写真集
屋外に出た直後に、私は書店へ行こうと思い立った。以前デザインに関する雑誌を読んでいたときに、少し気になる写真集があったのだ。それは世界各地の景色を撮った物らしく、雑誌に印刷されていた鮮やかな表紙が印象的だった。駅の方向へと歩いていたが、書店に寄るとなると話が変わる。大手であるその書店へと私は向かった。
教科書を買う学生が多いからか、書店の出入口には普段より大勢の若者がいた。教科書や資料集、総覧が入っていると思われる包装を抱えて笑顔で帰って行く人の姿も多かった。これは店内も混んでいるのではないかとひやりとしたが、教科書販売が行われているのは二階らしく、一階は平生と変わらぬ様子だった。目的の本を求め、画集や写真集の置いてあるコーナーへと向かう。目当ての写真集は中々見付からなかった。ややマニアックな層を対象にした本なのかも知れない。内心唸りながら美術書などのコーナーを巡っていると、私の苗字を呼ぶ声がした。振り返って見れば同級生の中でも有名人の知り合いがいた。
華奢な肢体に高い背。その姿は繊細な菓子細工のようで、例えるならば髪はミルクチョコレートで肌は生クリーム、瞳はレーズンだ。垂らされた長めの髪からイタズラっ子のような笑顔がちらりと覗く。
「野々村サン、何してんのー?」
彼は飄々とした様子でそう尋ねながら、私に歩み寄って来る。
「本を探していて。偶然ね、風抜君も買い物中?」
「いや、オレはこれからバイト」
そう言うと風抜君は私の背後にある本棚をちらりと見た。
「何の本をお探しで?」
「んー、写真集なんだけど」
私がこれこれこういう本だと曖昧な説明をすると、彼はすぐ頷いた。それならこっち、と左の方を指差す。ついて来るように言われて少し移動すると、彼が立ち止まり一冊の本を私に差し出した。それは私の欲しかった本その物だ。
「ありがとう。凄い、よく分かったわね」
「どーいたしまして! オレは有能だからねー」
素直に感動した感想を述べるとおちゃらけた台詞が返って来た。私が少々冷やかな視線を送ると、彼は慌てたように両手を広げる。
「ちょ、そんな汚物を見るような目で見ないでよ。……実はこの写真集、オレも興味あってさ。だけど、今教科書とかで金飛んじゃってて」
彼の丸みのある甘い目が写真集を見詰める。それを少し眺めてから、私は提案をした。
「私が読み終えたら貸してあげましょうか」
彼はぐるんと勢い良く振り返る。私は驚いて半歩後ずさった。普段大人びた言動の彼が取り乱す姿はほとんど見ない。というか私は初めて見た。レーズンの瞳はきらめいている。
「マジで! てか野々村サンそれ買うの?」
「中身も良いみたいだし買うわよ。風抜君のお墨付きもあるし、悪い買い物じゃないと思うから」
「あ、何気褒められた。じゃない、貸してクダサイ、是非」
両手で拝み直角に頭を下げる風抜君。恥ずかしいから止めるよう頼むとにこにこしながら頭を上げ私を見た。
「予想外の神の助けだよ。ありがとうマジで」
「……大袈裟なんじゃないの」
「大袈裟じゃないないですー」
彼は唇をすぼめつつそう言って、私の頭部をわしゃわしゃと撫でた。
「ちょっと、勝手に触らないで」
言いつつ彼の手を払う。笑いっぱなしだった彼はそこで少し真顔に戻る。そして柔和な微笑みを浮かべて謝罪してくれた。そこまで気にしなくても良いと言った後で、この写真集をいつどこで渡すべきか決めてないことに気付く。それを彼に伝えると、ケータイのメアドを交換しておけば良いと言われた。私は眉間に皺を寄せる。
「嫌よ。貴方にメアド教えたら無駄なメールばっかり来そうだもの」
「うわあ厳しいお言葉。大丈夫、遊ぶ人用ボックスに入れないから」
「何その括り。この遊び人が」
「あはは、テレる」
「褒めてない!」
結局のらりくらりと返答する彼に負け、メールアドレスを交換することになった。念押ししたから無いとは思うが万一メールの内容が遊びに誘うものなら絶対無視する、と決意する。彼はじゃあ貸してくれるときに連絡ヨロシク、と言い残しバイトへ向かった。私は手を振り、レジへ会計をして貰いに行く。
その後喫茶店で簡単な昼食を済ませ、画材屋を冷やかしてから帰宅した。四時頃だったが優乃は私を待ち構えていて、勝手に置いて行くなんてと顔を真っ赤にして泣き付いてきた。でも大地君との「デート」は楽しかったでしょう、とからかうと今度は耳まで赤くなって黙り込んでしまった。それによりこちらが優勢になったから、あの後の二人の話を私にしては根掘り葉掘り尋ねた。話を聞いたところ、どうやら大地君は行動で口説くタイプらしい。しかし優乃が相手では中々伝わらないだろう、と私は完全に他人事である大地君の前途多難な恋路を一人憂いた。
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