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僕は出入り口まで行き、出入り口の布をめくって外を見た。外では村人たちが大勢集まっていて、何やら大声を上げている。中には鍬や鎌を、それらの使用用途とは決して違う持ち方をしている者もいる。村人たちは、誰か一人を囲んでいるようで、敵愾心剥き出しの言葉や、殺傷能力の高い農具の切っ先は、その一人に向けられているようだった。
僕は、久しぶりに外に出た。何時もならば外に出るとすぐに村人に見つかって、言葉と物理の暴力で滅多打ちにされるのだけれど、今は出ないではいられなかった。まるで、あそこにいる姿の見えない誰かに導かれているかのように、僕の歩は自然と人だかりに向けて進んで行く。
じゃりじゃりと、砂が擦れる。僕は、素足だった。ピリリと走る痛みも、じわじわと零れる鮮血も、今は何も気にならない。たとえ今、空から天井が降って来たとしても、ゴブリンが僕の脳天を叩き割ったとしても、僕は歩き進んでいくに違いない。死ぬことを救いだと信じる僕にとって、見えない誰かはあまりにも魅力的で、見えない誰かを通して流れてくる風が、僕を惹きつける。もしかすると、そこにいるのは死神なのではないかとすら思った。
「――ん? おい、アラム! 盗人の子、アラムじゃないか! 何故、外にいる!」
円状に並ぶ大勢の人間の内の一人が、そう叫んだ。彼は何度も僕の名を呼んだ。けれど、誰も意に介さず、中心にいる未だ見えない誰かに集中し切っている。僕も、声を荒げる彼を無視して人の波をかき分けて進んだ。進むにつれ、「アラム!」と、僕の名を呼ぶ声は小さくなっていって、やがて、その名は言葉から消え去った。
人を押しのけて進む。僕の着ている、かろうじて服と呼べるようなボロは、肌の露出があまりにも多くて、人の波間を抜ける際、人々の肌と僕の肌が仕方なく触れる。僕を疎外し、忌み嫌う村人たちから伝わる体温は、僕をひどく不快にさせるはずなのに、人の体温が一瞬心地良く思えて、僕は思わず嘔吐しそうになった。
僕は、進む。もがき苦しみ、温かさを払いのけ、血を流し痛めつけられ、死ぬことを夢見ながらも死ぬことを恐れてなお、突き進む。
進んだ先で疲れ切って、眠るように死ねたらどれだけ楽だろうか。けれど、それはきっと許されない。僕を取り巻く環境が、人々の意思が、僕を生かし傷つける。決して、死なないようにと。
死を恐れ、生に怯えた。
僕が立つ場所は、狭間にしかない。その狭間を求めて、僕は人と人を両の手で押しのけて、隙間を空ける。
そうして、ついに見えた。狭間のその先。
大勢の人が取り囲む、中心にいた人物。それは――傷だらけの女性だった。




