第3話
学院ではシャロンと侯爵令息がいつも仲良さそうに並んでいる姿を見かけた。
「私たちは親友同士。婚約者はリュシア。」二人がそのように語っているようで、お可哀そうにという噂が絶えない。
「お嬢さま、お衣装のお直しで仕立屋が参っております。ご指示通り衣裳部屋へ案内しております。」
「そう、今行くわ。」
美しいドレスがトルソーにかけられていた。
仕立屋とお針子が3人、頭を低く垂れて私を待っていた。
「よろしくてよ。」
その言葉を待っていたかのように、彼らは頭を上げた。そんな彼らをよそに、私の眼はドレスに奪われていた。
用意されていたドレスは、グレイスが指示したとは思えない仕上がりだった。侯爵令息の瞳の薄い青と白いレースが合わせられていた。首元まで白い地とそれをレースが覆うことで可愛らしさが演出されていた。
「お帽子とハンドバックは同じ布でこちらに作らせていただきました。」
仕立屋がそっと声をかけてきて、帽子とハンドバックが隣のテーブルに置かれていることにも気が付いた。ドレスと同じ布が使われていて、可愛らしかった。
「・・・・・・素敵ね・・・・・・。」
しまった。表情を取り繕ったが、ふと見まわした先にいたグレイスの口角が不自然に上がっていた。
「恐れ入りますが、寸法の最終確認のために、もう一度、お測り直させていただいてもよろしいでしょうか。」
仕立屋が恭しく腰を折って見上げるようにして聞いてくる。
「ええ、おねがいするわ。」
奥のフィッティングルームへ向かい、下着のうえからメジャーがまかれて数字が記入されていく。
マーサとビアンカがにこやかな顔をしている。
「お嬢様、当日はこのご衣裳にあわせて、少し凝った髪を結ってもよろしいでしょうか。」
ビアンカが待ちきれないという感じで尋ねてくる。
「目立たないようにね。」
「お嬢様、ある程度は飾らないと。」
「ふふ・・・・・・わかったわ、ビアンカに任せるわ。」
「ありがとうございます!」
フィッティングが終わり、衣装がトルソーに再びかけられてから、私たちは衣裳部屋の方へと戻ってきた。
「最終の仕上げが整い次第、改めてお届けに上がります。」
仕立屋が声を上げると、お針子たちも一斉に頭を垂れた。
「お嬢様、こちらへ。」
マーサの先導に従って、部屋を出た。素敵な衣装だったが、浮かれているところを見せては、義母上にどのように報告されるかわかったものではない。
翌日の学院では相変わらず侯爵令息はシャロンといる姿を見かける。シャロンが侯爵令息の耳元で何かを囁いたり、侯爵令息がシャロンの頭をそっと撫でたりするのを、食堂のテラスで目にした。表情を変えないように、そっとその場を離れるしかなかった。公爵令息は本当に婚約者という存在を理解しているのだろうか。
帰宅し部屋でくつろいでいると、マーサが侍医の来訪を知らせに来た。
「お嬢様、公爵様のご命令で診察を受けるようにとのことでございます。」
嫌な予感しかしない。
侍医は、体について色々と聞き、脈を診たりした挙句にこういった。
「お嬢様は大変お疲れのようでございます。」
「・・・・・・そうかしら?」
「はい、領地での療養をおすすめいたします。当主様にも、そのようにお伝えします。」
ドレスに浮かれすぎた、と思った。
これは 、ドレスはもう着ることはかなわないという合図なのだとわかった。侍女を重用すると配置換えが起こる。料理をほめるとそのメニューは二度と出なくなる。――それを今までの経験から、学ばされてきた。
「わかったわ。領地へ参ります。父上にはそうお伝えして。」
「そのようにいたします。では、お大事にされてください。」
侍医はかわいそうなものを見るような目で私を見つめた。この侍医は代々この屋敷に仕える家のもの。幼い時からずっと私の健康を守ってきてくれた方だ。悪い人ではないのだ。
「出立は調整して追ってお知らせいたします。」
同伴していた執事が淡々と伝えてくる。
軽くうなずく。
出立の日は3日後で調整された。
王妃主催のお茶会は2日後である。
――お茶会の当日。
「お嬢様、ロズナン侯爵令息がお見えです。」
「え?父上からご連絡はいっていないのかしら。すぐ参ります。」
いつもの地味な部屋着を整えさせると、西翼の玄関へと向かう。
そこには、あのドレスを身にまとったシャロンがいた。そして、そのドレスと共布を差し色に使ったスーツ姿の侯爵令息がいた。令息は彼の右腕に乗せられたシャロンの手を、そっと大きな手で握る。
「リュシア、体調が悪いと聞いたわ。大丈夫?」
「ええ、侍医に見ていただいているから大丈夫よ。」
「私は従兄弟のフリードと行く予定だったの。だけど、お父様が、アデルと私で行きなさいって。」
・・・・・・アデル。
「このドレス、アデルが仕立ててくれたの。どう?似合う?」
「・・・・・・そうなの?」
そばに侍っているグレイスは満面の笑みを浮かべている。
あのお直しの時に袖を通さなかったのに違和感を持っていた。そして、グレイスの表情。
――このドレスは、最初から私のためのものではなかった。ただ、私に見せられただけ。
「母上が、出かけにお見舞いに寄ったらといわれたの。」
「ご心配をおかけして申し訳ないわ。」
「お茶会はしっかりと務めてくるから、安心して。」
「それは心配していないわ。こんな直前になって、ごめんなさい。」
「お嬢様、そろそろ。」
「ええ、じゃあ、リュシアはしっかりと休んで、はやく元気になって。」
「行ってらっしゃい。」
二人は手をにぎり合いながら、背を向ける。
玄関をくぐるときに、侯爵令息がシャロンの耳元に何かを囁いた。
二人の距離はぐっと縮まり、その拍子に頭が触れたかのように見えた。
そして、見つめ合い笑い合う二人がそこにいた。
二人は満面の笑みを浮かべこちらを振り返り、シャロンが手を振った。
こちらも笑みを浮かべる。
侯爵令息のサポートでシャロンは馬車に乗り込むと、二人はお茶会へと出かけて行った。
――私は何を見せつけられているのかしら。
「部屋へ戻るわ。」
「は、はい。」
マーサが答え、先導する。
部屋までの廊下に中庭を映す窓ガラスに、自分を見た。藍色の地味だが品のある装い。あの可愛らしいドレスを思い出して、心ときめかせた自分に苦笑いが出る。あれが私の人生に配置されるはずがなかった。何を勘違いしたのかしら。
部屋に戻ると、マーサを下がらせた。
机の上には、作法の教師と王妃様のお茶会でのふるまい方について習った覚書が置かれていた。完璧に覚えたが、無駄だったようだ。
シャロンはあきらめないと言っていた。父の愛娘のシャロンが、あきらめないと言ったのだ。
そして、あのドレスは私に見せられただけだった。シャロンの寸法ピッタリだった。
「ふふふふふ。」
覚書を棚にしまう。
「マーサ、小聖堂へ行くわ。」
「はい、ただいま用意いたします。」
ビアンカが入ってきて、私に暖かいコートを着せる。
マーサの先導で、私とビアンカが続き、最後に従僕が炭鉢をもってついてきた。
屋敷の裏庭の小高い一角に、小聖堂があつらえられている。夏はハーブの香る今は地面の見える庭を通りぬけ、水仙の群生地を超え、小聖堂へと向かう。
ビアンカが開けた扉を入り、マーサがクッションを整え、そばに炭鉢を配置させた。
「隣の小屋で暖を取っていなさい。」
3人は頭を下げると、静かに小聖堂を出て行った。
隣の小屋で薪を燃やすと、小聖堂も暖められる仕組みになっている。温まるまでの炭鉢である。
小聖堂の正面はどこの聖堂も同じだが、蔓と花のレリーフが美しく彫られた壁面が飾られている。手を合わせる。
私は婚約者ができたことに、浮かれていたかもしれない。人並みの幸せを望んでいたのでは。
婚約者と仲睦まじくされていた様子を思い、ロズナン侯爵令息のあの微笑みが自分に向くと思っていたのではないか。
子を得られるのではないかと思った。――子は家族だ。
浅ましい。
自惚れが。
時刻を示す鐘がなった。昼食を食べないと、厨房が叱られる。私のせいで誰かが罰せられるのを、あの二人は楽しんでいる。誰が報告しているのかわからないが。いや、全員が報告しているのかも知れない。
立ち上がると、扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様。」
「マーサ、戻ります。」
部屋へ戻り、着替えると、昼餐へと向かう。
全員が、報告している・・・・・・そうなの?
全員がお互いを監視し合っているのかもしれない。従うべき主人が誰なのか彼らは間違わない。
ちゃんと視線を上げると気が付く。全員が何か別のものを見つめている。
彼らは必要最低限にしか私とは目を合わせない。
暖かいスープが喉を通る。深い味と甘みが美味しい。
微笑むと二度とこれは出てこなくなる。だから、何を食べても無表情を貫き通す。
「お嬢様、領地へお供する者の名簿です。」
執事がもう出る。
「そこに置いて。」
スープ皿の左に置かれた名簿に、アグネス、ルース、セレナが付き添うとのことだった。
西翼のメイドではないと思う。
あぁ、これが私の生活だった。
食事はすべていつも通りの量を食べる。体調がよかろうと悪かろうと、それは絶対だ。
「マーサ、戻るわ。」
「はい。」
部屋に戻ると3人を呼んだ。
「あなたたちが私に良くしてくれたのを感謝しているわ。」
「どういうことですか?」
ビアンカが言葉を発する。
「知らされていないの?領地へは他の者が付いてきてくれるようなの。」
「え。本当でございますか?」
マーサが聞き返してくる。
「アグネス、ルース、セレナが付いてきてくれるそうよ。」
「・・・・・・申し訳ございません。私どもの手落ちでございました。」
「いいえ、私が油断したのよ。」
彼女たちを下がらせた。おそらく、もう、会うことはないのだろう。
今までは異動の前に感謝を述べることもできなかった。今回は、少しはましというところだろう。
「お嬢様、イアンでございます。お目通りさせたいものがございます。」
「どうぞ。」
案の定、侍女たちの紹介だった。東翼で義母上に仕えていた者たちだった。
彼らは完璧な無表情で、完璧な仕事をした。それでいい。長く付き合うには、お互いにそのようにすべきだと心得ている。むしろこの振る舞いは親切だとすら思う。
翌日、朝日が昇り、アグネスに手伝われて着替えると、ルースがお茶を入れてくれた。セレナが暖炉の炭を強くしている。私の世話をしっかりとみてくれるのだから、基本的にはいい人たちだ。ただ、主人は私ではないというだけだ。
領地への道は片道3日、公爵家がいつも使う豪華な宿に泊まりながらのゆったりとした旅である。私は何かあると公爵領へ療養に出されたので、この道のりは初めてではない。
公爵領は豊かで領民たちも幸せそうにしている。道路も整備されており、馬車も軽やかに進んでいく。
公爵領の領主館には、父の弟家族が住んでいる。
ここでは、私は領主館からさらに3キロほど走らせたところにある別館に滞在することになる。
今回は何週間くらいの滞在になるのだろう。体の調子は悪くない。父上の指示通り、ここで療養生活をし、時期が来たら王都へ帰還するだけだ。
「お嬢様、神官様がお見えです。」
「まぁ、どうしたのかしら。すぐにお会いします。」
旅装を解いて、普段着に着替え、髪を少しなでつけると、ルースの先導で応接室へと向かう。
そこには黒の神官服をまとった、老齢の神官が立って待っていた。
「リュシアお嬢様、馬車がこちらへ着いたと聞きましてな。」
「ベルナール神官長、耳が早いこと。」
「春祭りのバザーの準備をしております。どうぞ、教会へ足をお運びいただければと思いまして。」
「そうだと思ったの。刺繡したハンカチをたくさん持ってきたわ。」
絹のハンカチで4隅に女神さまのモチーフの花とそれをつなぐように蔓模様が4辺を彩るデザインだ。マーサやビアンカ、ヒルダの手も借りて、用意してきたものだった。若い娘たちにとって飾りとして喜ばれると聞いて、毎年、量産しているのだ。
翌日からは、聖堂と付属の孤児院への慰問や、診療所への慰問などを始めた。ここでは何かを奪われたことはないので、安心だ。さすがに領民にまで手は出さないのだろう。神官の異動も中央神殿であり、父上の管轄ではない。
孤児院では10~14才の少女たちに刺繍や縫い取りの技術を教える。15歳には孤児院は卒業で、どこかへ奉公に出ることになる。それまでにできるだけ手に職を付けてあげると、生きる糧になる。年に1回はここにやられて、父の気が済むまでここに滞在するわけで、彼らへの指導も定期的にできるというものだった。
ここに来るといつも、孤児院の子供たちの世話をしている修道女たちの、昼の祈りに参加している。私は祈る言葉を知らないので、聞いているだけだが、そこにいていいと修道女たちは歓迎してくれる。
王都にいる時よりも、穏やかな日々がここでは流れていく。1か月ほどが経ち、祭りが近づいてきたころに帰還命令が出た。いつも通り、誰にも挨拶もなく、いきなりいなくなる。
「おかえりなさいませ。」
西翼の玄関で待っていた従僕は見たことのない人だった。
ルースに従って入ると、執事も、メイドも総入れ替えされたようだった。
誰一人として、ニコリともしない。
――扱いが変わったのかしら。
生活スタイルは何も変わらなかった。館の温度が少し下がった感じがするけど。




