第十四話 シルヴァ 森の警備隊参上!!
歩き続けているはずなのに、いつからか獣の気配が消えている。
鳥のさえずりも、枝を踏む小さな音もない。風が葉を揺らす音だけが、やけに遠くに感じられた。
サフが低く唸り、ルウも足を止める。
二匹とも、奥の木々の上をじっと見つめていた。
「……気付かれてるな」
ラウネスは小さく呟き、一歩前に出る。
胸の奥に溜まる緊張を吐き出すように、腹の底から声を張り上げた。
「俺はラウィル族の次期族長、ラウネスだ!」
声は森に吸い込まれ、反響すら返ってこない。
「故あって、森の賢者殿にお眼通り願いたい!」
静寂。
誰かが息を飲む音が、やけに大きく聞こえた。
フィルカナの指が弓を握る力を、わずかに強める。
しばらくして――
森の奥、どこからともなく声が降ってきた。
「何をしにきた」
「我々はエルフのリ・エル・ナ・フィルネア族だ」
姿は見えない。だが、確かにそこに“いる”。
「森の賢者が何を指すのかは知らん。用件は、それだけか?」
その声に、ナリムがラウネスの袖を引いた。
顔を近づけ、小さく囁く。
「……たぶん、彼らの長老殿が森の賢者なんじゃないかな」
ラウネスは一度、短く息を整え、再び声を上げる。
「すまない! 俺たちには名前が伝わっていない!
エルフの長老殿にお会いしたい!」
今度は、すぐに返事はなかった。
代わりに――
周囲の気配が、ひとつ、またひとつと増えていく。
見られている。
枝の上、幹の陰、葉の重なりの奥。
どこに何人いるのか、まるで分からない。
やがて、その気配のひとつが木の上から降りてきた。
音もなく地に立ったその姿に、誰もが息を詰める。
「私は警備を任されているシルヴァだ」
背丈は、人間族のブロクよりも高い。
日に焼けた肌、鍛え抜かれた四肢。
軽装に見えるのに、隙というものがなかった。
「ラウィル族と言ったな。南の草原のハーフリングか?」
「そうだ」
ラウネスは一歩も引かず、真っ直ぐに答える。
「エルフの長老殿に助言を乞いに来た。迷惑はかけない。お眼通り願いたい」
エルフはしばらくラウネスを見つめていた。
その視線は冷静で、感情が読めない。
「何を聞きたい」
短い言葉。
「内容次第では、連れて行けない」
周囲の空気が張り詰める。
ナリムは無意識にルウの毛を掴み、ガルドは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
ラウネスは、ゆっくりと口を開く。
「人間族が、俺たちの仲間を捕まえている」
言葉を選びながら、続ける。
「奴隷として使っている。取り戻すために、知恵を借りたい」
返事はない。
その沈黙の中で、ラウネスはさらに一言を重ねた。
「……その中には、獣人や……一人だけだが、エルフも居たらしい」
その瞬間。
エルフの耳が、ぴくりと動いた。
ほんのわずかな変化だったが、ナリムは見逃さなかった。
エルフは目を伏せ、短く考え込む。
やがて、顔を上げると、背を向けた。
「ついて来い」
それだけ言って、歩き出す。
気付けば、森に満ちていた緊張は薄れ、
周囲の気配も、いつの間にか距離を取っていた。
ラウネスたちは顔を見合わせ、黙ってその背中を追った。
シルヴァに導かれるように、ラウネスたちは森の奥へと歩みを進めた。
張り出した根、湿った落ち葉、苔むした岩。足元は複雑で、気を抜けば簡単につまずいてしまいそうだ。
ラウネスたちが慎重に一歩一歩を選ぶのに対し、シルヴァの足取りはまるで森に溶け込むかのようだった。
枝を避けるでもなく、道を探す様子もない。ただ、当たり前のように進んでいく。
身体能力の差だけでなく、森に住む者の力のようなものを感じた。
やがて、木々の合間に建物が見え始めた。
すべて木で造られているが、即席の天幕とはまるで違う。幹と枝を活かした堅牢な造りで、風雨に晒されることを前提にした住まいだと一目で分かる。
大きさは様々だ。
低く広がる家もあれば、幹に寄り添うように高く組まれたものもある。軒先には干された野草や果物が吊るされ、行き交うエルフたちの衣服もまた、色も形も驚くほど多彩だった。
そして——人数。
ラウネスは、思わず足を止めそうになるのを堪えた。
ラウィル族は、普段から三十人ほどの集団に分かれて暮らしている。それが当たり前だった。
だが、ここにはその何十倍ものエルフがいる。
見渡す限り、森の中に“生活”が広がっていた。
シルヴァは歩みを緩めることなく、前を向いたまま言った。
「ハーフリングの暮らしと比べれば、多く見えるだろう」
低く、落ち着いた声だった。
「我々は森と共に生きる。この森そのものが、リ・エル・ナ・フィルネア族の住処だ。だから、こうして集まって生きている」
森と住居が溶け合うように続く集落の先に、ひときわ広い空間が現れた。
円形に開けた広場。その向こうには、他よりも明らかに大きな建物が静かに佇んでいる。
シルヴァはそこで足を止めた。
「少し、ここで待て。長老様にお伺いを立ててくる」
ラウネスは深く頷いた。
シルヴァはそれ以上何も言わず、ゆっくりと大きな家の中へと姿を消す。
残されたラウネスたちは、森の静けさの中で、ただ待つしかなかった。
遊牧民のハーフリングに比べて定住するエルフの方が文化レベルが若干高くなっています。
シルヴァ
・壮年のエルフ。エルフの集落の警備隊長。弓の名手。金髪碧眼。




