第二十一話 ゴブリン襲来
ラウネス達がエルフの森に来てから、数日が過ぎていた。
森の葉には紅が混じり始め、季節がゆっくりと冬へ向かっていることを知らせている。
白い息を吐きながら、ラウネスは木剣を振るった。
「はっ!」
袈裟斬り。
鋭く踏み込みながら振り下ろした一撃を、ザンは正面から受け止める。
乾いた音が響いた。
次の瞬間、ザンは身体ごとぶつかるように押し込み――ラウネスの体を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
「もっと踏み込みは強く!」
ザンの声が飛ぶ。
「腕の振りに頼るな! 身体の向きを考えろ!」
ラウネスはすぐに立ち上がった。
体勢を整えると、今度は逆袈裟に斬りかかる。
だがザンは軽く足を動かし、ラウネスの軸足の外側へと回り込んだ。
強く踏み込みすぎたラウネスは対応できない。
木剣は空を切った。
「くっ!」
「前がかりになりすぎだ!」
ザンは容赦なく言葉を浴びせる。
「相手の動きに対応できるように、重心は真ん中に持ってこい!」
厳しい声が続く。
だが、ラウネスの口から弱音は出ない。
「……もう一度だ!」
ザンは小さく鼻を鳴らした。
少し離れた場所で、リオムが大の字になって倒れていた。
「今日も気合い入ってるな……」
肩で息をしながら空を見上げていると、横に影が差す。
エリシアスだった。
「二人がかりでも一本も取れねーんだ」
リオムは苦笑する。
「ラウネスの野郎、ほんとタフだな」
エリシアスは無言で訓練を眺めていた。
やがて、リオムへ視線を向ける。
「悪いな、リオム。今日はここまでだ」
「え?」
エリシアスは声を張り上げた。
「おい! ザン! ラウネス!」
二人の動きが止まる。
「訓練は中止だ!」
空気が変わる。
エリシアスの表情は、先ほどまでとは違っていた。
「ラウネス! 皆を集めろ!」
そして、短く告げる。
「ゴブリン共がやってきた」
その言葉に、ラウネスの目が鋭くなる。
エリシアスはリオムへ向き直った。
「お前たちに――実戦を見せてやる」
獰猛な笑みを浮かべるエリシアスに、ラウネスは思わず喉を鳴らした。
やがて全員が集まり、すぐに移動が始まる。
「いいか? 今回は見るだけだ」
「手を出すなよ」
エリシアスは振り返り、念を押すように言った。
「ザンとミルは、ラウネス達について守ってやってくれ」
ラウネスは剣を握る手に力を込めた。
本当の戦いなど、見たこともない。
聞いたことがあるのは、焚き火のそばで語られる御伽話だけだ。
胸が早鐘のように鳴る。
「敵の数はゴブリンが三十はいる」
「この時期になると、冬越えの備えのために活発になるんだ」
森を進むにつれ、空気が変わっていく。
湿った土の匂いに混じって――
鉄のような、生臭い匂いが漂い始めた。
血の匂いだ。
「ぐぁああっ!」
突然、森の奥から断末魔の叫びが響き渡る。
ラウネスの肩がびくりと震えた。
「もう始まってるな」
エリシアスが低く呟く。
その時だった。
ラウネスの足が、何か柔らかいものに触れた。
視線を落とす。
そこには――
一体の死体が転がっていた。
小柄な身体。
革の鎧。
短い槍。
そして額から突き出した、小さな角。
ゴブリンだった。
口を開いたまま絶命している。
濁った瞳が、真っ直ぐラウネスを見上げていた。
ラウネスは思わず一歩後ずさる。
それは、想像していた化け物ではなかった。
体格は――
自分達と、ほとんど変わらない。
まるで妖精族だ。
「近づきすぎるなよ!」
鋭い声が頭上から飛んだ。
見上げると、木の上に潜んだエルフ達が弓を構えている。
弦が鳴る。
ヒュッ、と空気を裂く音。
矢は次々と森を切り裂き、ゴブリン族へと降り注いでいた。
ラウネス達の前方では、皮鎧をまとったゴブリン族が盾を構えながら前進しようとしている。
だが――
足元の木の根や枝が、不自然に盛り上がり始めた。
まるで森そのものが敵を拒むかのように。
ゴブリン族は足を取られ、思うように進めない。
「今出ているのは十一人だ」
エリシアスが淡々と告げる。
「数ではこっちが負けてる」
ラウネスは思わず声を上げた。
「なら、加勢すべきじゃないのか!」
エリシアスは薄く笑った。
「まあ、見てろ」
ゴブリン族の中にも弓を持つ者はいる。
だが、枝や幹に身を隠しながら射るエルフに比べれば、狙いは甘い。
逆に、ゴブリン族の被害ばかりが増えていく。
ゴブリン族の背丈は、ハーフリングとほとんど変わらないか、少し高いかもしれない。
そんな小柄な戦士が――
三十もいる。
それでもエルフ達は、一方的に押していた。
ラウネスは足元の死体を見た。
革鎧。
小さな体。
握られた槍。
それはまるで――
自分達の姿を見ているようだった。




