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異世界ふるさと納税~経験値の90%を中抜きするブラック王国に愛想が尽きたので、全リソースを最果ての魔王領に寄付したら、最強の返礼品が届いて無双が始まりました~

作者: 早野 茂
掲載日:2026/02/14

深夜二時、ビルの窓に映る自分の顔は、死人よりも生気がなかった。

レイ――佐藤零さとう・れいは、日本のブラック企業で働く中堅のシステムエンジニアだった。

連日の徹夜、吸い上げられる成果、それに見合わぬ低賃金。成果を上げれば上げるほど、上層部のボーナスだけが増え、現場には「さらなる効率化」という名の過重労働が降ってくる。

そんな構造的搾取の果てに、彼は駅のホームで意識を失った。


次に目を開けたとき、彼は白亜の玉座の間に立っていた。

「召喚成功です!彼こそが、停滞したこの世界を救う救世主!」

煌びやかな衣装を纏った王や賢者たちが、彼を「勇者」と呼び、熱狂的に迎え入れた。

だが、そこからの日々は、期待していた「夢の異世界生活」とは程遠いものだった。


「……おい、これだけか?」

召喚から一ヶ月。

レイは王都近郊の草原で、討伐したばかりの魔獣を前に立ち尽くしていた。

目の前に浮かぶ半透明のステータスウィンドウ。

そこには、命を懸けて戦った対価であるはずの「経験値」が表示されている。

だが、数値が確定した瞬間、システムメッセージが真っ赤な警告音と共に割り込んできた。


《警告:獲得経験値の90%は、王都中央魔力プールへと自動徴収されました》

《内訳:中央維持税50%、王都防衛賦課金30%、聖教維持費10%》

《本人受取分:10%》


「ふざけるな……。これじゃ、前の世界と何も変わらないじゃないか」

レイは吐き捨てるように言った。

この「エリュシオン」という世界では、魔力や経験値は個人の所有物ではない。

すべては「国のリソース」として、王都が管理するシステムに直結している。

魔物を倒せば倒すほど王都の魔導炉が潤い、豪華な夜景や強固な結界を維持するが、実際に戦っている勇者や辺境の兵士には、糊口を凌ぐ程度の端た金(経験値)しか残らない。


「お疲れ様です、レイ様!素晴らしい稼ぎだ。これでまた王都の噴水広場に、新しい魔導イルミネーションを増設できますよ」

後ろから声をかけてきたのは、王都から派遣された監視役兼、徴収官の男だ。

彼は魔力を吸い上げ終わった「徴収石」を満足げに撫でている。

「なぁ……さっき通ったあの村を見たか?」

レイは、数キロ手前にあった村を指差した。

「防壁は崩れかけ、魔物除けの香も切れていた。子供たちは腹を空かせ、魔力不足で井戸のポンプすら動いていない。あっちに少しでもこの経験値を回してやることはできないのか?」

徴収官は、心底おかしいと言わんばかりに鼻で笑った。

「レイ様、あなたは勇者であってボランティアではない。辺境はしょせん、王都を支えるための末端です。あんな過疎地にリソースを投じるのは非効率的だ。王都が強くなれば、いずれその恩恵が下りていく……。それが『トリクルダウン魔導経済』の基本ですよ」


「トリクルダウン」――その言葉を聞いた瞬間、レイの中で何かが切れた。

前の世界でも聞いた、聞き飽きた嘘。

いつまで経っても下に流れてこない「恩恵」を待ちながら、現場は摩耗し、捨てられていく。

レイは黙ってメニュー画面を開いた。

SEとして培った、システムの裏側を読み解く思考が加速する。


この世界の魔力管理システムは、古代遺産の応用だ。

王都はそれを「税」として強制徴収するよう書き換えたが、根底にある「個人の意志による魔力の譲渡」という根源的なプロトコルまでは消し去れていないはずだ。

メニューの深層、誰も開かない「規約・設定」の階層を潜っていく。

すると、あった。

徴収を回避するのではなく、徴収先を「任意で指定」できる隠し項目。

かつて各地の神殿が、信者からの寄付を募るために使われていた古い機能。


「……見つけたぞ」寄付先の一覧には、王都の息がかかった領地が並んでいる。

その最下層。

すでに居住不可能と判断され、王都からの予算も完全に断絶された「死地」の名前があった。

『魔王領』。

かつて魔王が君臨し、今はただの痩せた土地と絶望だけが残された、世界で最も「応援」から遠い場所。


「王都が最適化を謳うなら、俺は俺の勝手で『寄付』させてもらう。……異世界にまで来て、誰かの言いなりで働くのはもう御免だ」


レイの指先が、その真っ赤な領域をタップした。


《通知:寄付先設定が変更されました》

《対象:魔王領(旧・最果て自治区)》

《これより、獲得資源は『異世界ふるさと納税』として処理されます》

《特典:寄付額に応じて、当該地域より『返礼品』が送付されます》


「何をしているんですレイ様!設定をいじるなと言ったはずだ!」

慌てて駆け寄る徴収官を無視し、レイは口角を上げた。

その瞬間、彼の全身から眩い光が溢れ出し、空の彼方――地図の最果てへと、膨大な経験値の奔流が飛び去っていった。


これが、搾取されるだけだった一人の男が、世界を「応援」で塗り替える戦いの始まりだった。


◇◇◇


王都の転移門ゲートを強引に使い、レイが降り立ったのは、空すらも灰色に濁った「最果ての地」だった。

かつて魔王軍の本拠地として恐れられたその場所は、今や見る影もない。

足を踏み出すたびに、ひび割れた大地が乾いた音を立てて砕ける。

魔力、経験値、戦果――それらすべてのリソースが王都へと吸い上げられた結果、この地には「生命の余熱」すら残っていなかった。


「……これが、魔王領か。過疎化なんてレベルじゃないな」


レイは、日本の地方都市で見た、あの寂れた光景を思い出した。

かつての主要産業が消え、若者が去り、インフラだけが静かに朽ちていくシャッター通り。

だが、ここはそれ以上に深刻だ。

魔力が通信や動力、浄水までを司るこの世界において、リソースの枯渇は即座に文明の死を意味する。

街灯の魔導石はどれも白く濁り、通りを歩く数少ない住民――魔族や亜人たち――は、一様に肩を落とし、濁った瞳で地面を見つめていた。

王都で謳歌される「最適化」の裏側で、切り捨てられた者たちの終着駅。


「――どなたですか。ここはもう、略奪に来るほどの価値も残っていませんが」


背後から響いたのは、凛とした、だが今にも折れそうなほど細い声だった。

振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

頭部には小さな角があり、漆黒のドレスはあちこちが綻びている。

かつての魔王の血を引くという「魔王代行」シアだった。

彼女の肌は透き通るように白いが、それは健康的な美しさではなく、魔力欠乏による栄養失調の証だった。


「俺はレイ。王都の勇者をやっている。……いや、あんな搾取システムからは、たった今おさらばしてきたところだ」

「勇者?そんな高貴な方が、なぜこのような死に体の村に……」


シアの瞳には、警戒よりも困惑が勝っていた。

王都にとって、この土地は「モンスターが湧き出るだけのゴミ捨て場」であり、予算を投じる価値すらないと結論づけられている。

勇者が来るとすれば、それは残党の掃討以外にありえないからだ。


「さっき、ここに『納税』の通知が行ったはずだ。確認してくれ」

「のうぜい……?ああ、あのアラートのことですか。何かの嫌がらせかと思って無視しようとしていたのですが……」


シアが手元の、ひび割れた魔導端末を操作する。

その瞬間、端末が聞いたこともないような快い音を鳴らし、画面から溢れ出したのは、彼女が生まれてから一度も見たことがないほど濃密な、黄金色の魔力の輝きだった。


「これ……っ、三万エリュシオン単位!?これだけの魔力があれば、結界の維持どころか、領民全員に一週間分の食事を魔法生成してもお釣りが来ます!一体、どういう操作をされたのですか!」

「俺が今日稼いだ経験値の九割だ。いつもなら王都の噴水広場や、貴族たちの夜景に消えるはずのエネルギーを、この土地に『寄付』した。名目上は《異世界ふるさと納税》だ」


レイは、シアの震える手を見て確信した。

自分の判断は正しかったのだ。

前の世界で、地方を切り捨てて中央だけが肥え太る構造を憎んでいた自分にとって、このシステムの穴を突く行為は、かつてないほど「合理主義者」としての自分を満足させていた。


「レイ様……。私たちは、もう一ヶ月も中央からの配給を止められ、『どうせ誰も応援してくれない』と、ただ滅びを待つだけだと思っていました。……ありがとうございます。この御恩は、必ず」


シアが深く頭を下げた。

その細い肩が、わずかに震えているのが見えた。

レイは無機質なシステムの数字を見ていただけだったが、その震えを見た瞬間、胸の奥に熱い塊がせり上がってくるのを感じた。


「……ああ、そうか。俺は、こういう場所に、ずっと納税したかったんだな」


ぽつりと、自分でも驚くほど柔らかな声が漏れた。

前世で、どれだけ成果を上げても誰にも感謝されず、ただ数字として処理されていた自分。

今のシアの姿に、かつての救われなかった自分の心を重ねていたのかもしれない。

理屈じゃない。

ただ、目の前の誰かが自分を必要とし、自分の力が初めて「誰かの明日」に直結した。

その実感こそが、ブラック企業の歯車だった彼が、心の底から渇望していたものだった。


「礼ならいい。その代わり、システム上にあった『返礼品』ってやつ、期待してるぞ。寄付したからには、それ相応のリターンがないとな」

レイは照れ隠しのように、少しだけぶっきらぼうに言葉を継いだ。


シアは一瞬、申し訳なさそうに顔を伏せた。

その頬が、少しだけ赤らんでいる。

「……申し訳ありません。今の私たちに、王都の皆さんが喜ぶような贅沢品はありません。残っているのは、歴代の魔王が残した技術……ですが、王都の基準では『扱いきれない』と判断された、癖の強い遺産ばかりで……」


彼女が奥の宝物庫から持ち出してきたのは、一本の重厚な大剣だった。

表面は煤けて錆び付いており、王都の騎士なら見向きもしないだろう。

だが、レイが手に取った瞬間、システムウィンドウが狂ったように明滅した。

視覚化されるその構造に、レイは息を呑んだ。


《鑑定完了:返礼品『魔導回路・過負荷大剣オーバーロード・エッジ』》

《特性:王都の検閲リミッターを無視。蓄積された余剰魔力を100%威力へ変換する》


「……扱いきれない?いや、最高だ。王都の連中は、これを『失敗作』と呼んだのか?」

「はい。消費魔力が激しすぎて、王都の効率重視の剣技では、すぐに魔力が枯渇してしまうからと……」


レイは、大剣の柄を握りしめた。

王都の武具は、誰でも安定して使えるように出力を抑えられ、同時に「王都への魔力還元」を優先するよう設計されている。

つまり、戦えば戦うほど、使い手ではなく「システム」が儲かる仕組みだ。

だが、この剣は違う。

魔王領が生き残るために、「効率」を捨て、「一点突破」のみを追求した狂気の結果だ。


「シア、準備しろ。この剣と、あんたの領地の埋もれた技術があれば……王都の連中がひっくり返るような『成果』を出しに行ける」


その時、地平線の向こうから、砂煙を上げて王都の徴収官たちが迫ってくるのが見えた。

設定を勝手に変更し、国家リソースを「横流し」したレイを、反逆者として捕らえに来たのだ。

だが、今のレイの手には、世界で最も不遇な土地から贈られた、最強の返礼品が握られている。


「さて。……最初の『納税報告書』を、派手な爆発と一緒に送ってやるか」


◇◇◇


「止まれ、反逆者レイ!国家のリソースを私物化し、あろうことか敵性地域へ横流しするとは……万死に値する罪だぞ!」


魔王領の境界線。土煙を上げて迫ってきたのは、王都の精鋭騎士団と、あの徴収官を乗せた魔導馬車だった。

彼らの背後には、最新鋭の魔導砲が並んでいる。

王都の「正義」を守るため、彼らは一切の躊躇なく、この枯れ果てた地を更地にするつもりだろう。


レイは、シアから贈られたばかりの錆び付いた大剣――『過負荷大剣オーバーロード・エッジ』を肩に担ぎ、鼻で笑った。

「私物化?笑わせるな。俺が稼いだ経験値をどこに納めるか、その選択権は俺にある。規約の隅っこに書いてあったはずだぜ」

「屁理屈を!そのボロ剣で、我が騎士団の聖銀装備に勝てると思っているのか!」


徴収官が合図を送ると、騎士たちが一斉に斬りかかってきた。

王都の装備は、中央から供給される安定した魔力によって「常に80点の出力」を保証されている。

洗練され、無駄がなく、そして――支配者の都合に合わせた制限リミッターがかかっている。


「……シア、見てろ。これが『応援』の力だ」


レイが大剣を構え、自身の魔力を流し込んだ。

その瞬間、大剣の表面を覆っていた煤が弾け飛び、内部に刻まれた幾千もの魔導回路が、血管のように赤く脈動し始めた。


『――アアアアアアッ!』


剣が、物理的な音ではなく、意志を持った咆哮のような駆動音を上げる。

王都の武具なら、魔力の一部を「税」として中央に還流させる。

だが、この返礼品にはそんなブレーキは一切存在しない。

レイが注いだ魔力、そして納税によって活性化した魔王領の地脈から溢れるエネルギーを、100%どころか、過負荷オーバーロード状態で暴力的な破壊力へと変換していく。


レイが横一線に剣を振るった。放たれたのは、斬撃ではない。

それは赤黒い「魔力の奔流」だった。

一振りで、王都自慢の聖銀の盾が紙屑のように引き裂かれ、並んでいた魔導砲が飴細工のように溶け落ちる。

衝撃波だけで騎士団の陣形が崩壊し、徴収官は腰を抜かして地面に這いつくばった。


「な、なんだ……その力は!?勇者の出力じゃない、そんな馬鹿なことが……っ!」

「驚くことはないさ。これは、あんたたちが『非効率』だと切り捨てた技術の結晶だ」


レイは剣先を突きつけ、静かに告げた。

「あんたたちのシステムは、誰もが『ほどほど』に強くなるためのものだ。だが、この土地の連中は違う。生き残るために、限界の先を求めて技術を磨いてきた。その技術に、俺の魔力が噛み合った……ただそれだけのことだ」


この光景は、レイが事前に仕掛けておいた「遠隔視の魔法」によって、王都や各地の冒険者ギルドへとリアルタイムで中継されていた。

中継を見ていた冒険者たちは、騒然となった。


「おい、見たか……?レイの使ってるあの武器、なんだよ。王都の最高級品より強そうじゃねえか」

「『魔王領への納税特典』だってよ。嘘だろ、あんな過疎地にそんな隠し玉があったのか?」

「……待てよ。俺たちが王都に吸い上げられてる経験値、もしあそこに納めたら、俺もあんな装備が手に入るのか?」


種火は、一気に燃え広がった。冒険者たちは皆、心のどこかでシステムの不公平さを感じていた。

命を懸けて魔物を倒しても、手元に残るのは雀の涙。

その不満が、レイの圧倒的な「成果」を目の当たりにしたことで、「応援」という名の投資へと姿を変え始めたのだ。


『《通知》:新規納税者が確認されました。対象:魔王領』

『《通知》:寄付総額が一定値を突破。魔王領のインフラレベルが上昇します』

『《通知》:返礼品ラインナップが更新されました――【魔導職人の隠れ里】が開放されます』


次々と空を舞い、魔王領へと降り注ぐ経験値の光。それはかつてのような「強制徴収」ではない。

自分の意志で、自分の欲しい「未来」を選び取った者たちの、力強い意志の奔流だった。


シアの隣で、レイは空を見上げた。

灰色の空が、流れ込む膨大なエネルギーによって、少しずつ本来の青色を取り戻し始めている。

「見たか、シア。これが『推し活』の連鎖だ。誰かが本気で応援を始めれば、世界は勝手に動き出す」


シアは、涙に堪えながら頷いた。

彼女の背後では、枯れ果てていたはずの魔力の泉が、再び音を立てて湧き出し始めていた。

一方で、王都の徴収官たちは震え上がっていた。

彼らには分かっていたのだ。

武力で勝てないことよりも、自分たちの最大の武器である「富の独占」という支配構造が、根底から崩れ始めたという事実が、何よりも恐ろしいことを。


「さぁ、面白くなってきた。次は王都の連中に、もっと高額な『請求書』を突きつけてやるとするか」


◇◇◇


「……なぜだ!なぜ魔法が発動しない!予備の魔力タンクを開け!勇者のリソースを強制徴収しろ!」


王都エリュシオンの中央広場。

豪華な刺繍が施された法衣を振り乱し、枢機卿が絶叫した。

彼の周囲には、最新鋭の魔導杖を構えた魔導騎士団が控えている。

だが、彼らがどれほど呪文を唱えようとも、杖の先からは咳き込むような火花が散るばかりで、強固な結界も、必殺の攻撃魔法も、形を成す前に霧散していった。


広場を埋め尽くす民衆は、驚愕と、それ以上に冷ややかな瞳でその光景を見守っていた。

王都を支えていたのは、勇者や冒険者たちが各地の辺境で命を懸けて稼ぎ、自動的にシステムへ吸い上げられていた膨大な「経験値リソース」だ。

だが今、その奔流は完全に止まっていた。

レイが実行した「納税先変更」のデモンストレーション、そして魔王領からの圧倒的な返礼品の輝きは、中継魔法を通じて世界中の冒険者たちの魂に火をつけたのだ。


「無駄ですよ、枢機卿。あんたたちが『共有財産』と呼んで私物化していた力は、もうここには流れてこない」


静かだが重みのある声と共に、広場へ一台の巨大な魔導車両が姿を現した。

魔王領の埋もれていた古代技術によって修復された、重厚かつ気品ある装甲。

その屋上で大剣を傍らに、レイが立っていた。

隣には、かつての衰弱が嘘のように凛とした立ち姿を見せるシアが、魔導端末を手に控えている。


「レイ!貴様、国家反逆罪の意味が分かっているのか!すべての経験値は王都のために、王都の最適化のためにあるのだ!」

枢機卿の怒声に対し、レイは冷徹にシステムの上書きを続ける。

だが、傍らで腰を抜かしていた徴収官が、震える声で割り込んだ。

「勝手なことを言うな!我々だって……っ、この仕組みを止めたら生きていけないんだ!王都の何十万という民を養うには、どこかから吸い上げ続けるしかないんだよ!綺麗事だけで国が回ると思っているのか!」


その必死な叫びには、単なる悪意ではない、組織の末端として「奪わなければ生きられない」という呪縛に囚われた者の悲哀があった。

レイは一瞬、手を止めて徴収官を見下ろした。

「……分かっているさ。だからこそ、システムを丸ごと書き換えるんだ。誰かを犠牲にする『最適化』じゃなく、一人ひとりが応援先を選ぶ『納得』の仕組みにな」


レイは情けをかけるのではなく、淡々と、しかし確実に、古い時代の息の根を止める実行キーを押し込んだ。

その瞬間、レイの体から黄金色の魔力が噴き出し、大剣を媒介にして魔力集積塔へと逆流し始めた。

それは攻撃ではない。

システムの根幹に刻まれた「徴収プロトコル」を、本来の「寄付プロトコル」へと上書きする、ハッキングに近い再定義だった。


塔の最上部が、レイの魔力に共鳴して青白く発光する。

「これより、この国のリソース管理権限を中央から解放する。今日から経験値は、稼いだ本人が『どこを応援し、どこに託すか』を決めるための意志の力になる」


枢機卿が止める間もなく、塔から放たれた光の波が王都全体に広がっていった。

王都を覆っていた巨大な結界が、パリンと乾いた音を立てて砕け散る。

それは支配の終わりを告げる鐘の音のようだった。

魔法に依存し、他者からの搾取で肥え太っていた貴族たちは、魔導具がただのガラクタに変わる様子を見て腰を抜かし、地面に這いつくばった。


一方で、広場を囲む民衆や下級兵士たちからは、どよめきが、やがて地鳴りのような歓声へと変わっていった。

彼らの手元の魔導端末には、レイが設定した新しい「納税メニュー」が踊っている。

自分の故郷へ、お世話になった村へ、あるいは挑戦を続ける魔王領へ。

力による破壊ではなく、富の独占という支配構造が崩れたことで、革命は完遂された。

レイは、崩れ落ちる枢機卿を見下ろすことなく、新しい時代の空を見上げた。



騒乱から数ヶ月。世界はかつてない活気に満ちていた。

かつてのように、王都の搾取システムに駆り立てられ、ガムシャラに魔力や経験値を得ようとしていた殺伐とした空気は、もうどこにもない。

命を懸けて得た成果を吸い上げられるだけの徒労感から、冒険者たちは解放されたのだ。


復興を遂げた魔王領の執務室で、レイは山積みの書類を前に苦笑していた。

「レイ様、次は『元・魔王軍四天王による、地獄の猛特訓・合宿プラン』の承認をお願いします。返礼品は、彼らが鍛えた魔導筋肉大根です」

「……企画が攻めすぎじゃないか?まぁいい、採用だ。面白い場所には、自然と人は集まるからな」


シアが楽しげに笑い、お茶を淹れる。

窓の外では、王都から移住してきた技術者と魔族が肩を並べて働き、新しいインフラが世界へと輸出されていた。


人々はレイを称えるが、その称号は「勇者」ではない。

討伐ではなく「応援」で、絶望を希望へと書き換えた男。

歴史書は彼をこう記すだろう。

――世界で最初の、そして最強の『筆頭納税者』であったと。


レイは、最高級の「返礼品」の紅茶を一口啜り、澄み渡る青空を見上げた。

「さて、次はどの未来に納税してやろうか」


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