第十一話 石表皮の魔獣 ストーンタートルをぶっ飛ばせ!
峠へと続く道は、森を抜けたところで急に拓けていた。
風を遮る木々が減り、代わりに岩が顔を出す。転がるように、積み上がるように、大小さまざまな岩が露出した場所だった。
足を止めたのは、サフだった。
鼻先を低く地面に近づけ、ぴくりと耳を動かす。
それに反応するように、ルウも低く唸った。
「何かいるな」
ナリムが身構えるより早く、リオムが岩場を見渡そうと一歩踏み出した。
「上から見たほうが――」
岩に近づいた、その瞬間。
ごり……。
石が擦れるような、重たい音。
「リオム!!」
サフの叫びに反応して、リオムは反射的に身を引いた。
次の瞬間、岩だと思っていた塊が、前に滑り出る。
地面が沈み、石が動いた。
「……っ!」
食べる、という意志だけを感じさせる動き。
口先が、鋭く閉じる。
間一髪だった。
もし半歩遅れていれば、押し倒されていた。
「ちっ!」
フィルカナの弓が鳴る。
放たれた矢は正確に当たった――はずだった。
だが、乾いた音を立てて弾かれる。
「……はじかれた?」
そこで初めて、それが“岩ではない”と理解する。
石の表皮をまとった、四足の獣。動くたびに、表面の石がこすれ合う。
ラウネスよりも頭一つ高く、頭から尻尾まではハーフリング2人分よりも長かった。
「魔獣だ!」
ラウネスの声が響いた。
言い終わるより早く、ラウネスは踏み込んでいた。
青銅の剣が、横薙ぎに振るわれる。
――が。
ぎん、と鈍い音。
刃は表皮に弾かれ、衝撃が腕に返る。
「かった……」
思わず後ろに下がるラウネス。
その隙を突いて、ルウが飛び込んだ。
続けて、上空からセイラが急降下する。
爪が走り、石の表面を削る。
だが、できたのは薄い傷だけだった。
「ならば――!」
リオムが低く構え、地面すれすれから踏み込む。
狙いは顔面。
石短剣が、確かに口先を捉えた。
次の瞬間。
ばきん。
乾いた音と共に、短剣が砕け散った。
「――っ!? うそだろ!?」
魔獣の嘴は石の短剣を、噛み砕いていたのだ。
砕けた刃を見て、リオムは目を見開く。
「作ったばっかりなのに……!」
涙ぐみながらも、すぐにもう一本を構え直す。
「みんな、距離を取って!」
フィルカナの声が鋭く飛ぶ。
同時に、弓が再び鳴った。
――だが、また弾かれる。
「……っ」
一瞬の判断。
フィルカナは腰から短剣を抜き、叫ぶ。
「リオム!」
放られた短剣を、リオムは難なく受け取った。
「……悪い」
短く、そう言って。
2本に戻った、短剣を強く握り直した。
じり、と距離を取りながら、ナリムは低く声をかけた。
「ルウ……」
呼ばれたルウはすぐに背を向ける。
ナリムはその背から、丸めていた木のよろいを引き抜き、素早く身に着けた。
木片を編み込んだ簡素な防具。完全ではないが、今はそれでも頼るしかない。
魔獣は動かない。
だが、逃げてもいない。
重たい呼吸と、石の擦れる音だけが場を満たす。
その膠着を、破ったのは――
「おおおおおっ!!」
ラウネスだった。
雄叫びと共に踏み込み、剣を振るう。
刃は弾かれ、衝撃が腕に返る。それでも止まらない。
一太刀。
二太刀。
三太刀。
魔獣が口を開き、噛みつこうとする。
「くっ……!」
ラウネスは身をひねり、紙一重で躱す。
その隙を逃さず、ナリムとルウ、そしてリオムが距離を詰めた。
近接戦。
リオムが低く潜り込み、短剣を走らせる。
――ざりっ。
石の継ぎ目。
表皮の、わずかな隙間。
確かな手応え。
「――効いた!」
魔獣が痛みに吠える。
「ラウネス! 石の隙間を狙え!!」
叫びながら、リオムは顔を上げ――
その瞬間。
魔獣が、向きを変えた。
突進。
「……っ」
気づくのが、遅れた。
「やっば……」
その前に、影が割り込む。
ルウと、ナリムだった。
「――っ!!」
正面から、重量を受ける。
二人はまとめて吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ナリム!!」
「ルウ!!」
ラウネスとリオムの声が重なる。
フィルカナが矢を放つ。
だが、またも石に弾かれる。
「……っ」
「大丈夫だ!!」
土埃の中から、ナリムの声が上がる。
すでにルウは立ち上がり、ナリムを庇うように前に出ていた。
木のよろいは砕け、ばらばらに散っている。
それでも、二人とも立っている。
「……よくも」
ラウネスの声が、低く震えた。
「よくも、ナリムを!!」
怒りを露わにした、その横合いから――
「おおおおおっ!!」
ガルドの雄叫び。
全身の力を乗せた大槌が、振るわれる。
どん、という衝撃音。
魔獣の身体が横に吹き飛び、地面に叩きつけられた。
動きが、一瞬止まる。
「今よ!」
フィルカナが弓を引く。
放たれた矢は、これまでと違った。
鏃の、ない矢。
矢は、魔獣の目を射抜いた。
「……鏃が付いてない方が、効く時もあるのね」
痛みに暴れる魔獣。
その前に、ラウネスが踏み込む。
リオムの言葉が、脳裏をよぎる。
――石の隙間。
首の付け根。
石の表皮が、ない場所。
「おおおおっ!!」
剣を、突き立てる。
断末魔の叫びが、峠に響いた。
やがて、魔獣は動かなくなる。
沈黙。
誰からともなく、その場に座り込んだ。
荒い息だけが、しばらく続いて――
「……勝った、よな」
リオムの声に、誰ともなく頷きあった。
ストーンタートル
・石表皮の魔獣。体高160cm。全長2m。普段は岩に擬態して近づいて来た獲物に喰らいつく。噛みつきは岩をも砕く。肉食なので味は美味しくない。




