⑨
ユーリカはひどく疲れていたのか、僕と少しだけ会話をすると、僕が出した誰かの食べ残したパンと、焼かれた豚肉の皮、それと魚の骨についていた白身を食べて、すぐに眠った。僕は随分と眠っていたせいで、彼女と一緒に眠れそうにはなかった。
時間を浪費することには慣れていた。何もせず、ひたすら小屋の中を眺めているだけの日々を、発狂してもおかしくないほどに続けてきたのだ。彼女が目を覚ますまで、じっと待ってあげることは容易だった。
ユーリカの寝息が、聞こえる。これまでにはなかったことだ。誰かの存在を、ましてや歳の近い女性の存在をすぐ側に感じるなんてことは。どうにも、気恥ずかしかった。身に着ける意味のないボロ布を脱いで、裸の姿でいることが多い僕だけれど、彼女がいる前では出来そうになかった。
彼女の身体が呼吸に従って膨らんだりしぼんだりしている。僕はその様を、じっと眺めた。強張っていた顔も緩んでいる。眠る時だけ何かのしがらみから解放されているような感じがある。傷跡だらけで、常人よりも筋肉が盛り上がった身体。傷跡のない箇所は、触れるとどこまでも吸い込まれてしまいそうなほどに柔らかそうな肌だ。しかし、通常の柔肌は彼女の身体の面積のわずかしかなかった。
一目見れば、彼女がこれまで魔物と闘ってきた猛者なのだと分かる。噛み跡も傷跡も、魔物につけられたものなのだろう。彼女が弱いから傷だらけなのか、それとも単純に戦闘の回数が常軌を逸しているからなのか。僕は彼女の傷跡を眺めながらそんなことを考えたが、心底どうでもよく思えた。ユーリカがどのような人物であれ、今僕の横で幼子のように眠っているのは、変わりようはない。少しだけの空間を挟んで体温を感じさせてくれる彼女は、今のこの瞬間、ぼくにとってはかけがえのない存在だった。
彼女の腰の辺りに視線を移す。彼女の手によって斬り殺されたなら、僕の人生は順風満帆だったと言える。これまで村人たちから受けたあれこれは全て、命と共に彼女の剣によって斬り捨てられて、残るのは歓喜に震える大気だけだ。世界だってきっと、僕が存在していることに辟易している。
僕が魔物だったなら、斬ってもらえたのだろうか。さっきは否定してしまったけれど、彼女が起きたら、やはり僕は魔物だったと伝えようか。痩せ細ったこの身体を証拠にすれば、すんなりと信じてくれるはずだ。僕のような身体の人間は、見たことがないのだから。
僕はパンくずを口に放り込む。乾燥して硬くなったパンは、味が染みだす石のようだった。
「おい、アラム。出て来い」
出入り口の布をめくった村人が、小声で僕に声をかけてきた。僕はパンくずを噛みしめる。味のしない石が、僕の口の中で砕けた。




