第三十三話 加速する思考
エルフの森は、すっかり雪に覆われていた。
降り積もった白は音を吸い込み、世界から気配を奪っていく。
森の動物達も長い眠りにつき、外はただ、しんとした静寂に包まれていた。
その中で――
小屋の中だけが、かろうじて温もりを保っている。
暖炉の火が、ぱちり、と小さく音を立てた。
赤く揺れる炎が、壁や床に淡い影を映し出す。
ザンやミルが時折訪れることはあったが、それも頻繁ではない。
ほとんどの時間を、ラウネス達だけで過ごしていた。
閉ざされた冬。
外界との接触が減る中で、それぞれが自分の時間を積み重ねていく。
その中でも、フィルカナだけは違っていた。
彼女は雪の降る中でも外へ出て、弓の練習を欠かさなかった。
エルフ達でさえ冬の間は訓練の手を緩める。
だが小屋の外では、今日もまた――
かつん、と。
乾いた音が静寂を裂いていた。
ラウネス達もまた、ただ休んでいたわけではない。
室内で出来る訓練に、日々を費やしていた。
だが――
この冬、最も力を注いだのは別のことだった。
仲間を、どうやって救い出すか。
それに尽きる。
春になれば、ドワーフの里へ向かう予定だ。
新たな武器を手に入れるためである。
だが、同じ妖精族とはいえ、無償で武器を与えてくれるはずもない。
そのための準備も、すでに始めていた。
森の動物から得られる山羊乳を使い、酒を仕込む。
山羊乳酒。
エルフには作れないそれは、酒を好むドワーフにとって十分に交易品となり得る――
そう教えられていた。
しかし。
それを差し引いてもなお、ミルの言葉は重い。
人間族は、もはや“巨大な存在”だ。
容易に抗える相手ではない。
だからこそ。
雪が積もり始めてからというもの、彼らは幾度となく作戦会議を重ねていた。
エルフから教わった戦う為の工夫の必要性。
現在の戦力は、五人と三匹。
武器は青銅の剣が一本。
加えて、石表皮の武器と、エルフから与えられた革鎧。
対する人間族は――
最低でも数千。
土で築かれた巨大な壁に囲まれた街。
同じく青銅の武器を持ち、さらには馬に乗って戦う兵もいるという。
その差は、あまりにも大きかった。
当初は正面から戦い、仲間を救い出すつもりだった。
だが、それは不可能に近いと理解せざるを得なかった。
そこで彼らは、戦わずに救い出す方法を模索し始めた。
サフの力で土壁に穴を開け、密かに連れ出す案。
だが、それでは敵に気づかれずに脱出することは難しいとガルドが判断した。
ならば夜間はどうか。
闇に紛れての救出。
しかしそれではセイラの視界が活かせず、見張りの配置を把握することが出来ない。
結局、その案も退けられた。
さらに、武器を事前に用意し、救出したハーフリング達に持たせて突破する案も検討された。
だがそれも――
現実的ではなかった。
リオムの話では、捕らえられている者達は栄養状態が悪く、とても戦える状態ではないという。
どの案も、決定打にはならない。
静かな冬の中で。
ラウネス達はただ、考え続けていた。
幾度も議論を重ねる中で――
一つの結論に辿り着いていた。
人間族の強さの根幹。
それは、数だ。
圧倒的な数の差こそが、獣人族ですら抗えない理由であるならば。
答えは単純だった。
自分達もまた、数を揃えるしかない。
それは、ごく自然な帰結だった。
だが――
現実は容易ではない。
これまでの状況から見て、エルフの協力は期待できない。
彼らはゴブリン族への対応を優先しており、人間族からの直接的な被害もほとんど受けていない。
戦力を割く理由がないのだ。
では、獣人族はどうか。
ザンやミルのような存在であれば、志を同じくすることも出来るかもしれない。
だがそれも、確実ではない。
獣人族は部族ごとの結びつきが強く、簡単にまとまる種族ではないのだから。
そうなると――
ラウネス達が、まず成すべきことは一つだった。
ラウィル族の統合。
散り散りになった同族を束ね、戦力としてまとめ上げること。
それが最優先となる。
残されたラウィル族を集めることが出来れば。
数十人規模の戦力にはなるだろう。
さらに可能であれば――
ラウィル族以外のハーフリング達も加えたい。
だが、そのためには避けて通れない壁がある。
長老達の説得。
これまでの価値観を覆す話だ。
容易に受け入れられるはずがない。
それでも――
前に進むしかない。
たとえラウィル族をまとめ上げたとしても。
人間族との戦力差は、依然として圧倒的だ。
現時点で出来ることは限られている。
戦力を集めること。
そして――
作戦を練り続けること。
それしかない。
だが。
その繰り返しは、決して無意味ではなかった。
変わらぬ日々の中で。
ラウネス達の議論は、少しずつ形を変えていく。
考え方が変わり。
視点が広がり。
これまでのハーフリングにはなかった発想が、生まれていく。
それぞれが今まで考えたことも無かった思想。
戦うための戦略と戦法。
小さな変化。
だが確かな進歩。
それは、この旅がもたらしたものだった。




