第二十五話 それぞれの訓練 天才ナリム君
エリシアスに「会話をしろ」と言われたナリム、リオム、ガルドの三人は、森の中でも比較的開けた場所へ移動していた。
頭上には木々の枝が広がり、隙間から柔らかな光が差し込んでいる。
「会話しろ、って言われてもさぁ……」
リオムが頭を掻きながらぼやいた。
足元では相棒のサフが尻尾を揺らしている。
「おいら達、普段から普通に話してるし」
リオムはサフの頭を指で撫でながら続ける。
「どーすりゃいいんだよ」
サフは気持ちよさそうに目を細めただけだった。
少し離れた場所では、ガルドも同じように悩んでいた。
腕に乗せたセイラと、じっと見つめ合っている。
「うーん……」
「うーん……」
唸るばかりで答えは出ない。
その横で。
ナリムだけは、ルウと静かに向き合っていた。
二人は生まれた時から一緒に育ってきた。
遊ぶ時も、狩りをする時も、眠る時も。
いつも隣にいた。
出会ったばかりの二人とは違い、意思の疎通は呼吸をするように自然だった。
ナリムは、いつもより深くルウへ問いかける。
(エリシアスの言葉、聞いたよね)
ルウの耳がぴくりと動く。
(僕達は二人なら、もっと強くなれる)
ナリムは静かに語りかける。
(ルウ。力を貸して)
(君は、どうしたい?)
(君は、どうなれる?)
少し間を置く。
そして、ナリムは真っ直ぐに伝えた。
(僕と一緒に、なろう)
(共に駆けよう)
ルウの瞳が静かに揺れる。
――共に駆ける?
(そうだよ)
ナリムは微笑む。
(いつもみたいに僕の背中に乗って)
(そして一緒に戦おう)
ルウはじっとナリムを見つめた。
――それで君はいいのかい?
その問いに、ナリムは迷わず答えた。
(ラウネスの隣に立ちたいんだよね?)
(僕が君の牙になるよ)
ルウはゆっくりと目を細めた。
――ありがとう。
――共に行こう。
ナリムは確信を得た。
静かに立ち上がる。
そして、さっとルウの背にしがみついた。
その瞬間――
いつもとは違う感覚が走る。
身体と身体が、ぴたりと重なったような一体感。
「がうっ!」
ルウが小さく吠える。
次の瞬間、力強く地面を蹴った。
森を駆ける。
土を蹴り、木々の間を跳び越え、風を切る。
「くっ……!」
ナリムの口から思わず息が漏れた。
速い。
いつも以上にルウの動きは激しかった。
その速さは、もはや普通の狼のそれを凌駕している。
しかし――
まだだ。
まだいける。
ルウの全身から、喜びが溢れていた。
ナリムは必死にしがみつく。
激しい動きに合わせて身体を操る。
肉は軋み、骨がぶつかる。
それでも離れない。
「ルウ!」
ナリムが叫ぶ。
「あの木を引っ掻いて!」
「がうっ!」
ルウは全身をバネのように弾いた。
次の瞬間――
鋭い爪が、目の前の木へ叩きつけられる。
バキッ!
鈍い音が森に響いた。
ルウはすぐにその場を離れる。
残された木には、深い爪痕が刻まれていた。
ナリムは大きく息を吐く。
そしてそのまま、崩れ落ちるように地面へ倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
ルウが心配そうに近づき、鼻先でナリムをつつく。
「大丈夫だよ……ルウ」
ナリムは笑った。
「ふっ……」
「ははははは!」
声をあげて笑う。
胸の奥から、喜びが込み上げていた。
ナリムは空を見上げる。
「ルウ!」
拳を握る。
「一緒に強くなろう!」
そして遠くを見る。
まるで誰かに届くように。
「待っててね、ラウネス!」
ナリムは笑った。
「僕は――」
「これからも君の横に立つよ!」
森の中、サフを前にして胡座をかくリオム。
「なあサフ。お前は今でも匂いや音で、おいらを支えてくれてるだろ?
それなのに……まだ何か出来るようになるのか?」
リオムは頭を掻きながら苦笑した。
「正直、おいらには難しくてよく分からないんだよ」
サフは首を小さく傾げ、リオムをじっと見つめる。
「集中しろって言われてもさ……
おいら、何に集中していいのかも分からねぇし」
そう言うとサフはリオムの足の上に乗り、くるりと体を丸めた。
その横では、ガルドがセイラと黙って向き合っている。
互いに目を合わせたまま、言葉一つ交わさない。
風がふわりと森を撫でた。
その瞬間――
ザッ、と木々の間からルウが姿を現す。
背にはナリムがしがみついていた。
「二人とも、どう?」
ナリムの問いに、リオムは肩をすくめて見せた。
「どうもこうもねぇよ。さっぱりだ」
「おらもだ」
ガルドも苦笑する。
「ナリムは上手くいったのか?」
サフは状況がよく分からないのか、リオムとナリムを交互に見上げている。
「うん、上手くいったよ」
ナリムは頷いた。
「でもね……ルウの動きに僕の身体がついていかなくてさ」
「だから僕も身体を鍛えないと」
「いたたた……」
腕をさすりながら苦笑する。
「マジかよ……。ならコツとか教えてくれよ」
リオムが身を乗り出す。
ガルドも負けじと顔を寄せた。
「おらも聞きたい」
ナリムは少し考え、それからゆっくりと口を開いた。
「僕はルウと生まれた時から一緒だからね」
「元々、言葉にしなくても分かり合えてたんだ」
「だから……リオム達は、まずサフやセイラの表面じゃなくて」
「魂――内側に意識を向けるといいと思う」
「それから、自分自身も考えるんだ」
「サフやセイラに、何を求めたいのか」
「うーん……魂かぁ」
リオムが唸る。
ナリムは続けた。
「リオム達もさ、離れてる時でもサフ達の存在って感じられるでしょ?」
「それを、もっと強く意識するんだよ」
リオムは静かに頷くと、サフと少し距離を取った。
そして目を閉じる。
ガルドも同じようにセイラを飛ばし、目を閉じた。
森の中で、二人はゆっくりと集中していく。
日が傾きかけた頃。
ラウネス達がその場へとやって来た。
「調子はどうだ?」
エリシアスが軽い口調で尋ねる。
「僕はルウの力を引き出せたよ」
「まあ……僕の方がルウの動きについていけなかったけど」
ナリムは少し恥ずかしそうに笑った。
「それは凄いじゃないか。たった一日で能力を引き出せるなんて」
驚くエリシアス。
その横でラウネスが小さく呟く。
「当然だ。ナリムだからな」
「おいらはダメだったよー」
リオムが寝転がるように言う。
「おらもだ」
ガルドも肩を落とした。
エリシアスは小さく笑った。
「それが普通だ」
「それに二人は、サフ達に出会ったばかりなんだろう?」
「訓練を続けていけば、いずれ出来るようになるさ」
「まあ……今日一日で、前より仲良くなれた気もするしな」
リオムが笑う。
ガルドも頷いた。
「そうか。良かったな」
ラウネスは静かに言った。
「また、こうして話そうな」
サフも心なしか嬉しそうに鳴く。
こうして――
初めての魔法訓練は、それぞれの成長を確かに刻んだのだった。




