第4話
帰京して、しばらくして、侯爵夫人のお茶会に呼ばれた。
シャロンが招待状をもって部屋まで訪ねてきたのだ。
「王妃様のお茶会で、王妃様と侯爵夫人と、お話しする機会があったのよ。アデルったら、王太子殿下と幼馴染だったなんて言っといてくれないと。そう思わない?」
「まぁ、そうなの?」
「それでね、侯爵夫人は私のことアデルからよく聞いているって。で、4度ほどかしら、侯爵邸にはお邪魔させていただいているの。」
「そう、なの。」
「これ、侯爵夫人と一緒に作ったハンカチよ。」
見せてくれたハンカチには侯爵家の文様が入っていた。侯爵夫人がシャロンを気に入っているのは、この紋章を持たせたところから察することができるというものだ。
「今度はリュシアも連れてくるようにと、おっしゃって招待状を二人でつくったのよ。ここの封蝋は代々の夫人が使うものなのですって。私が押したのよ。」
夫人だけが勝手に動くものではないだろう。侯爵もご存じでいて、それでいてこの行動を許しているのだと思う。
この婚約はいずれ、シャロンに変更されるのだろう。父上のなさりようを考えると、楽観視はできない。私が、視界から消えることを望んでいるに違いない。どうなさるのだろう。
「きいている?アデルが迎えに来てくれるから、一緒に行くのよ。」
一緒に。
「・・・・・・ご一緒に、ですね。」
「馬車はいつものように2台出すように父上が言っていたの。だから、まぁ、一緒というか、別というか微妙だけど。」
「はい、ご一緒いたします。」
「じゃ、衣装はこちらで用意するって母上が言っていたから安心して。」
「はい。ありがとう存じます。」
シャロンは招待状を残すと、部屋を出て行った。
机に行き、ペーパーナイフで封を開ける。中身は普通のお茶会への招待状だった。
“ささやかな茶の席を設けたく存じます。お身体のご様子も鑑み、無理のない範囲でお越しいただければ幸いです。当日は自然体でお過ごしいただければと存じます。”
療養していたことへのお見舞いの言葉まであり、心配をしていただいたのかもしれない。
婚約がどうなるにしても、一度は選んでくださったご家紋だ。礼を尽くすというのは必要かもしれない。
義母上が衣装を用意すると言っていたから、作法をさらっておけばいいわね。
棚にしまった王妃様のお茶会に準備していた時の覚え書きをもう一度見直すことにした。
翌日、学院へ行くと、セシリアとマリアンヌがすまなそうな顔をして、視線を合わすと頷き、二人で去っていった。ため息がでた。友達がいなくなったようだ。これは、今度は、どんな手が回されたのだろう。父上の仕業だろう。
誰も直接的に意地悪をしてくるわけではない。誰も親しくしてくれないだけだ。そして、こそこそと噂話をしては、視線を送ってくる。
「公爵令嬢なのに、お茶会から逃げたのですって」
「社交が嫌いらしいわ」
「公爵夫人はシャロン様と親しいらしいわよ」
「まだ婚約者のつもりなのかしら」
聞こえる声で噂される。状況は把握しやすくなっている。そして、私は公爵令嬢なのに、以前より、軽く扱われるようになっているようだ。
講義には普通に出席している。不幸そうにしていないと、父上の逆鱗に触れるだろう。
週末のお茶会、どうなるのだろうか。健康をおもんばかる文面だった。でも、義母上様がドレスを用意しているというのだから、着なくてはならないのだろう。侯爵令息が迎えに来るのはシャロンだろう。もうすでに、おかしいだろう。
領地に追いやられているうちに、立場というものを根こそぎ奪い取られていったのだろう。公爵家が望んでいた元の形に婚約は整えなおされるだけである。一瞬でも、普通の幸せが得られるのではないかと期待してしまった私が悪いのかもしれない。
お茶会の当日の朝、アグネスが予想通りの緑色の地味なドレスを着つけてくれた。髪は夫人のようにしっかりとまとめられ、遊びはなかった。飾られたものは銀の公爵家を示すシンプルな花かんざし一つである。
「ありがとう。」
「よくお似合いです。」
玄関の続き部屋で刺繍を刺しながら、シャロンが飛び込んでくるのを待っていた。
「リュシア、お待たせ!」
「シャロン。」
シャロンの装いは、先日の王妃様のお茶会の時の格式のものだった。今日はピンク色の生地に薄青のレースがふんだんに使われているものだった。胸元には侯爵令息の瞳の色に似た宝石が輝いていた。
「あ、これ、わかる?」
「素敵です。」
「アデルからの贈り物なの!」
シャロンはとても可愛らしかった。若々しく、髪は再度を編み込まれ、花がたくさんあしらわれた帽子から、後ろに長い豊かな髪が流されている。
「お姫様、置いていくなんて酷いな。」
侯爵令息が追いついてきて、腕を差し出すと、シャロンは自然に手を乗せる。令息は大事そうにその手をつかむ。
「アデル、ごめんなさい。」
「そろそろ、お出かけのお時間でございます。」
執事が声をかけてきて、3人は西翼の玄関を出る。侯爵家の馬車に令息はシャロンをのせ、自分もそのまま乗り込んだ。私は一つ格上の公爵家の立派な馬車に執事の手をとって乗る。ルースが付いてきて対面に座った。
到着すると、ささやかなお茶会ではないことが分かった。大方の装いを見ると、当然シャロンの装いが正解なのだった。執事に招待状を見せる。執事が侍従に視線を送る。
「こちらでございます。」
侍従の案内に従って、座席に案内された。まだ誰も座っていない席で、誰が来るのかの説明もなかった。座席は3席、菓子は4人分くらい用意されているように思う。テーブルを飾る花々も美しかった。
中央の席が良く見える場所ではあった。中央の席に令息はシャロンを座らせ、自身もシャロンの隣に座った。
夫人が親しい友人と思われる賓客を中央の席へ案内し、自身はシャロンの隣にすわった。茶が配膳され、夫人が挨拶に立ち上がった。いろいろと話をされていて、一呼吸あった。
「こちらの可愛らしい娘は、私の息子の大切な方ですの。本当の娘になるのを心から待っております。」
「皆さん、ごゆるりとお過ごしくださいませ」と挨拶が終わり、茶会が始まった。私の配置された席にはまだ誰も来ないようだった。手持無沙汰なので、配膳された茶を眺め、一口含む。給仕に菓子を皿に取ってもらい、一口分を口に入れる。さすがに侯爵家の菓子だ。美味しい。
「まぁ、義母様、恥ずかしゅうございますわ。」
遠くから、シャロンの声が聞こえた。
「こちらでございます。」
侍従に案内されて控えめそうな女性が案内されてきた。
「・・・・・・ディヴァン子爵のエレオノールです。」
「ヴァルモン公爵家のリュシアです。よろしく。」
「こ、公爵?」
この卓にほかに誰もいないのを確認して、周囲を見渡す。外れ席だということがすぐに分かったようだったが、仕方がないと微笑んで紅茶を口にした。
「ディヴァン子爵家はロズナン侯爵家の寄子ですよね。」
「はい。侯爵家の先代の4番目の弟が祖父になります。」
「そうでしたか。親しくされているのですか?」
「侯爵家の2男のリオネル様とは仲良くさせていただいていて。」
話しが始まったと思ったら、侯爵令息と雰囲気の似た青年が近づいてきた。
「エリー、待たせた?」
「リオ様、私も遅れてきたところよ。出かけに色々あって。」
「じゃ、行こうか。」
「ええ。ヴァルモン公爵令嬢、これで失礼いたします。」
「ええ、また。」
二人は連れ立って、中央の席へと近寄っていく。侯爵夫人はエリーという少女を抱きしめてチークキスをした。すると、奪うように2男は取りして肩を抱いた。笑いがこちらまで届く。
紅茶の2杯目に口をつける。今度は砂糖を入れた。甘い。
“お身体のご様子も鑑み、無理のない範囲でお越しいただければ幸いです。”って、来なくてもいいってことだったのかしら。シャロンを抱きしめて、本当の娘にしたいと言っていたし。なら、そろそろ、引き際というものかもしれないわね。
ルースに視線をやると、気が付いて近づいてきた。
「お嬢様、どうされましたか。」
「失礼するわ。」
この茶会のもてなしは、失礼なものだった。私は腐っても公爵家の娘。挨拶もなく立ち去っても、文句を言われる筋合いでもないわ。でも、明日の学院での噂はどうなるのかしらね。社交嫌い?体が弱い?何とでも言えばいいわ。
ルースが侍従に視線を送ると、侍従が近づいてきた。帰ると告げると、準備していたかのようにスムーズに馬車乗り場へと案内された。侯爵令息は私とは関係がないと態度で示していた。侯爵家もそれを追従していた。
帰宅し、ドレスから部屋着へと着替えると、執事がやってきた。
「お嬢様、旦那様がお話ししたいことがあるそうです。執務室へ来るようにとのことでございます。」
「父上が?」
婚約解消ということよね。
執事の後をついて、中央棟の執務室へと向かった。執務室前で執事が従僕と話をすると、執事は中に入っていき、従僕は私をサロンの方へと案内した。父の入室を待っていると、執務室側から執事とともに父上が部屋に入ってきた。
ソファに座ると、嫌そうなものを見る目で私を見る。
「茶会を早々に退席してきたそうだな。」
「・・・・・・はい。」
「アデル殿とお前の婚約を解消し、シャロンと縁づかせることにした。」
予想通りの展開だった。
「お前、学校でも屋敷でもしょっちゅう聖堂へ行っていたそうだな?」
「・・・・・・はい。」
「領地でも、聖堂で修道女たちと一緒に祈っていたと聞いた。」
それが何だというのだろうか。領民へ危害を加えられるのだろうか。嫌な予感に恐怖でぞくぞくし、冷汗が出てきた。
「お前は信仰に傾倒しすぎだ。俗世を厭っているという話も出ているというではないか。恥ずかしい。そんなに望んでいるのであれば、修道院へ入れてやる。――婚約は解消だ。いいな。行き先が決まるまで部屋から一歩も外に出るな。」
父の暴論についていけなかった。執事は頭を下げると、父は執務室へと出て行った。
部屋へと戻ると、もう、どうでもいいと思った。
部屋着のまま、ベッドによじ登ると、そのまま倒れこんだ。
「お嬢様!?」
「放っておいて。」
侍女たちは静かに部屋を出ていってくれた。ひっくり返って、上を向く。
俗世を厭っていて、修道院を希望しているから、婚約は姉に変更する。
――そういう筋書きなのだ。
言葉に出せない願いほど、女神様はよくお聞きになるのだと、クララは言っていた。
私の願いは弟が生き延びること。
この期に及んで、ようやく理解した。
私は父上の命令に従って、“望んで”修道院へ行くのだ。
弟はどうなる?
これからはどうやって守ればいいのだろう。




