第一話 草原の一族 ハーフリング・ラウィル族
遥か昔
大陸にはいくつもの妖精族が国を治めていた。
森にはエルフ、山にはドワーフ、海や森といたる所に獣人。
そして、風の通る草原にはハーフリングがいた。
彼らは争いを好まず、獣と語らい、群れを導き、季節と共に移ろいながら生きてきた。
――だが、人間族は違った。
彼らは最も平和に見えた草原へ集まり、土地を囲い、力を誇示し、やがて“所有”という言葉で他者を縛り始めた。
それは後に、ドブネズミと呼ばれることになるハーフリングたちの苦難の始まりであり――
一人の英雄が歩み出す、物語の始まりだった。
第一話
暗い草原の中に大きな天幕が、張られていた。
焚き火を囲む長老たちの前に、ラウネスは静かに立っていた。
ハーフリングにしては背が高い。百五十に届くその体躯は、穏やかな草原ではむしろ異質だった。
濃い茶色の髪は無造作に伸ばされていて、同じ色の瞳は力強く前を見据えていた。
腰には一本の青銅製の剣を帯びている。
かつてドワーフが残していった、一族にとっての“預かり物”であった次期族長の証である。
「……人間族が、また仲間を連れ去りました」
「これで三人目です」
ラウネスの言葉に、長老たちの顔が曇る。
「またか」
「最近、村の周りが騒がしいとは思っていたが……」
「奴隷にされているのですよ」
長老たちの顔が曇る。
「なぜ長老達は動かないんですか」
「仲間を、そのままにすることなんて私は納得できません」
ラウネスは腰の剣に、そっと手を置いた。
「俺は仲間を取り戻しに行きます」
「もし――」
「話し合いで取り戻すことができなかった時は」
「この剣を使ってでも、迎えに行きます」
焚き火の炎が、強く揺れた長老の一人が、首を横に振る。
「待ちなさいラウネス。人間族と事を構えるべきではない」
「奴等は数が多いし、沢山の武器を揃えていると聞く。今は耐える時だ」
「こちらから手を出して、何かあったらどうする」
「耐える?」
ラウネスの声が、わずかに震えた。
「仲間が連れ去られてるんですよ」
「命があるだけ、まだ――」
「違います!」
焚き火の火が、ぱちりと弾けた。
「命があるだけじゃ、生きているとは言えない!捕まっている先でどんな仕打ちを受けているかもわからないんですよ!」
「それに生きている保証だって…」
ラウネスは一歩、前に出た。
「俺たちは、家畜じゃない!」
「草原を知り、獣を導き、この地で生きてきた!」
「困っているものがいれば、助けてきた!」
「それを、人間が“欲しい”と言っただけで、奪われていい理由がどこにありますか!」
長老たちの間に、重い沈黙が落ちる。
長老の1人が、低い声で言った。
「……だからこそ、だ」
「感情で動けば、一族すべてが滅びる。私たちは争わない様に生きてきた。争いを避けて、もっと北の方に移動しても我々は生きていける」
ラウネスは、拳を握りしめた。
「では――」
「誰が、連れ去られた者たちを迎えに行くんですか」
答えは、なかった。
その時、一人の女性が前に出た。
フィルカナだった。
淡い栗色の髪を持つラウネスと歳が変わらない若いハーフリングだ。
弓を背負い、その翡翠色の瞳は真っ直ぐだった。
「長老様」
「このまま黙っていれば、我々の全てが奴隷になります」
「……お前まで、若気の至りを言うか」
「いいえ」
フィルカナは首を振る。
「北に逃げれば人間は我々がいなくなった土地に住み付きさらに我々を追いかけてくるでしょう」
「狼が逃げる獲物をわざわざ見逃すでしょうか」
彼女はラウネスを見た。
「あなた達はどこまで逃げるつもりですか?」
焚き火の向こうで、長老たちが視線を交わす。
やがて、最も老いた長老が杖を突いた。
確かにフィルカナの言う通り、逃げたからといって安全である保証はない。
「……三日だ」
「三日で戻れ」
「それ以上は、我々には責任が待てぬ」
長老達にとっての最大限の譲歩だ。
ラウネスは、ゆっくりと息を吸った。
そして、はっきりと言った。
「いいえ」
ざわめき。
「俺は......」
「仲間を助け出すまで帰りません。仲間を見捨てる様な者が族長になどなれましょうか」
長老たちは、言葉を失った。
フィルカナは、静かにうなずく。
杖をついた長老は深く目を閉じ、やがて重く告げた。
「……お前は次期族長に指名したのはワシらだ」
「いくが良い」
「しかし雪が溶ける頃には北に向かう。今までより、もっと北にだ…...」
ラウネスは静かに頭を下げると、天幕を後にした。
その瞳は決意の炎にゆらめいていた。
ラウネス
・主人公・焦茶色の髪を持つハーフリングの少年。族長の証の青銅の剣を受け継ぐ。
フィルカナ
・ラウネスの幼馴染。淡い栗色の髪と翡翠色の瞳を持つ。正義感の強い少女。
ハーフリング
・精霊から進化した妖精族の一つ。平均身長は120cm。遊牧民族でラウィル族は全体で300人程。いくつかの集団に分かれて生活している。




