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01.アイツ

シトシトと雨が降っていた。

真夏と呼べる陽気になり、初めて降った雨だ。

雨は空気と共に私の体も冷やしていく。

携帯を握り締める私はびしょ濡れで、かなりみすぼらしい格好をしているのだけれど、そんなことは気にならなかった。

気にする理由が無かった。

ここは滅多に人とすれ違うことすらない細道。

夜になれば電灯が少ないためにほぼ闇に包まれるこの場所で、こんな夜中にいる私の事を誰が気にするというのか。

唯一雨に打たれていることを心配しているのは電話の相手ぐらいだろうか。

ただ、きっと雨に濡れていること以上に、心配されているらしかった。

雨と混ざってしまってわからない雨とは違う雫。

きっと電話の相手にはばれてしまっているんだろう。

いくら隠していても、アイツはいつもそれに気づくから。

でも私にとってはそれがいいのかもしれない。

きっと自分の強がりを見抜かれるから、こうして電話を掛けたのかも知れない。

自分を偽ることなく全部見せてしまえるから。

…気を張らなくてもいい相手だから。


「大丈夫なのか??」


いつもぶっきら棒なアイツだが、こういう時だけは声がとても優しい。


「…多分…かな?」


やっぱり…やっぱり少し強がりを言いたい私は多分と言う。

多分、大丈夫だと。

けれどそれを聞いても相手はため息をつくだけだった。


「平気だったらお前電話なんてかけないだろ?」


自分でどうにかなる時はあまり連絡をしないのを知っているアイツ。

だからこそ言うんだろう。

確かに自分でどうにかなる時は連絡したことがない。

大体アイツの声を聞きたくなるのは、どうしようもなくなった時だけだから。


「今度は何があったんだ?」


もう何かあったことなんてすぐにアイツには伝わってしまうんだ。

だからこそ私は、へへへと笑いながら彼の言葉に黙り込む。




ぽつぽつと状況を説明する私の言葉を、アイツは静かに聴いている。

きっとあまりわかりはしないと思う。

頭も心も混乱していて、順序だてて話すことが出来ないから。




それでも…。




いつもアイツは私のほしい言葉をくれる。

どうしてアイツにはわかるんだろう?

私がほしい言葉が。

それは全てが慰めではい。

時には怒ったり、時には慰めたり。

きっと微妙な使い分け。

それでもアイツはもう何度も私のほしい言葉をくれる。

まるで私の心を覗いているかのように。




一通り話し終わるとアイツは聞く。


「大丈夫か?」


と。

すると私はこう答える。


「もうちょっと頑張ってみる」


と。

そう答えられるほど、気持ちは浮上する。

強がりでもなく、見栄でもなく、素直にそう思える気持ち。


「頑張れ」


とありきたりともいえる言葉でも、私の気持ちは浮上する。

誰かに聞いてもらいたかった。

きっとそうなのだろう。

一人で生きたいとは思えるけど、一人で生きられるほど私は強くないことを知っているから。


「ねぇ…」

「ん?」


言ってしまいそうになる言葉を必死に飲み込む。

一番言いたい言葉。

…けれど唯一禁じた言葉。


「…ううん、なんでもない。いつもありがとね」

「あぁ、気にすんなよ」

「次は浮上してる時に電話掛けられるようにするょ」

「できりゃいいなw」


なんともないとは思わない。

けれど少し痛む心ぐらい、私は消すことが出来る。

その後は身の無い話をいくらかして電話を切る。




冷え切った身体。

けれど…温まった心…。




また前を向いて歩ける。

ずっと歩いてはいけないけど…、またしばらく頑張れる。


「頑張れ」


と言ったアイツの言葉が耳に残っているから。







一番言いたい言葉。

…けれど唯一禁じた言葉。




これを言う日はきっとこない。


ずっとずっと…これだけは隠しておきたいから。




次話は明日9時に更新します~♪

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