⑧
出入り口の布が、風で揺れた。隙間から、村人の顔が見える。近くはない。数メートルは先だ。彼らは、僕等の動向を気にしているようだった。ユーリカは、剣の柄を右手で強く握りしめた。その背景で、隙間から見える村人たちは、未だ農具を両手で持ち、いつでも振り降ろせるように構えている。
ユーリカの呼吸音が聞こえる。深く深く、身体の隅まで酸素を行き渡らして、不必要になった二酸化炭素を、ゆっくりと、世界に溶け込ますように吐いていく。
彼女に支配された空気の中で、肌がぴりぴりと痛んだ。斬られる。そう思った矢先、彼女は柄から手を離して、僕の震える両手を、自分の両手で包み込んだ。
「どうして、君は死を望むんだ?」
「生きることが、とても苦痛だから。苦痛から逃れたいと思うのは、普通のことだろう?」
「そうだね。だれだってそうだ。でもね、命は等しく、苦痛全てから逃れることは出来やしないんだよ。人だって動物だって、それこそ、魔物もだ」
ユーリカは、真っすぐに僕の目を見つめる。僕は、彼女の瞳の中に映る僕の姿を眺めた。僕はひどくやつれていて、皮から骨が突き出していないのが不思議に見えた。
「もしかして、僕のことを魔物だとでも?」
「いいや、そうじゃない。そういうつもりじゃなかったんだ。今のは、失言だったね。しかし、アラム。君が苦痛と感じるのが今の生活のせいならば、私はそれを変えてあげることが出来る。君を豪邸に住まわせてあげることも出来るし、毎日、思う存分好きな物を食べさせてあげることも出来る。私は側にいられないが、正当な方法で、君に莫大な財産を与えることが出来るんだ。それは、法では決して捌かれないし、誰も咎めることは出来ない」
彼女の掌から、熱が伝わる。人の手はこんなにも温かいのだと、僕は初めて知った。
「どうして、ユーリカは初対面の僕にそこまでしてくれようとするの?」
「さっきも言っただろ。君だけが、私を助けようとしてくれた」
「それだけ?」
「君にとっては、それだけ、でも、私にとっては、特別、なんだ。人の手はほら、こんなにも温かいだろ?」
ぎゅっと、僕の手が強く握られる。彼女の掌はごわごわとしていて、人の肌のようには思えなかった。突起物のような硬いしこりもある。大きな手。昔、村の漁師に手を握られ引き摺られたことがあるけれど、彼の掌の感触と似ている。
でも、不快ではなかった。むしろ、もっと触っていてもらいたいとそう思った。もっと、ずっと、包まれていたい心地良さがあった。
「ああ、すまない。私の汚らしい手では、良くないな」
ユーリカは、思い出したように慌てて手を離す。僕は離された手を握り返して、彼女がしたのと同じように、力を込めた。全身の力を込めてみたけれど、ユーリカの手は微動だにしなかった。必死な僕を見て、ユーリカは笑う。僕もつられて、笑う。一緒の空間の中で、同じ時を共有して笑い合ったのは、記憶を辿ってみても、僕の過去の中には存在していなかった。




