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制服

 先日優乃のケータイを確認してみたところ、電話帳には「こちらの世界のデータ」達がきちんと登録されていた。言わずもがな、大地君のメールアドレスもそこに当然とばかりにあったから、優乃にメールを打たせた。

 メールの内容は、大地君と優乃の買い物に彼女の姉、つまりは私がついて行くことについてだ。大地君と優乃の二人で行くはずだったのに予定を変更して私が一緒になるのなら、事後報告であるにせよ、少なくとも連絡するべきだ、と私が主張したのだ。優乃はすぐに同意したが、いざメールを打つとなると中々手が進まなかった。私が堪えかねてどうしたのかと尋ねると、曰く、同性にもあまりメールをしない質だから異性に送るメールの勝手など尚更分からないと言う。この世界の優乃はずっと「彼女」だということになっているのに何を迷うのかと思ったが、それなりにねぎらいの言葉を掛け、優乃はたっぷり三十分掛けてメールの文面を完成させた。

 その後の展開は早く、優乃がメールを送り二十分程経過すると彼女のケータイが鳴った。優乃はメールを見てから、私を見上げた。何なのかと口を開こうとしたところ、優乃が私にケータイの画面を向けた。


「こ、これ……。勝手に予定を変えてしまったことに、大地君は怒ってるんでしょうか」


 随分怯えた様子の優乃からケータイを受け取り、本人に断りも入れずにメールを見てごめんね大地君と心の中で謝りながら文章に目を通した。


《分かった。待ち合わせの時間は変わらないままで良いか?》


 簡潔な二文に私は大地君らしいなぁと考えつつ優乃にケータイを返した。


「大地君は口下手なのよ。《記憶》に無いかしら」


 そう問うと優乃はええと、と呟き瞬きした。それから息を吐く。

 彼女は私の言葉に頷きケータイを見ると、待ち合わせの時間は変えなくても問題無いかと聞いた。大丈夫、問題無いと答えた私は、そこでやっと昼食について思い出したのである。

 その日から二夜明けて――つまりは、大地君と優乃の買い出し当日だ。

 私は盛大に後悔していた。大後悔時代だ。十時になる五分前に自宅を出ると、斜向かいの家の前で大地君が待っていた。私にしがみつく優乃を盛大にひっぺがし、軽く肩を押した。私の前に出る形となった優乃は挙動不審になる。私が大地君に挨拶をすると律儀な返事が。それに続いて焦ったような声音の優乃の挨拶が駆け込んで来た。


「優乃の買い物に付き合ってくれてありがとうね、大地君。それから、友達同士の買い物に私がついて来ちゃってごめんなさい」

「いえ、宮乃さんは俺等の先輩ですから質問も出来ますし……」

「あら嬉しい」


 軽く言葉を交わしてから出発した。歩道に広がらないよう、大地君と優乃が並んで歩く後ろに私がついて行く。優乃はかなりの口下手で最初の会話はぼろぼろだったが、十分も経って駅に着く頃には二人は随分と盛り上がっていた。

 大地君は背が高い。身長百六十六センチメートルある私と並んでも、その背の高さは霞まない。暗い茶色の髪やお母さん似の吊り目が「怖い人」という印象を与え勝ちだが、実際には面倒見の良い好青年だ。気の強い「優乃」は問題を起こす度、大地君に助けられている節があった位だ。

 しばらく電車に揺られて目的地に着く。最初に向かったのは制服売場だった。大きく「私立常名高等学校」と書かれた貼り紙の方へと歩く。そこには紺色を基調とした制服がずらりと並んでいる。愛想の良い店員さんの指示に従い、一度大地君と別れた。優乃は店員さんに言われるがままに、ブレザーの試着を繰り返している。ブレザーのサイズが分かるとベストやスカートの試着が始まり、最後にはジャージを買って終わった。名前の刺繍が施されるジャージは後日取りに来なければならない。日取りを決め、代金を払い制服売場を後にした。いっぱいに膨れた紙袋を持った優乃は少しふらふらしている。大丈夫なのか気になったが、それを確認しようとしたときに、売場の前で待っていたらしい大地君が私達に手を振った。軽く手を上げ大地君に合図し、そちらへ移動する。紙袋を持った優乃を見て、大地君は開口一番荷物が重くないか尋ねた。


「何の問題もありませんよ。大丈夫です」

「……その割にはふらついていると思うんだが」


 重くなんかないと言い張る優乃に、説得力が無いと主張する大地君。私としては、どっちでも良いから言い合いを切り上げて欲しいのが本音だ。……正直な話、先程から痴話喧嘩に向けられる視線が私に刺さって痛い。彼らの会話に終止符を打ったのは私だった。お金の入った封筒を優乃に渡し、制服の入った袋を奪う。


「それ、入学に関する物を買えって渡されたお金だから。だけど教科書代は別に取ってあるし、好きな文房具やら何やら買って良いわよ」

「え、お姉ちゃん?」

「大地君、私帰るから優乃をお願いして良いかしら。何だったら制服、お家まで届けとくわよ?」

「え、いや、俺は大丈夫です」


 反射的に返事をした大地君にあらそう、と笑い掛け二人から離れる。制服の入った袋を持たない左手をひらりひらりと振った。優乃は慌てたように大地君と私を交互に見遣る。大地君はびっくりして立ち尽くしている。私は足を動かし始める。二人の戸惑う気配を無視して、制服売場を後にした。速めに足を運んだから、店の前まではあっと言う間に着いた。


「だから来たくなかったのよ。私があそこにいたらお邪魔虫だもの」


 誰にも聞こえないようにと小さな声で愚痴を零す。

 大地君はずっと昔から、優乃のことを好いている。私はそのことを、ずっと昔から知っている。

 まだ、「優乃」と私の関係が良好だった、本当に昔の頃から。

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