第二十三話 初めての魔法講座〜なぜなに?おしえてエリシアスせんせい〜
秋風が森を吹き抜ける午後。
つい先日まで森を騒がせていたゴブリン族との小競り合いも、ようやく落ち着きを取り戻していた。
エルフの森の一角。
倒木を椅子代わりにして、ラウネス達はエリシアスの周りに集まっていた。
エリシアスは腕を組み、皆を見回す。
「さて」
わざと教師のように咳払いを一つする。
「今日は魔法について話していく」
その言葉に、全員の背筋が少し伸びた。
「まず聞くが、お前達は魔法とはどんなものだと思っている?」
「ん〜っと……」
リオムが頭をかきながら答える。
「口から火を吹いたり、巨大な岩をドーンって出したり……」
「そんな感じを想像してたんだけどさ」
少し困ったように続ける。
「この前の戦闘を見ると、そんな感じじゃなかったよな〜」
ラウネスも身を乗り出す。
「何か小さく呟いていたみたいだった」
「あれが魔法を使う条件みたいなものなのか?」
エリシアスは軽く頷いた。
「そうだ」
「俺達は森にいる精霊と会話して、力を貸してもらっている」
ラウネス達は一斉に顔を見合わせる。
「精霊……」
「そして、お前達も妖精族であるからこそ精霊と会話が出来ているんだ」
その言葉に、フィルカナが小さく手を挙げた。
「前にもおっしゃっていましたわね?」
「ああ」
エリシアスは頷く。
「おそらくお前達ハーフリングは、動物達の中にいる精霊を通して会話しているんだろう」
「精霊には相性がある」
エリシアスは森を見渡す。
「俺達エルフの中にも、森と相性が良い者もいれば――」
軽く指を振る。
その瞬間、空気がふわりと揺れた。
「風と相性が良い者もいる」
エリシアスの指先に、小さな風の渦が生まれた。
落ち葉がくるくると舞い上がる。
「おお……」
ガルドが目を輝かせる。
リオムが腕を組んだ。
「じゃあさ」
「おいら達は、もう魔法を使えてるってことか?」
「動物と話してるんだから」
エリシアスは首を横に振る。
「いや。その先がある」
「俺達が木の根を大きくしたり、枝を伸ばしたりするようにな」
エリシアスは少し考えるように空を見上げた。
「俺も直接見たわけじゃないがな」
「昔のハーフリングは、動物の力を強く引き出したり、感覚を共有することが出来たらしい」
ラウネス達が一斉に顔を上げる。
「感覚を……?」
「離れた相手の状況が分かる者もいた、とも聞く」
「それって……」
ナリムがようやく口を開いた。
「どうすれば出来るんですか?」
エリシアスは少し笑う。
「会話することだ」
そして指で自分の胸を軽く叩いた。
「相手の心の中に集中するんだ」
「いいか?」
「やり方は人それぞれだ」
ラウネス達を順に見渡す。
「自分で見つけるしかない」
その言葉に、皆の表情が真剣になる。
エリシアスはフィルカナへ視線を向けた。
「それとフィルカナ」
「お前は精霊の声を聞くのが得意なのかもしれない」
フィルカナが目を瞬かせる。
「たまに居るんだ。そういうやつが」
「だとしたら――」
少し間を置く。
「エルフの魔法も使えるかもしれない」
「本当ですか!?」
フィルカナは勢いよく立ち上がりそうになった。
「可能性があるって話だ」
エリシアスは肩をすくめる。
「出来るかどうかは分からない」
フィルカナは拳を握る。
「でも、試すだけの価値はあるわ」
その横で。
ラウネスだけが、静かに視線を落としていた。
「俺は……」
ぽつりと呟く。
「動物の声が聞こえない」
その言葉にナリムもフィルカナも黙り込む。
ラウネスは拳を握った。
「俺には魔法は使えないんだろうか?」
エリシアスは少しだけ考えた。
そして、ふっと笑う。
「だとしたら――」
「あいつらに教えてもらった方がいいかもな」
ラウネスが顔を上げる。
「ザン達だ」
「獣人族はな」
エリシアスは自分の胸を軽く叩く。
「自分の中の精霊と会話して、身体能力を引き上げてるんだ」
「それじゃあ、実際にやってみようか」
エリシアスが手を叩いた。
「ナリム、リオム、ガルドはそれぞれ相手と向き合え」
三人は顔を見合わせながら、それぞれの相棒――動物たちの方へ歩いていく。
「何がしたいのか。何が出来るのか」
エリシアスは静かに続ける。
「相手と一体になった時、その真価が分かるはずだ」
三人は頷き、それぞれの相棒と向き合った。
「フィルカナとラウネスは、俺と練習だ」
エリシアスが二人を手招きする。
「まずは地面に手をついて、意識を集中させるんだ」
二人は言われた通り、その場に膝をつき、そっと地面へ手を置いた。
「木や草花の生命の煌めきを感じることが出来れば、草花とも会話が出来るかもしれない」
フィルカナとラウネスは静かに目を閉じる。
魂の会話。
それは、外ではなく内へ向かう感覚だった。
自分の魂と重ね合わせるように、意識を深く沈めていく。
ラウネスは、自分の内側へこれほど深く意識を向けるのは初めてだった。
暗い。
深く、底の見えない闇。
そこには、自分でも見たくない感情が渦巻いていた。
怒り。
後悔。
不安。
そして――自分自身の弱さ。
感情が牙を剥き、ラウネスに襲いかかる。
ラウネスの額から汗が溢れた。
歯を食いしばり、肩に力が入る。
「もっと穏やかに」
静かな声が耳に届く。
エリシアスだった。
「心を鎮めるんだ」
その言葉に、ラウネスはふっと力を抜いた。
大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
もう一度、自分の内側へ意識を向ける。
すると――
じんわりと。
手のひらから熱が伝わってきた。
(これが……)
(木の意識だろうか)
ラウネスは呼吸を整える。
心を鎮め、静かに集中する。
熱はゆっくりと腕を伝い、体の奥へと流れていく。
腕から肩へ。
肩から胸へ。
そして――
身体の中心へ。
ラウネスの意識は、さらに深く沈んでいく。
暗い闇の底へ。
その闇の周囲に、ゆっくりと熱が広がっていく。
そして次の瞬間――
ラウネスは感じた。
自分の中心から溢れる熱を。
そこに――
ラウネス自身がいた。
炎のように熱く。
巌のように重い。
それは、ただそこに立っていた。
もう一人の自分。
その瞳が、まっすぐラウネスを貫く。
次の瞬間。
「っ!」
ばんっ!
ラウネスは思わず地面から飛び退いた。
荒い呼吸をしながら、自分の手を見る。
さっきまで感じていた熱は、すでに消えていた。
エリシアスが腕を組む。
「やはり駄目だったか」
ラウネスは小さく頭を下げた。
「すみません」
自分でも気づかないうちに、言葉が口から出ていた。
エリシアスは首を振る。
「いや」
「これではっきりした」
ラウネスが顔を上げる。
エリシアスは少し楽しそうに笑っていた。
「お前の中の精霊は、かなり魂が強いようだ」
「ならば」
エリシアスはラウネスの胸を指さす。
「身体強化がお前の魔法だろう」
ラウネスはしばらく黙っていた。
悔しいような。
嬉しいような。
自分でもよく分からない感情が胸の中で混ざり合っていた。




