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第三十五話 咆哮 ガルド無双

ディルフィル王国成立から五代目にあたる王は、疑いようもなく傑物であった。


彼はそれまで誰も成し得なかった決断を下した。

妖精族の中で唯一、戦う術を持たぬハーフリングを捕らえ、農奴とすること。


その非情な施策によって、王国は安定した食糧供給を手に入れる。


さらに――

農から解き放たれた人々を戦士へと転じることで、王国の軍事力は飛躍的に増大した。


やがてその力は、凶暴と恐れられた獣人族すら屈服させ、奴隷として従わせるに至る。


それは繁栄であり、同時に歪みでもあった。


――そして今、その歪みは新たな標的へと牙を剥く。


エルフの森にほど近い丘の上。

王太子ソルンは、眼下に広がる光景を静かに見下ろしていた。


一千。


整然とは言い難いが、確かな熱を帯びた一千の兵が、そこにいた。


「聞けい!」


その声は、まるで獅子の咆哮のごとく大気を震わせる。


「これより全軍、エルフの森へ侵攻する!」


ざわめきが一瞬で飲み込まれ、次の瞬間、兵たちの視線が一斉にソルンへと集まる。


「奴らは森の奥深くに潜んでいる!

 だが――一匹でも捕らえた者には、望むままの報酬を与えよう!」


その言葉は火種となり、兵たちの内に燻っていた欲望へと一気に燃え移った。


「おおおおおおっ!!」


地を揺らす雄叫び。


「進め!エルフ共を捕らえよ!」


号令と同時に、一千の影が雪崩のように動き出す。


土を蹴り、武器を振り上げ、彼らは森へと殺到した。


その多くは、もともと戦士ではない。

小村に暮らす農夫、漁師、木こり――


日々を生きるための手を、今は武器へと変えているだけの者たちだ。


だがその瞳には、確かに宿っていた。


報酬への渇望。

他者を踏みにじることへの躊躇なき欲。


それぞれが思い思いの武器を手に、欲望に染まったまま、森の奥へと踏み込んでいく。





森の奥深く。

ダーナ族の戦士長デナールは、木々に囲まれた一角に陣を敷いていた。


その傍らには、偵察を担うガルドの姿がある。


「もうすぐこちらに来ます。……かなり散開していますね」


低く告げるガルドに、デナールは静かに頷いた。


「よし……ならば基本通りだ」


即座に判断を下す。


「魔法で足を止め、弓で圧力をかける。

 そのまま罠のある方角へ追い込め」


デナールは地面に広げた簡素な地図へ指を滑らせ、弧を描く。


「敵は数に頼っている。だが森では機動も連携も鈍る。

 こちらは広がって迎え撃つ」


さらに周囲を見渡し、声を落とす。


「三人一組で動け。互いを必ず支え合うんだ。

 ……子供だけの組は作るな」


矢継ぎ早に下される的確な指示。

ガルドは思わず息を漏らす。


(さすが戦士長だ……)


今回は、成人前の若いエルフも戦力として加わっている。

その不安を補う意味でも、三人一組という布陣は理にかなっていた。


やがて――

エルフたちは、音もなく散開していく。


森は、彼らの庭だ。


枝を踏むこともなく、影のように木々の間を駆ける。

たとえ子供であっても、人間族よりはるかに速く、静かに。


――そして。


「くそっ!歩きづれぇったらありゃしねぇ!」


雪の名残が残る足場の悪い森を、悪態をつきながら進む人間族の一団があった。


その足取りは重く、乱れている。


次の瞬間――


どすっ。


鈍い音とともに、先頭の男の頭に矢が突き刺さった。


「……っ!?」


男が崩れ落ちるのと同時に、四方から矢が降り注ぐ。


「うわぁっ!エルフだ!!」


悲鳴が上がり、隊列は一瞬で崩壊した。


身を伏せる者、逃げ出す者、武器を振り上げる者――

動きは完全にばらばらだ。


エルフたちは冷静だった。


事前の指示通り、反撃してくる者だけを正確に射抜いていく。


「どうした!報酬は目の前だぞ!」


後方から正規兵の怒号が飛ぶ。


その声に押され、怯んでいた者たちが再び前へ出る。


「数が多い……!射ってもきりがない!」


若いエルフの声に、年嵩の戦士が応じる。


「先頭を狙え!距離を詰めさせるな!」


弓が鳴り、矢が飛ぶ。


同時に、大地がうねるように隆起し、木の根が膨れ上がる。

魔法によって足場はさらに悪化し、人間族の動きを縛っていく。


それでも――


数が違う。


じわじわと、前線は押されていった。


「くっ……!」


若いエルフの手元が、わずかに狂う。


矢は放たれるが、精度が落ちていく。


敵は減らない。

むしろ迫ってくる。


焦りが、確実に広がっていた。


「やった!エルフのガキだ!」


ついに、一人の人間族がエルフの間合いへと踏み込んだ。


この一点が崩れれば――

広く展開した陣形は一気に瓦解する。


その瞬間。


「させるか!」


地を踏み砕くような勢いで、ガルドが飛び出した。


振り上げられた大槌が、唸りを上げる。


――轟音。


人間族の兵士は、抵抗する間もなく吹き飛ばされた。


「おらが守る!」


ガルドの脳裏に、あの日の光景がよぎる。


傷つき、倒れたリオムの姿。


あの時の無力さ。

あの時の悔しさ。


(二度と……あんな思いはさせねぇ)


「にいちゃん……おらはやるぞ」


これまで幾度も魔獣やオーガと対峙してきた。

それに比べれば――


人間など、恐れるに足りない。


「来い、人間族!」


大槌を構え、ガルドは吠えた。


「おらが全部、吹っ飛ばしてやる!!」


その咆哮が、戦場に響き渡る。


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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませていただいてます。 ガルド君かっこい~。がんばれ~。
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