悟は第二次性徴希望中
テンプレ通りの内容ですが、この手のジャンルを描くには作者の経験値が低いということで納得してください。
ここは時宮家。
一般的な二階建て六LDKのマイホームにボクと夏姉とそしてバカ義兄が暮らしている。
「アハハハハハ!」
「そんなに笑わなくても良いじゃないか夏姉!」
時刻は午後五時前後。
今日は生徒会が無かったとかで先に帰宅していた夏姉――生徒会長の時宮夏海は事の顛末を聞き終えて爆笑する。
夏姉は身長が百八十越えの上に腰の位置が高いせいかよくモデルと間違われ、事実街を歩いているとスカウトの声が掛かることは珍しくない。
『やあ、こんにちは。暇だったら一緒にお茶しない? ああ、もちろんそこの友人と一緒にね』
一緒に歩いていると十中八九、ボクと夏姉の仲を姉妹でなく友人だと勘違いされたのは良い思い出だね。
「だってねぇ、その時の悟の顔を想像すると笑いが……」
夏姉はその綺麗な黒髪をソファの端から床に垂れ流し、もう片方の端から投げ出した細い脚をばたつかせる。
「夏姉、スカートが捲れてるよ」
激しく動いているせいか実際はスカートどころかセーラー服もあがり、おへそが見えている。
そのあられもない姿を忠告するけど夏姉は能天気にこう答えるので。
「大丈夫よ、私と悟だけだし」
「もうそろそろバカ兄貴が帰ってくるの!」
ボクは大声を上げて反論した。
バカ兄貴――風倉進とはこの家にボクと夏姉の他に住んでいる人間。
向こうが高校に上がると同時に親が単身赴任で家を引き払い、生活能力が皆無なバカ兄貴はこの家に転がり込んできたというわけ。
もちろんボクは猛反対したのだけど。
「良いじゃない、この家を私達二人で住むには広すぎるわけだし」
実質家長である夏姉の鶴の一声で決まった。
ああ、何でボクの両親は海外にいるの?
ボクは運命の残酷さに天を仰いだ覚えがある。
「夏姉、いつもちゃんとしてとは言わないけど、人の目があるときはちゃんとしてよ!」
少なくとも異性と住んでいるのだから最低限の身だしなみは整えてほしい。
「進とは家族なんだし気にする必要はないわよ」
「家族といってもあのバカ兄貴とは遠い親戚なの! つまり赤の他人! オーケー?」
「あら、じゃあ結婚もできるわけね」
「〜〜」
まるで考慮するつもりがない夏姉の返答にボクは地団太を踏む。
そんなボクを悪戯っぽい目で見つめた夏姉は最後に。
「心配しなくて良いわよ。悟の思い人を誘惑したりなんかし――イタッ!」
もう限界だった。
ボクは手元にあった鞄を夏姉に向かって投げつけ、足音も荒くこの場を去っていった。
「はあ……」
自分の部屋に戻ったボクはベッドに座り込む。
「今日は疲れたなあ」
自分の部屋は全体的に質素でありドアから向かって右手にクローゼットがある他ベッドと机、本棚しか目立ったものはない。
同年代の女子なら漫画とかぬいぐるみとかが置いてあるそうなのだけど、生憎とボクはそういったものに興味が無かった。
「どうしよう、勉強する気が起きないや」
いつもなら夕食を作る時間まで今日の授業の復習を行うのが常なのだけど、放課後に女子からの告白があったせいか何かしようという気が起きなかった。
しかし、ボクが寝ていようが勉強していようが時は等しく過ぎるので、それなら無為に過ごすより何かしら生産的な行動をするべきだろう。
だからボクは一息を入れて立ち上がって私服が入っているクローゼットに向かう。
そこからお気に入りの白のブラウスと紺のロングスカートを取り出すのだけど。
「これ……二年前に買った洋服なのにまだ着れるよ」
着ていたセーラー服とスカートを床に落とし、これから着用する服を見てため息をこぼす。
自分の記憶が確かならこれだけでなく、ほとんどの服は中学二年生の頃に買ってそれっきり。
つまりボクはその頃からほとんど成長していなかった。
「夏姉は毎年買い換えているのに」
夏姉は一昨年まで縦に伸びていたのだけど、去年あたりから胸の方が成長し始めた。
先日も胸が苦しくなってきたとかで二ヶ月前に買ったブラを新調したばかりである。
「それに対してボクは……」
ブラなしでも多分いけるのではないかと思うほど貧相な胸と括れがまったくない腰。
第二次性徴が始まっていないと思われる自分の身体に吐息を漏らすばかりだった。
「っ! 駄目だ、心が弱くなっている!」
自分が相当ネガティブになっていることに気づき、慌てて首を振る。
どうやら自分が思っている以上に疲れているらしい。
遅くとも六時にはバカ兄貴が帰ってくる。
あいつに心配されるのは死んでもごめんだったからボクは早く着替えようとブラウスに袖を通し、ボタンを閉めようとしたところで。
「さとりー! 元気かー?」
「え?」
ドアが威勢よく開き、元凶のバカ兄貴がボクから二メートルも無い場所で手を振っていた。
バカ兄貴は身長も男子の平均程度であり、容貌もパッとしない。
それだけならどこにでもいる普通の兄貴だが。
この兄貴をボクがバカ兄貴と呼ぶ最大の理由は。
「夏姉から聞いたぞー? 何でも女子から告白されたそうだなー?」
この全く空気を読まないバカさ加減である。
断っておくけどバカ兄貴は居候の身である。
それだけでも大人しくしておくのが道理なのに、あろうことかバカ兄貴は女の子部屋にもこうしてノックもせずズケズケと入ってきていた。
「……バカ兄貴、何か言うことは無い?」
ボクは地獄の閻魔の如く低い声で唸る。
今、ボクの姿といえば下着姿にブラウスを羽織っただけという状態。
どうしてスカートも一緒に脱いでしまったのかという後悔は心の隅に留めて置く。
「んー? そうだなあ……」
「って! まじまじ見ないでよ!」
バカ兄貴はその場所から退却せずに、ボクをまじまじと観察し始めたので慌てて胸を隠す。
ボクとしては恥じらいのあまりその場でしゃがみこみたかったのだけど。
「夏姉には遠く及ばないなー」
「っ!」
そんな無遠慮な言葉を聞いたボクは反射的にバカ兄貴の懐に入り込み、左足を軸として右足を天井に向かって高く上げ、自分の背丈より高い位置にあるバカ兄貴のあごを打ち抜いていた。
一瞬で意識を刈り取ったのだろう。
バカ兄貴は白目をむいて廊下で伸びていた。
「ふんっ!」
ボクは右足を天井に垂直としたまま鼻を鳴らした後、ドアを勢い良く閉めた。
正直な感想、鈴木大輔様と築地俊彦様のお二人がラブコメというジャンルにおいて最高峰に立っていると考えています。