腰を下ろす。

 もし四回目の警告を受けてしまうとペナルティとして発言権はなくなってしまい、相手の言い分を鵜呑みにしなければならなくなってしまう。

 ボクも過去、頭に血が上ってしまいバカ兄貴の無茶苦茶な意見を呑まざるを得なかった苦い思い出がいくつもあった。

「悟、何か反論はあるかしら?」

 ここでようやくボクの番が回ってきた。

 ボクは心の中で落ち着くよう暗示をかけた後に口を開く。

「バカ兄――いや、進兄さんは自分ことしか考えていない」

 ボクは続ける。

「鏑屋さんがボクに対する感情はともかく、ボクは告白してきた鏑屋さんに苦手意識をもっている。そんな違う意図を持っている二人が付き合ったところで上手くいくはずが無く、必ず失敗してボクも鏑屋さんも傷を負う」

 ここで一息を吐いたボクはバカ兄貴に鋭い視線を送って。

「得するのはただ一人――安全な場所で高みの見物を決め込んでいる進兄さんだけだ」

 ボクの理詰めの反論に対してバカ兄貴はどう考えているのか。

 あごに手を当て、珍しく考え込んでいるバカ兄貴の心境が読めなかった。

 このまま反論しなければボクの勝ちだ。

 この理論武装にバカ兄貴が崩せるわけがないだろう。

 と、ボクは高を括っていた。

 いたんだよ、もう一人。

 中立の立場だから失念していたけど、好奇心が旺盛な存在がこの場にいた。

「つまり鏑屋さんがこちらの事情を知ってもなおオーケーというなら大丈夫なのよね」

「姉さん!」

 横から出てきた思わぬ伏兵にボクは甲高い声を上げる。

「姉さんは中立の立場だよね? だから一方に肩入れをしちゃ駄目だよ!」

「悟、よく聞きなさい」

 異を唱えるボクに対して夏姉は首をゆっくり振りながら。

「私はね。悟も進も、そして鏑屋さんもベターな結果になってほしいのよ」

「どうしてボクが入るの? 小説のネタになるバカ兄貴と想いが成就する鏑屋さんにとってはベターかもしれないけど、ボクからすれば不幸以外の何物でも無いよ?」

 どう考えてもボクが得する要素など感じられない。

 しかし、夏姉は全てを分かっているかの様に微笑みながら。

「あるわよ。それは悟を覆っている壁を取り払うことが出来る」

「何を……」

 咄嗟に何か言いかけたボクだけど、その後に続く言葉が見つからない。

 夏姉の言葉は正鵠を射ている。

 ボクは過去の出来事が原因で人と深く付き合うことを避け、笑顔と優等生の仮面で周りを騙している節がある。

 けど、それの何が悪い?

 人は誰だって多かれ少なかれ騙して生きている。

 それがボクの場合はその度合いが大きいだけで、他の人とあまり変わらないと思える。

 そんなボクの心境を知ってか夏姉は優しい口調で。

「悟、いつまでもその場に留まっていちゃ駄目よ。私も進もずっと悟の傍にいられるとは限らない。だから怖くても一歩を踏み出してみて」

「う……」

 夏姉にそう説得されるとボクの決心が揺らぐ。

 夏姉の言葉を信じて良いのか。

 今、ここで引き下がると後悔するかもしれないという疑念が頭の中で膨らんでいく。

 しかし、一方でそれとこれとは話が違うだろうと訴えている。

「「……」」

 ボクが懊悩している時、あのバカ兄貴でさえも気を使って無言のままボクを見つめていた。

 たっぷり一分ほど悩み、そして出た結論が。

「…………鏑屋さんが事情を話してオーケーするのなら良いよ」

 鏑屋さんに話す内容は二つ。

 一つはバカ兄貴の小説のネタにすること。

 そしてもう一つはボクのトラウマを乗り越えるために協力してもらうこと。

 それらを提示してもなお受けてくれるのならボクは鏑屋さんと付き合おう。

「そっか、それは良かった」

 バカ兄貴がニカリと笑ったのが妙に印象的だった。

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